妹(自称)、襲来
放課後、邑歌は荷物を俺の家に運ぶどころか、学園中の走り回っていた。
「ねぇねぇ! この学園で1番強い人って誰? あ、学園長じゃなくて生徒ね!」
邑歌は、行く先々の生徒にこう呼びかけてはノートにメモを取っていく。
正直言って関わりたくないのだが、面倒ごとに巻き込まれても面倒なので、後ろからついているわけだが…。
もしかして、全校生徒に聞いて回るんじゃないだろうな……。
日も暮れはじめ、そろそろ夕飯の支度をしたいと思い始めていると、廊下に怒号が響く。
振り向くと、気弱そうな生徒と、目つきの悪く、ガタイのいい、いかにもヤンキーの風体の生徒の間に邑歌が立っていた。
ヤンキー風の男は、今にも邑歌に掴みかかりそうな勢いで叫ぶ。
「どけやアマァ! テメェとは話してねぇんだよ!!」
「今、この人のこと、殴ろうとしてたよね?」
「テメェには関係ねえだろうが!!ぶっ殺すぞ!」
滅茶苦茶面倒ごとに首を突っ込んでいた。
「いいよ、私が相手しておくから、あなたは逃げて」
「ひ、す、すみませんんんん」
気弱そうな生徒は、頭を押さえながら振り返ることなく、一目散に逃げていく。
「………今日こそ…今日こそと思っていたのに…テメェの…テメェのせいで台無しじゃねぇかぁぁ」
男が激昂すると、男がはめていた指輪が赤く光り、拳に焔が纏った。
まずい。普通の拳ならともかく、幻想結界による攻撃はシャレにならない。
俺が飛び出しかけた瞬間、邑歌は僅かに笑った気がした。
「聖剣、抜刀」
邑歌は向かって来る拳を木の棒で受け流し、男の後頭部めがけて振り下ろす。
男は面食らうも、血走ったような瞳を邑歌に向け、すぐさまもう片方の拳にも焔を纏う。
幻想結界者は、その身体能力も並みの人間の比ではない。
本来ならその場で昏倒するような一撃であっても、堪られることも少なくない。
これ以上は怪我人が出てもおかしくないと思い、俺は、二人の元に向かう。
男は突如割ってきた俺を見て、一瞬ぎょっとしたように身を引くが、すぐさま怒りを顔に滲ませる。
「おい最弱のレベルⅣ!テメェまで何の用だ!」
「あーー……すまん、その馬鹿を連れ戻しに来た」
「ふざけんじゃねぇぞ! 勝手に邪魔しやがって!こうなりゃテメェも…!?」
乾いた発砲音と共に、男の言葉は止んだ。
「テメェも……なんでしょう? まさか、私の兄さんにも手を出そうと? 殺しますよ?」
殺意のこもった声が響き、周りに集まっていた野次馬が道をあけていく。
そこには、凍り付くような雰囲気を纏わせ、漆黒の長髪を後頭部の中ほどで結ばれた少女。
何より、少女の周りに浮遊する大量の銃火器は、嫌でもそれが何者なのかを知らしめていた。
俺よりも低身長ながら、その威圧感は空間を制圧しきった少女―――ネフィ・アグィネス。
人形のような可愛さとは裏腹に、学園に在籍するレベルⅣのなかでも、最高クラスの制圧力を誇り、ついたあだ名は、殲姫。
学園内でも特定下の条件以外では禁止されている学園内での戦闘行為を、唯一無条件で許されている委員会、風紀委員の委員長である。
そんな少女は、首元に麻酔弾を撃ち込まれ、気絶する男には目もくれず、俺の顔をペタペタと触ってくる。
「ネフィ、助けてもらったのはありがたいが…何してるの?」
「……ふむ、怪我はありませんね? もしあったらその男を実弾で処断しないといけないところでした」
「殺害権限はないだろ…」
「兄さんが怪我をしたら、その相手への人権は無視していいと、私の脳内最高評議会で決まってます」
「いますぐその評議会を抜けろ」
俺は、ペタペタ全身を触ってくるネフィを押し離す。
その瞬間、隣で目を輝かせていた馬鹿、邑歌が、ずいっと顔をネフィに近づける。
「すごい強さ! あなたこの学園で一番強いの?!」
「……兄さん……この生徒は…誰ですか?」
困惑したようにネフィは、ゼロ距離の邑歌を離す。
邑歌は、はきはきと自己紹介を始める。
「私は、亜紗宮邑歌。今日からこの学園に編入されました! 趣味は人助け。夢は世界で一番凄い英雄になることです! 」
「………なるほど。私は、この学園の風紀委員の長を務めております。ネフィ・アグィネス。兄さんの妹です。よろしくお願いしますね亜紗宮さん。」
サラッと嘘をつく自称妹の他人は、少し思案してから続ける。
「つまり、亜紗宮さんは、放課後、人助けするために、学園内を回っていたところでこうなったというわけですか…」
ネフィはため息をつきながらも警戒心が緩まったのか、邑歌に微笑む。
