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責任とってくださいね、兄さん

 

 翌日、俺は一人で家を出る。

 治療と検査を兼ねて、その日邑歌は、学園に一日寝泊りだ。

 教室前には既に人だかりが出来ており、お目当ての人物が既にいることを表している。

 人を押しのけて教室に入ると、話題の中心人物は、こちらを見つけてぴょんと跳ねた。


 「真凛ー! おはよー! 」

 「おはよ。 傷はもう大丈夫か? 」

 「うん! 保健委員ってすごいね! 痛くないし痕も全然残らない!」

 

 邑歌はシャツを捲り上げ、お腹を見せかけてきたので、俺は慌ててその手を抑える。

 

 「乙女は恥じらいを持ちなさい!」

 「え、でも真凛、家で私の裸を見てるじゃん」

 

 教室がざわっ…!? と騒然となった。


 「千導が…邑歌ちゃんの裸を!?」

 「もうそんなエロい関係に!?」

 「こんな純粋可愛い邑歌ちゃんを襲ったのね…」

 「さいってい……」

 「先導……営んだのか……俺以外の奴と」


 そんなクラスメイトからの殺意の籠った言葉が殺到する。あと最後の奴野太い声だったぞ怖い。

 

 「あれは事故だぞ! そんときはリエスもいたし」

 「「「「リエスちゃんも一緒だとぉおおおおおおおおお!?」」」」


 クラス中のリエスファンが俺に詰め寄り、ハサミとナイフを取り出してきた!

 

 「リリリりりりリエス様にも手を出しやがったのかテメェ!」

 「リエスちゃんは俺たちみんなの聖母って聖書にも書いてあるだろうが!」


 書いてない。

 

 「しかもささささ、3Pだとおおおおおおおおおお!!羨ま…なんて屑野郎だっ!」

 「圧倒的誤解だ!! リエスもなんとか言ってくれ!」


 俺がハサミを振りかぶる奴の手首を抑えながらリエスに助けを求めようと視線を移すが、その席にリエスの姿はなかった。鞄も見当たらないことからまだ教室に来ていないらしい。

 リエスは、いつも一番早く登校し、教室の掃除と花の手入れを欠かさない。そんな彼女が来ていないこと自体が珍しい。

 あわや男子全員にボコられかけていたところ、突如廊下から銃声が響く。

 一瞬で静まり返るのと同時に、俺は、誰が来たのかを察してクラスメイトに紛れようと身を縮める。

 が、それは、クラスメイトたちが恐れて開けた道を歩いて、まっすぐに俺の元に来ると、手に携えた拳銃の銃口をこちらに向けて微笑んでいた。


 「兄さん、おはようございます。昨日はそこのメス……亜紗宮邑歌との決闘において無様を晒してしまい、申し訳ありませんでした。ところで、兄さん。亜紗宮邑歌とリエス・リタガウルの裸を舐めながら夜の営みをしたというのは本当ですか? 詳しく説明してください。私は冷静さを欠こうとしています。もはや結婚して私が嫁として毎日営まないと駄目ですか? 世界滅ぼします? やり直します? 」

 「全部誤解だからはやまるな!」

 

 世界の破壊神になりかけている自称妹に、邑歌は空気を読まずに抱きつく。

 

 「やっほー! ネフィちゃん! 昨日はありがと! ネフィちゃんすっっごく強かった! こんなに可愛いし! 妹にしたいよー! あ、年上なら……ネフィお姉ちゃん? 」


 「いっ……離しなさい亜紗宮邑歌……」

 

 ネフィは不快そうな顔を浮かべながら、胸部に絡みつく邑歌の腕を振り払った。

 

 「………兄さん…そして亜紗宮邑歌。今日は、二人に、お願いをしに来ました。」

 

 俺と邑歌は顔を合わせる。

 「結婚はしないぞ? 」

 「決闘再戦!? やるやる!」

 「違います。いえ結婚はあとでするんですけど」


 拒否権が無い前提で話すんじゃないよ。

 ネフィは胸元を押さえながら顔をしかめて、続ける。


 「……詳しくは、放課後、風紀委員室に来てください。……どうか、お願いします。 」

 

