お前を◯す(デデンッ)
「千導、遅刻した理由をもう一回言ってみろ」
「家が爆発して金を騙し取られて道に迷っていた女性を助けてました」
「せめてちょっと有り得そうな嘘にしろ。馬鹿タレ」
教科書の角で頭を小突かれ、俺は「まぁそうなりますよね」とこぼしながら席に着く。
後ろから背中をつつかれ、振り向くと、金髪を丁寧に三つ編みにした少女、リエス・リタガウルが苦笑していた。
「珍しいですね。千導くんが遅刻なんて、寝坊でもしました?」
「二度は説明しないぞ」
「はいはい。そういうことにしておきます。あ、千導くんがいなかった間に進んだ授業のノート見せますね。」
朝から疲れている俺に、かいがいしく世話を焼く少女、リエスの姿に一部の男子からは、嫉妬と憎悪のまなざしを向けられる。
三ヵ月前に編入してきたリエスは、その誰にでも優しい人当たりの良さから、そして何より類稀なる整った容姿は、男女問わず人気がある。
更に言うとリエスはかなりの世話好きで、人をダメにする美少女と言われているが、その施しを受ける者は、真凛がいま浴びている視線を向けられる。
「あ、朝寝坊したなら昼食とか用意してなかったりします?よければ私のを少し…」
「これ以上は俺が殺されるから」
「?」
リエスが何故という表情で首を傾げていると、予鈴がなるより少し早く、扉が勢いよく開け放たれる。
「やぁやぁ失礼!我が愛おしき学園で日々学んでいる生徒たち!!」
俺を含めたその場の生徒がその幼い声、未成熟な肉体、虹色のツインテール姿に驚愕する。
真っ白いワンピースの上に黒いコートを羽織った謎ファッション。
天上院冠唯。学園都市アルカディアの統括者にして、学園の長。
幻想結界は、その効果、規模、危険度に応じてレベルが分けられている。
レベルがⅠからⅤまで存在し、レベルが高いほど幻想結界は強力無比なものが多く、さらにレベルに伴って発現者の身体能力も高い傾向にある。特にⅢ、Ⅳに関しては、上位発現者と呼ばれており、割合が少ないながら憧れと恐怖の対象になっているが。
————この女に関しては、世界に三人しかいないレベルⅤの一人である。
何故この学園都市が浮遊しているのか、現代の科学技術によるものでは無い。
幻想結界レベルⅤ:幽創自在。
自分の設定した空間内の生物以外の物質を創造する能力。
その能力において、反重力物質の生成など、容易いことなのだ。科学上、理論上に不可能な物質さえも、彼女は、天上院冠唯は作りうる。
世界最強の能力者を前にしてクラスがざわつく。そもそもこんなことは初めてなのだ。
数多くある発現者を収容した学園の、それも、一クラスにだけ赴いてきたこの状況が。
明らかな異常事態に戸惑いと不安が入り混じった空気のなか、学園長は教卓の上に飛び乗ると、真凛をみて満足そうにうなずく。
「諸君、突然だが!編入生をこのクラスに入れることになった!! 仲良くしてほしい!」
その言葉に、またしてもクラスがざわめく。
幻想結界は、基本的に青少年以降の人間に突如として発現する。発現原因は幻想結界の研究が進んだ現在でも一切不明で、外界から学園都市へと送り込まれること自体は、そう不思議ではない。
そう、わざわざこの都市全体すら統治している者が、報告しに来るようなことじゃない。
そして、同時に俺の頭には、遅刻の原因となった女の顔がよぎる。
次の瞬間には、脳内でのソイツと、教室に入ってきた顔が一致した。
その容姿端麗さは、リエスとは異なる美しさを誇り、男子の鼓動が思わず高鳴り、女子すら綺麗と呟くほどであり、
「たのもーーーー! 亜紗宮邑歌です! 趣味は人助け!嫌いなことは助けないこと!
目標は、この世界で一番凄い英雄になることです! よろしくお願いします!!」
大体のクラスメイトがはぁ?という顔になった。
大人になってこの状況を見たら間違いなく黒歴史認定しそうな自己紹介を溜息をつきながら眺めていると、邑歌はその姿に気づくや否や手を振る。
「あ!真凛!!良かったぁ一緒のクラスで!朝は助けてくれてありがとう! 」
一斉にクラスの視線が俺に刺さる。ヤメロ。ヒロインムーブするな。ただの変人だろお前。
「…もしかして朝の言い訳って……」
「あぁ、あいつのせいだ。しかも話した内容もマジだ」
「えぇ……」
リエスは困惑しながら耳打ちを止める。
学園長は、更に教卓に座りなおし、ニヤニヤとしながら続ける。
「実は、邑歌たんはまだ幻想結界が未覚醒でな、ロクに力を使えないんだけど……」
通常、発現した段階で、大半の者は、自分で能力の使い方を理解できる。脳に説明書を一気に書き込まれるような痛みを伴う感覚を説明するのは難しい。
また、精神状態によっては、効果範囲や性能に一部変化があるらしいが因果関係は不明。
ただし、極稀に、何かがつっかえているような感覚があるが、具体的にどんな幻想結界が自身に宿ったのか分からないことがあるらしい。
一説によると、脳の理解度がその幻想結界の構造があまりにも難解すぎるとそういった支障発生するらしいが、幻想結界に関してはいまだ未解明な部分も多く、明確な覚醒までの基準は不明とされている。
つまるところ、珍しいけど、有り得なくはない、ちょっと発想が変なだけの女の子なのだ。
そう、俺にとっても、次の瞬間までは、それに加えて極度な人助け大好き女という認識しかなかった。
学園長が電子ボードを勢いよく叩くと、【Ⅵ】という一文字が大きく映し出された。
「亜紗宮邑歌は――――人類史上初の幻想結界レベルⅥである」
クラス全員が、その一言で絶句した。
学園長は教卓から跳躍し、こちらのすぐ横に立つと、何故か低めの声で耳打ちする。
「あ、それと邑歌たんの一年以内に能力が発現しないと、――――真凛を殺す…デデンッ!」
「…………………は?」
効果音のようなものすら言い切った学園長の言葉に、俺の理解は到達しなかった。