「人助けの精神は素晴らしいですが、争いごとはこの学園では大事に至りかねません、今後はなにかあったら私たち風紀委員に…」
「ううん? 真凛と同棲始める前に、一通り強い人をリストアップしておこ…」
「――――なんて?」
空間が凍り付いた。
そう錯覚するほどの殺意が、一瞬で周囲に満ちる。
笑顔を張り付けたまま、ネフィは邑歌に疑問を投げる。
「失礼、今なんと?」
「? 強い人をリストアップし…」
「そっちじゃない。聞き間違えたのは確定なのですが、同棲って聞こえたのですが」
「うん。なんか一緒にこれから暮らすんだって。あ、真凛のこと兄さんって呼んでたってことはあなたも、一緒に暮らしてるの?」
空間に浮かぶライフルの実弾が窓ガラスに発射される。
「あ、すみません、幻想結界が滑りました。もう一度言ってくださる?雌」
ちなみに幻想結界は、勿論誤って発動することは無く、明確な意志でのみ扱える。つまり滑ることは無い。あと雌言うな。
本能的に殺されると判断した俺は、二人の間に立つと、ネフィの肩を掴む。
「説明すると長くなるが別にやましい気はな…」
「説明が長くなる関係になってるんですか!? それと兄さんがやましい気持ちを抱いていいのは私だけです! 」
「お前にも抱いてねぇよ!そんな気持ち!」
「じゃあ夢のなかで結婚を迫ってきたのはどういった意図で!?」
「夢に意図なんてあるわけねぇだろ!」
ギャーギャー騒ぎ出すネフィの矛先は再び邑歌へと向けられる。
「―――雌、強い者を探していると言いましたね?」
「そうだよ。私はこの学園で最強の英雄になりたいからね!」
「そうですか。なら、こうしませんか? ———―私はレベルⅣのなかでもそれなりの強さを自負していますが……幻想決闘をして、負けた方は相手の居住地を決め、勝った方が兄さんと暮らす、というのは。
ふふ、まさか、強い者を探しているのです。あなた、レベルⅢくらいはあるのでしょうね?」
再び俺の知らないところで、同棲相手が決まりかけているんですが。人権をくれ。
ギャラリーはネフィの幻想決闘という単語にざわつき始める。
学園内での幻想結界による戦闘行為が許されている数少ない条件のうちの一つ、幻想決闘。
互いの幻想結界をぶつけ合い、能力の成長を促すという名目で作られている制度。
実態としては、能力者同士による喧嘩だ。
ただし、能力差による一方的な蹂躙を回避する為、同レベル、もしくは決闘を申し込む側である挑戦者側と決闘を挑まれる側のレベル差が1以内で無くてはならないのだが…。
……待て、レベルⅥの場合、どうやって決闘するんだ? 上がいない以上、レベルⅤとしかシステム上出来ないのでは?
ネフィは初めから決闘する気はなかったのだろう。自身の強さを知っているが故に、相手が退かぬことのほうが少ないのだ。
そもそも同じレベルⅣだとしても、ネフィと戦いたい者などほぼ存在しないだろうが。
だが、俺はその挑発は、この馬鹿に対しては逆効果だと、この一日いただけで思い知っている。
「いいよ、でゅえる?だっけ? やろう! 私の英雄への道はあなたから始まるんだね!」
「………あの、失礼ですが、あなた、幻想結界レベルはⅢ以上あります? もしかして…Ⅳ?」
「レベル……あぁ!学園長が言ってたやつなら、Ⅵだよ!」
「冗談は頭だけにしてください」
「え、でも。電子手帳にも書いて貰ってるよ?」
「………………は?」
電子手帳は、学園が支給する一種の多機能スマートフォンであり、生徒手帳も役割も果たしている。その中には、その生徒の、幻想結界のレベルが登録されており、この表記の改竄は不可能である。
ネフィは一文字だけ発して固まり、ふざけたことを抜かしている邑歌を嗤っていた生徒も、ネフィの反応で静まり返る。
静寂はしばらくして、俺の首元が締め上げられることで破られる。
「ぐぇええ!?」
「兄さん!? どういうことですかっ!? 本当にⅥって書いてあるじゃないですか!」
「だから言ったろ話せば長くなるんだよ!」
「どうしてこの雌の情報が風紀委員に流れていませんの!? こんな危険人物のことが! 兄さんも危ないから離れて!」
「ぐぇえ先に首から手を離せ! そもそもコイツまだ能力覚醒してないからその覚醒を手伝えってあの学園長が言って来たんだよ!!!」
話せば長いと思ったが、よく考えたら短い経緯じゃねぇか。
電子手帳を操作していた邑歌は、嬉しそうに画面を見せてくる。
「見てみて、私との幻想決闘は、レベル差を考慮しない例外が適用されるって書いてあるよ!」