 深々と頭を下げるネフィを見たのは、初めてだった。

 いや、学園内でも彼女が頭を下げるところを見た者は少ないだろう。

 教室が再びざわつく。

 俺が考えるより早く、邑歌は、大きく頷いた。

 

 「オッケー! 真凛と二人で行くよ!」

 「判断が早い!」

 「何か困ってる感じだし! そもそも決闘の無理を聞いて貰ったのこっちだし。ね? おねがーい真凛ー」

 

 二人の少女の眼差しに、俺は頭を掻く。どうせ、断る選択肢は無い。片方は決めたら聞かないし、片方は断ったら純粋に怖い。

 

 「分かった、分かりましたよ。放課後に行きますよ。見舞いにも行くつもりだったしな」

 「そんな…お見合いだなんて今さらですよ。もう夜這いしあう仲なのに」

 「お前はまず耳鼻科に行け」


 ネフィはもう一度念押ししたのちに、教室から出ていくと、同時に始業のチャイムが鳴る。

 結局その日、我がクラスの聖母たるリエスは、放課後になっても学校には来なかった。



  ☩


 

 放課後、俺は、風紀委員室へと向かう途中で、邑歌からの質問を受けていた。


 「ネフィちゃんが入ってる風紀委員ってどれくらいすごいの?」

 「……学園都市にも警察があるのは知ってるな?」

 「うん! いろんなところにいっぱい警察立ってるしね! 」

 「その警察の指揮権限を持ってるのも、風紀委員会だ。」

 「まさかの上!?」


 邑歌は、驚愕に目を丸める。その反応になるのも当然だろう。

 学園が中心のこの空中都市とはいえ、学校の一委員会が、治安組織より権限があるとは夢にも思うまい。

 所属人数は百人を超え、警察では抑えきれない者たちを、武力制圧可能とされている風紀委員会の総合戦闘力は、他の委員会と比べてもトップクラスに位置している。

 その筆頭たる委員長を、殺しあいではない決闘とはいえ、倒してしまったのが、隣にいる邑歌なのだが。

 エレベーターに乗り、俺が地下5階の表示を押すと、邑歌は、階層ボタンをしげしげと眺めていった。

 

 「この学園、横に超広いから、5階建てだと思ってたけど、最下層は五階なんだね。なんで地下に掘ったのかな。」

 「そこまでは知らんが………高いところは、テロとかに狙われやすいからじゃないか?」

 「なるほど。今度良ければ、他の階も案内してもらってもいいかな? はぐれ武人に会えるかもしれないし! 」

 「はぐれメタルみたいに言うな」

 

 話しているうちに、地下5階の表示が光り、エレベーターの扉が開く。

 瞬間、邑歌は目を輝かせて、階層全体を見渡した。

 

 「す、すごい! アニメで見る司令部みたい! 」

 

 言い当て妙だった。他の教室とは次元の違う広さ。体育館を3つほど並べたような敷地面積はあるだろう。

 学園内はおろか、街の様子も鮮明に映し出す大量のモニターは、壁一面を覆っており、着席している者たちがイヤホン越しに、何かを伝達している。

 

 「兄さん、亜紗宮邑歌、お越しいただきありがとうございます。こちらにお茶と婚姻届を用意してます」

 「片方捨てておいてくれ」

 「良質な茶葉を使用したのですが。コーヒーの方が好みでしたか?」

 「お茶の方じゃねぇよ」

 

 よく意味が分からないという顔をしているネフィは、足を進め、会議室と書かれた扉を開けた。

 俺と邑歌は、顔を合わせながらも中に入ると、ネフィは会議室の扉を閉め、鍵をかける。

 部屋には、ネフィの他にもう一人、長身の眼鏡を黒髪男が座っていた。


 「……副委員長、あなたは呼んでいませんが?」


 ネフィが告げると、その男はこちらを確認するや否や不快そうに舌打ちをして、ネフィに向き直る。

 

 「委員長、僕はやはり納得がいきません。レベルⅥとはいえ、能力は未発達。加えて、そこの先導も加勢したならば、公平に欠けるものです!

