風紀委員の初仕事
風紀委員会。
学園都市全体の法の番人でもあるその組織は、高い統率力と制圧力を以って、この能力者しか存在しない場所の秩序を維持するために存在している。
他の委員会とは一線を画す特別な委員会であり、本来なら筆記と実戦、二つの適性検査を合格して初めて入ることを許されている。
そして、そんな厳格な組織に、縁遠い俺たち二人は、白い灰色の制服に、風紀と書かれた真っ青な腕章を右腕に通す。
「カッコイイ……!」
邑歌は、子どものようにキラキラした目で自らの腕章を見つめている。
俺は、その腕章を少し左手で引っ張る。
「兄さん、ジャッジメントではありませんよ」
「ま、まだ言ってねぇから!?」
「それにしても…兄さんが風紀委員会に…私が上司………妹上司と部下兄さんのいけない残業………………っ、ふぅ」
致すな。妄想だけで致すな。
肌につやが出たネフィは、黒くてスマートフォンと、耳に当てて使用する小型の通信機を渡してきた。
「このスマホは委員会専用の端末です。学園都市で何らかの事案発生時に、その事案の概要。対応状況。指示が受信できます。」
言っている傍から、スマホ画面の通知に、
【窃盗事案 被疑者人数1名。男性店員より通報。暴れ無し。能力使用無し。以下詳細確認中。】
という表記が出てきた。
同時に部屋のいくつかのモニターが瞬時に切り替わり、室内の状況を映し出し、老人の男性と店員がやり取りをしている。
「あれ? お爺ちゃんなのに能力者? ……卒業してないってことは、外に出れないほどの強い人なんじゃ!?」
老人男性の映像が拡大され、隣に
【藤山達彦:年齢82
幻想結界能力:レベルⅠ 粘着能力
犯罪歴:万引き10件
症状・持病:認知症。高齢化に伴い、能力の制御にやや難あり 】
と表示された。
「能力者でも、認知症や病気などで体の衰退は起こる。突発的に能力を使われても困るからそういった者たちもここに再招集される。……常識くらい知っておけレベルⅥ」
副委員長の松原は、棘のある言い回しながらも、今回の事案が危険性がないことを同時に示した。
「……このように、我々の出動の有無に関わらず、事案の情報は逐一情報共有されます。それと……この端末は風紀委員会と警察のみが所持している端末で、我々、ひいては学園都市の情報が詰まっているといっても過言ではありません。
くれぐれも、くれぐれも無くしたり、誰か貸したりしないように。」
ネフィは、真剣な声音のまま、操作方法を教え終わると、最後にスマホを俺と邑歌、それぞれのポケットにキーチェーンで結びつけた。
「もしも、無くしたりしたら?」
「すぐさま私に報告を。その端末を不正使用防止の為、ロックします。いいですか、探すより先に報告を。もし、他人に貸したら……」
「……貸したら?」
「私と結婚して責任をとってもらいます」
いつも通りじゃねぇか。よく考えたらいつもがおかしいんだな。
「過去にそれをやった者を審問後に見たことがありませんね」
「こわっっ」
とにかく扱いには気を付けないといけない端末なのはわかった。
「ねぇネフィちゃん。この、照合? って人にカメラ向けるだけで出来るの?」
端末に入れられている虫メガネアイコンのアプリを、邑歌は指さす。
ネフィは、頷きながら、アイコンをタップして、忙しそうに指示を出している松原の背中を端末のカメラで写した。
「はい、先ほどの老人のデータのように、その者を映し出すことで学園に登録されているデータと自動照合が行われ、氏名や住所は勿論、幻想結界のレベル、能力……学園に登録されている情報を閲覧することが出来ます。」
「え、じゃあこれで強い能力者を探せるってことだよね!」
「いえ、個人情報の保護の観点から、事案発生等の緊急を要する、かつ、その事案に関係があると、警察が判断したもののみを照合可能です。無闇な不正照合も、違反となる為、気を付けなさい。お前が違反したら殺します」
「私だけ当たりが厳しい!」
「兄さんとお前の扱いが同じわけないでしょう」
「うわああああネフィちゃんがツンデレだよぉ」
俺に泣きつく邑歌、それを見て切れかけるネフィ。あと多分ツンデレではなく変態が一方的にデレてきれるだけなので変デレだ。
松原が見かねたのか、咳ばらいをする。
「委員長……彼らにはまず、警戒活動をして慣れてもらえればよろしいかと」
「…………そうね。兄さん、亜紗宮邑歌。端末に警戒ルートの情報を送っておきます。本日は規定の時間になりましたら、そのルートの警戒をお願いし―」
ネフィが言い終わらないうちに端末に通知が送られてくる。
が、先ほどの通知とは異なり、警報音付きで会った。