俺とネフィは突き出された画面を見る。
幻想決闘の欄には、
【幻想結界レベルⅥ、亜紗宮邑歌との幻想決闘において、以下の例外ルールを追加適用する】
① 決闘におけるレベル差制度を無効とする
② 双方の同意があれば、安全装置の取り付けずに決闘を行ってもよい
③ 亜紗宮邑歌が挑戦者として決闘を行う場合、決闘相手と指定されたものは、如何なる拒否は出来ない。拒否した場合、懲罰対象となる。
④ 亜紗宮邑歌が決闘を行う場合、レベルⅣ千導真凛は、共闘者として決闘に参加しなければならない
と今まで聞いたことがない文面が明記されていた。
オイ待て、当たり前のように俺を決闘に巻き込むな。
この電子手帳内の校則部分を改訂できる者は、教員の中でも学園長のみ。
明らかに一個人に対する干渉度合いが規格外なのは、レベルⅥであるが故なのだろうか。
そもそも二つ目の例外の安全装置を取り付けずに決闘を行うなんてこと倫理的にあり得ない極めて危険な行為である。殺害を是としているのと同義では無いのか。
……ともあれ、これで邑歌が決闘を出来ない理由は無くなった。
「…あれ、よく見たら真凛も一緒にって書いてある……どうしよう……真凛」
邑歌にも流石に人の心はあったのか、困ったように俺を見つめてくる。俺のことをガン無視して始めようとしたら流石に抗議をするところだった。
だいたい、ネフィとやって未覚醒の邑歌が勝てるわけがない。俺が共闘とは書いてあるが、この力ははっきり言って戦闘向きどころか日常生活においても役に立って無い。
対してネフィの能力は、銃火器を自己の周りにいくつも創りだし、その全てを自分の意志で操作できるという戦闘特化型だ。能力は単純だが、それ故に戦闘力は極めて高い。
やんわりと断る方向にもっていこうとすると、またしても自称妹に首根っこを掴まれる。
「兄さん!風紀委員として、未覚醒とはいえ、レベルⅥの力を把握しておく必要があります。ここはひとつ、参加してもらえませんか?」
ネフィは、曇りなき眼で、風紀委員長らしく頼み込んでくる。あざとさすら感じるほどの可愛さだが、同時にこの自称妹が欲望に忠実なことも知っていた。
「で、本音は?」
「あの雌を倒して私は兄さんと同棲します」
「よし帰るぞ邑歌ー」
「兄さん!?」
少なくとも、天然な邑歌よりも、欲に塗れた変態と同棲する方が不摂生の極みに陥りそうと判断した俺は、教室へと足を進めかける。
が、その足は、邑歌が深く頭を下げていることで止まる。
「ごめんなさい……お願いします。一回だけ。私は、最強にならないといけないの」
「…………どうしてそんな」
「お願い。」
「……っ」
まっすぐな願いを聞いた瞬間、再び脳裏に、ここでは無い場所の景色が広がる。
—————お願い。私を信じて。真凛。
血まみれの手で輝く剣を持つ誰かは、こちらに対して微笑む。そ
僅かな痛みすら感じる感覚がすぐさま視界を現実へと引き戻す。
「………分かった」
「っ! ありがとう」
「ただし、安全装置は絶対に付けること。それと相手は学園内でもトップクラスの実力者だ。無茶はしないこと」
「分かってる! 死なないレベルで本気出せってことだよね!」
分かってない。脳みそは筋肉なの?
ネフィはそんな俺たちの会話に頷きながら微笑む。
「では、明日の放課後。修練場にてお待ちしています。それまでに準備をしておくように。それと霊具が壊れても文句は言わないように……それでは兄さん、またあとで。結婚式場を確保しておいてください」
こわいこわいこわい。何故勝ったら結婚することになっているのか。それとお前は何度も言うが妹でも義妹でも無いぞ。
浅からぬ因縁があるのも確かなのだが。あそこまで固執される意味も未だに不明である。
ネフィはその場から離れた後、邑歌はこちらにくるりと向き直ると―――
抱きついてきた。
「ありがとおおおおお!! 一緒に頑張ろうね!真凛」
「ややややめろ!? はな…れろ!」
花のような香りと女の子の柔らかい感触が全身に襲い掛かり、童貞男子の肉体は反応しかけたので過去一の全力で邑歌を離す。
「えへへ…ごめん、つい」
「ついで抱きつくな。……というか明日って全然時間ねぇじゃん。」
「準備しないとね! ところで、ネフィちゃんが言ってた。れーぐ? って何?」
「あぁー……そっからか。まだその講義は受けて無かったな……教えるついでにお前の分、貰いに行くか」
「お願いします! 真凛先生!」
「先生言うな」
この作品は変態が増えます()