 こんな落ちこぼれどもにあなたの代役が務まるはずがない!!」


 「「………代役??」」

 

 俺と邑歌は同じ疑問符を投げた。

 なおも、怒りのままに口を開こうとする男に対し、ネフィは、制服の内側から拳銃をゆっくりと引き抜くと、撃鉄を起こしながら告げる。


 「副委員長、松原努(まつばら・つとむ)。確かに、私は決闘開始直後、慢心があったのは認めましょう。ですが――――」


 ネフィは、冷たい視線を松原に放つ。

 

 「私は負けた。あれが実戦ならば、私は死んでいたでしょう。それとも、私より遥かに劣るお前が、万が一にでも私に勝てると? お前程度、100人来ようが、傷一つ付きませんよ」

 「っ…………」


 殲姫が放つ威圧感は、その例えが紛れもない事実であることを証明するように部屋全体を支配した。

 松原は蹴落とされるように身を一歩引くと、席を立ちあがり、部屋の扉の前で止まる。

 

 「………失礼します」


 松原は、一礼すると、扉をあけて出ていく。

 ネフィは、閉められた扉を内側から鍵をかけると、やれやれといった様子で息をつく。


 「彼、仕事は出来るのですが、少々感情が昂りやすいのが玉に瑕でして」


 話が進まなくなりそうなので、目の前に自称妹の変態危険人物がいることは黙っておくことにした。

 代わりに俺は、話の途中で聞こえた単語について問いかける。


 「で、代役って何の話だ」

 「…………兄さん、これを見てください」


 そういうと、ネフィは突然制服を脱ぎ始めた。僅かに真っ白い肌が見え、薄水色のブラジャーが…。

 

 「ネフィちゃん暑かったの?」

 「亜紗宮邑歌は黙っていなさい」

 「なんで脱ぐ!? 」


 俺が目を両手で塞ぎ、視界をシャットアウトしていると、やがて着崩れる音が終わる。


 「兄さん、手ブラはしています。見てください」

 「見れるか!?」

 

 むしろ興奮す…じゃなかった。社会的に死ぬわ。

 

 「っ……ネフィちゃん……この、傷…もしかして……」


 邑歌は、僅かに上ずった声になっている。なにやら動揺しているようにも感じるが。


 「兄さん。今回は冗談ではありません。お願いの件でもあります。どうか、確認してください」

 「……分かった。み、見るからな…」


 リアルな女性の裸体を見ることに慣れているほど陽の者では無い俺は、謎の高揚感を抑えながら、ゆっくりと手を下ろす。

 そこには上半身の肌をさらけ出したネフィが、僅かに頬を紅潮させながら、控えめな乳房を手で隠しながらこちらを見ていた。

 幼さと色っぽさを兼ね備えた少女の肉体。

 俺は、興奮よりも先に、胸部に刻まれた大きな切り傷に目を見開いた。


 「ど、どうしたんだ…この傷……」

 「……亜紗宮邑歌より受けたモノです。」

 

 有り得ない。保健委員会が有する救護班は、治癒系の能力者を多く配置されている。決闘ではまず死なないのだが、腕が吹き飛ぼうが、臓器が大半破壊されていようが次の日には傷あと一つ残らず完治する。

 極論を言ってしまえば、生きてる限り、治せぬ傷がないとされているほどだ。

 決闘直後、救護班にネフィが運ばれているのは確認した。

 

 「…痛むのか?」

 「触れれば多少は。」

 「うわぁああああああああごめんねええええええええええええええ」


 邑歌は号泣しながらネフィに頭を下げる。

 

 「お前が責任を感じることはありません。一刀を受けられなかった私の弱さです。……それに、問題は痛みではありません。」

 