「モニターを出せ!」
松原の怒号とほぼ同時にモニターが切り替わる。
直後、大型ショッピングモールの一部の壁が吹き飛ぶ映像が表示される。
映像は悲鳴と共に逃げ惑う人々を映し出していた。
「数十の幻想結界反応! 応援要請途絶! なおも被害拡大中!」
「複数だと!? 一番近くいる部隊に連絡しろ! 」
「はい! こちら風紀本部! 005、006応答せよ! 現場へ急行せよ! ……005より通信! 避難誘導の確保と救護のほうはどうするとのことです!」
「ちっ! 二人じゃ手が足りない! 応援を回せ! ……被疑者の特定はまだか!?」
オペレーターと松原が忙しなくやり取りを行う中、邑歌はエレベーターに勢いよく乗り込んだ。
「真凛! 行こう!」
「待てレベルⅥ。我々は組織対応が絶対だ! 」
「今行けば助かる命があるかもしれないんだ!!」
松原と邑歌が言い争いをし始めたところで、ネフィは拳銃を引き抜くと、天井に撃ち放つ。
弾けるような発砲音。全員は言葉を失い、警報音だけが室内に響き渡る。
「現場に一番近い005、006には爆発の原因特定を。学園にいる第1部隊は、被疑者らしきものがいた場合の制圧。レベルⅢが相手なら、殺害を許可します。第2、第3部隊は周辺エリアの警戒に出なさい。
第4から第8までの部隊はし、避難民の誘導・救援に当たりなさい。」
「「「「「「はいっ!!!」」」」」」
ネフィの指示に一斉に組織がそれぞれの役割を全うせんと動きだす。
「兄さん…早速で申し訳ありませんが……何か分かり次第。端末に情報を送ります。」
「狙ったように不幸ってのは来るもんだよ…」
「真凛! 早く行こう!」
「待て! ネフィ、風紀委員会って出撃のときは、何で行くんだ?」
「この棟の屋上に、ヘリを用意しています。端末と連動すれば、風紀委員なら誰でも目的地までたどり着けます。中に火器を搭載している関係で二人しか乗れませんがご了承を」
「分かった!」
流石は学園都市の治安維持部隊。予算が違う。
俺は、エレベーターに走りながら邑歌に叫ぶ。
「邑歌! ヘリで行く! 屋上にいくぞ!」
「オッケー!!ってヘリぃいい?!」
邑歌が屋上の階層ボタンを押し、俺が滑り込むと、エレベーターは高速で駆け上がっていく。
風紀委員会に所属して1時間も立たないうちに、学園都市でも大規模と言える爆発事案に巻き込まれた俺は、仕組まれた感を拭いながら、幻想結界を起動する準備を、呼吸で整え、既にヘリがいくつか飛び立つ屋上へと踏み出した。
☩ ☩ ☩
愛する兄と、そのオマケのレベルⅥが無事ヘリに乗り込み、飛び立った状況をモニターで確認した後、ショッピングモールに設置されている20台以上もの防犯カメラの映像を同時に見る。
本来なら自身でこの事態を引き起こした奴を取り締まりたいところだが、幻想結界を使えぬ自分では、レベルⅢ以上を取り押さえるのは難しいだろう。
ならばせめて、兄との時間を邪魔した不貞な輩を特定し、シバかねばならない。
防犯カメラを遡って確認すると、その爆発の原因が判明した。
「………清掃ロボット?」
松原がモニターの一部を拡大すると、爆発の瞬間が映った。
「委員長! ロボットは壁や人に接触することで起爆しています! それもこの爆発規模……爆薬でも詰まっているのか!?」
「落ち着きなさい松原努。このロボットの数。ショッピングモールに配置されている数を遥かに超えている。……幻想結界の反応はどこから?」
「暴走している全ロボットからです!」
「………この規模のロボットを同時に?……レベルⅢ…いえ、最悪の場合…レベルⅣ相当」
ネフィの一言に残っているメンバーが動揺するが、それも無理はない。
レベルⅣとは即ち、ここにいるネフィ・アグィネスと同格の存在。
戦闘特化のレベルⅣならば、味方にいればレベルⅢが100人いるより遥かに頼もしいが、敵に回せば悪夢そのものだ。
「……常に最悪を想定して事態を大きく捉えておきなさい。レベルⅣ事案と判明した場合は、直ちに撤退指示を出します。お前たちは生存を最優先に各個部隊へ支持を出してください。
松原努。お前は、緊急措置そして、この学園都市にいるレベルⅢ、レベルⅣの連中の現在地を調べなさい。それと並行して、機械関連の能力や遠隔操作、が可能なレベルⅢ以上の幻想結界者のリストを作ってください」
松原はその声に頷くと、幻想結界を使用して、思考を分離させると、それぞれの腕で異なる仕事を始める。
ネフィは、どこからか湧き出るロボットを睨み付けながら思考を巡らせる。
「……このロボット。どこから沸いて出たのでしょう……兄さん、気を付けて」