風呂入ったあとは服を着ろ
「おぉ…割と広い。今日からここに住めるんだぁ」
邑歌と共に学園を後にし、家に着くやいなや、目を輝かせて突入する。……まぁ、ルールを決めて暮らす分には間違いは怒らないはずだ。
「いいか邑歌、ルールはさっき言ったとおりだ。風呂の一階のトイレはノックをする。掃除はお前の部屋以外は基本的に俺がする。洗濯は別。飯は…」
「ご飯は交互に作る! お風呂は私が先、君の部屋に入るときは必ずノックでしょ? 大丈夫! 里いもの煮っころがしときんぴらごぼうには自信があるよ!」
最低限のルールは理解しているようだ。あとチョイスがとてつもなく渋いな。ちょっと楽しみじゃないか。
「……というか、荷物全部無いんだったな」
「あ……家が爆発したしお金も使っちゃったからね!」
失念していた。金はしばらくこっちが持てばいいし、制服や学園からの支給品は何とかなるが……部屋着…………下着は。
「真凛、ショーツ貸してくれないかな?」
「あるわけねぇだろ」
「男の人は女子高生の下着を3セットくらいは持ってるってゴミ箱の雑誌に書いてあったのに」
「捨てられて正解だなその雑誌」
偏った知識を修正させつつ、どうしたものか思考を巡らせていると、邑歌は体を伸ばしながら歩き出す。
「まいっかぁ。今付けてるのを洗濯して明日穿いてば。寝る時はパンツはかないし」
「いいわけねぇだろ。今から適当に買ってこい」
「え、でも上は元々つけてないし、君のお金を使うのも申し訳ないし」
「いや、金のことはしばらく気にしなく…て…………………なんて?」
「いや、だから君のお金を使うの申し訳ないし」
そこじゃない。断じてそこじゃない。
つまりあれか。今日一日ずっと、出会ったあの時から、今に至るまで……付けてないって、え。何を?
俺の視線は無意識に、邑歌の胸部へと向いてしまう。
大きすぎず、かといってその膨らみは決して貧相と呼べぬほどには制服越しにも育っていることが……
「あっぶね」
「? なにが?」
危うく自身の下半身が反応しかけたところで思考を遮る。
とはいえ、生活に支障が出る重大事案が発生していることに変わりない。
追い打ちをかけるように、帰宅と同時に沸かしておいた風呂の準備が完了した機械音声が響く。
「あ、じゃあ早速だけどお風呂に入ってくるね~」
「問題を解決してからにしろ! あとここで脱ごうとするなぁああああ」
リビングで制服を脱ぎかけた邑歌の腕を掴む。
もはや男一人では対処不能と結論に至った俺は、スマホの数少ないアドレスリストから、皆のヒロイン、リエス・リタガウルにコールした。
☩ ☩ ☩
事情を説明すると、リエスは快く助けに応じてくれただけでなく、女性モノの色々なものを持ってきてくれた。リエスさんマジ聖母。
邑歌はリエスに連れられて脱衣所に入っていく。
暫く待つと、若干不満そうな邑歌が大きめのTシャツをもぞもぞ触っている。
「うーん。大きくてあんまりフィットしないし…なんか付けてると違和感が凄い」
「すみません。サイズが分からなかったので、今日は私ので我慢してください。今後一緒に買いに行きましょうね邑歌さん」
「ううん。こっちこそごめんね。すっごく助かったよ! 真凛が付けろってうるさくてさー」
「俺が悪いわけじゃないだろ。いいから、とりあえず風呂入ってこい」
「はーい。」
着たてほやほやの服をその場で脱ぎかけた頭五歳児戦闘狂。リエスは手慣れた様子で脱衣所に連れていったのち、俺の隣に座る。甘い女の子の香りが鼻腔と男心をくすぐった。
「てっきり、先導くんが女性用の下着を付けたくなったのかと思いましたよ」
「そんな趣味はない。」
「ふふ。意外と似合ったりするかもしれませんよ? 先導くん童顔で可愛いですし」
リエスは冗談です、と悪戯っぽく笑う。
あっぶね。聖母の微笑みで惚れるところだった。
「とにかく、助かったよ。ありがとう。」
「いえいえ。先導くんの頼みなら、いつでも助けますよ。なにより……ふふ」
なんなん? 勘違いしていいのこれ? なによりなんですかっ!
「……それにしても、学園長もとんでもない要求ですよね。教育係なんて、生徒に生徒が教えるなんて聞いたことありませんよ」
「全くだ。今度会ったらリエスからもあのロリ女にビンタしておいてくれ」
「あはは……ちょっと無理ですね……私は所詮レベルⅡですし。戦闘向きじゃありませんから」
リエスは苦笑しながら、鞄から握りこぶしサイズの人形を取り出す。
人形というよりは、素材は石で出来ているため、ミニチュアのゴーレムという認識が正しいか。
それはリエスの手のひらに乗るとひとりでに動き始め、鞄の中にジャンプで戻る。
しばらくごそごそ鞄の中でもぞもぞ動いたのちに、再び跳躍して、今度は俺の膝の上に乗る。
見ると、ミニゴーレムの手には飴玉が抱えられていた。
「はい。どーぞ。」
「あ、ありがとう。器用に動くもんだな。」
「ふふん。意外とこの子は力持ちだし、粘土なら形を変えられたり、便利なんですよ? まぁ、このサイズが限界なんですけど」
俺は、ゴーレムから飴玉を受け取ると、袋を破って口に放り込む。
リエスの幻想結界は確か、『人形使い』。無機物に自分の血液を垂らして、自分の意志で操作可能にするものだ。
本人曰く、一度動けるようにしたら壊れるまで使える上に、わりと器用に動けるらしい。
力もこのサイズで成人男性の筋力相当のパワーが出るので、防犯にもばっちり活躍するとのこと。
とはいえ、確かにこのサイズでは戦闘向きというよりは、日常生活におけるお助けゴーレムという具合だろう。
そんなゴーレムが俺の頭にちょこんと乗る。割と重い。
俺は、ゴーレムをリエスの手に戻すと、立ち上がってキッチンへと向かう。
「さて、飯でも作るか。リエスもどうだ? お礼も兼ねて」
「ふふ…実は、そのつもりで来ました。あ、でも私が作ってもいいですか? 食べさせたい料理があるんです。今夜は邑歌さんとの親睦会も兼ねてますからね!」
「親睦会とか初耳なんだが。あとお客さんに作らせるわけには」
「私が作りたいんですよー。あ、エプロン借りますね」
リエスは髪を結んでエプロンを着ると、ゴーレムはキッチンで調理機器を用意しはじめる。
「ふいーいいお湯だったー」
そこにタオル一丁を肩にかけた邑歌が火照った顔を拭いながらやってくる。
陶器のような白い肌。濡れた髪から落ちる水滴は鎖骨を通り、女性らしい膨らみを確かに帯びた胸の横を艶めかしく過ぎる。その山のてっぺんは僅かに薄ピン…
「邑歌ちゃん服着てえええ!?」
「ヘブバッッ!?」
リエスが慌てた様子で邑歌に駆け寄ると同時に、キッチンにいたゴーレムが俺の顔面めがけて凄い勢いで跳んできた。
突然の投石に意識がふっと遠くなる。
恐ろしい程魅入ってしまった少女の肉体が、やけに脳裏に焼き付いたのだった。
……薄ピンク。