 ネフィは、後ろを向いて下着をつけて制服を着ると、俺たちをソファに促した。


 「……じゃあ、問題は何なんだよ? そもそも代役ってのは」

 「今の私、幻想結界が使えないんです」

 「…………なんて?」


 思わず聞き返すも、ネフィはお茶を飲みながら淡々と告げる。


 「亜紗宮邑歌との決闘から、私の幻想結界は、起動すら出来なくなりました。能力によるものか。あるいは、そもそも私が深手を負ったことなどないが故に、なんらかの不調になっているのかは、保険委員長でも不明だそうです。

 もし、私が能力を使えないと他の者に知られれば、治安維持に大きな支障が出るでしょう。」

 

 風紀委員が恐れられているのは、その高い戦闘力故だ。

 最強の組織故に、逆らえるものが存在しなかった。

 だが、その組織を統括する者が、能力が使えなくなったと知られれば、有事の際の制圧力は大幅に低下し、日常における能力者同士のいざこざの仲裁は勿論、テロリストなどが現れる危険性もある。

 思っているより、遥かに事態は深刻だったようだ。

 

 「……このことを知ってるのは?」

 「この場を除けば、保険委員長の桃川供花(ももかわ・きょうか)だけです。あの女には口止めしていますが。……あのクソロリータには報告してません。」

 

 クソロリータとは、おそらく学園長のことだろう。確かに、報告すればむしろ煽り通して厄介ごとを差し向けてきそうな気しかしない。

 状況が見えてきたところで、ネフィのお願いの内容を理解した。


 「つまり、俺と邑歌で風紀委員長の代役を務めろってこと?」

 「はい。私に並ぶ戦闘能力を持つ連中は、どいつもこいつも癖が強く、組織そのものを崩壊させかねない。かといって、副委員長を含めた他の風紀委員では、最強の治安組織と呼ぶには弱すぎる。他のレベルⅣ相当が暴れた場合、取り押さえることは困難かと」


 俺は、学園内にいる他のレベルⅣの顔を思い浮かべる。

 全員が全員戦闘特化の能力ではないが、確かにほぼ全員癖が強いことに関して、反論は思いつかなかった。


 「私、難しいの分からないけど…出来るかなぁ」

 「風紀委員は、強い幻想結界能力者が悪事を働いている場合、超法規的措置として街中でも自由に戦闘による制圧措置が可能です」

 「やります! 」

 

 邑歌の扱いが早くも上手くなっているネフィに、脳筋が秒で返事をした。

 

 「……強さだけなら、邑歌だけでいいんじゃないか?」

 「保護者がいない小学生を預けるつもりですか?」

 「保護者枠かよ」

 「えへへ…」


 何故か照れる邑歌の頭を思わずチョップする。

 

 「戦闘以外の雑務は全てこちらで引き受けます。……それに、私の中では、兄さんは戦闘面でも敵に回したくありませんよ? 」

 「………」

 「えっ真凛強いの!?」


 邑歌は心底驚いたようにこちらを見てくる。ネフィは、妹(を自称する他人)としてまくし立てるように続ける。


 「はい。パートナーにするなら兄さん一択です。その汎用性はどの能力者との相性が良く、くわえて面倒くさがりを装いながらもお人好し。好きな食べ物はきんぴらごぼうという渋めのチョイスが可愛いです。あ、結婚式は明後日でいいですか?」


 後半戦闘面関係なくない? あと結婚式の日程を決めるな。

 

 「話が脱線しましたが……私を倒したレベルⅥとレベルⅣなら、戦力低下による治安の不安定化は避けられるかと。中には認めない連中や、兄さんたちの強さを推し量れぬ愚か者どもが出てくるでしょうが、その時はぶっ飛ばして構いません。

 私の不調はあくまで伏せます。理由は、『婚約者の兄さんに、俺が代わりに働くからお前はもう働くなと言われた為』で」

 「却下。」

 「まぁ、理由なんてあとでいくらでも考えられます。そもそも、兄さんが亜紗宮邑歌と共に私を倒したのが悪いんですから」


 ネフィは、人差し指を口元に当て、悪戯っぽく微笑む。


 「責任とってくださいね、兄さん」


 

 

 

 

 

 

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