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魔族の子。  作者: フツキ。
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6.少年と学校。

 子供が術式の授業を受けるため、神殿に隣接されている学校へ行くことになった。神殿は神への祈りを捧げたり、術式適性を調べたりする以外にも、国や街の役所のような役目を持つ。学校や図書館もそのひとつだ。ゆえに神殿が大きかったり、施設が充実しているということは、その国や街が栄えているという指標にもなる。

 手続きのために女主人と一度は訪れたようだが、初日にひとりだけで向かわせるのは少々心苦しかったし、「仕事」もなかったので、学校まで子供を送ることにした。初めての授業に、子供は朝から嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。人見知りはしなさそうだが、うまく他の子供たちとも馴染めると良いのだが。そんな我の不安をよそに、子供は「行ってきます」と言って手を振りながら学校へと入っていった。

 学校は昼過ぎには終わるはずだ。昼までこの世界の歴史や術式、その他基礎知識などの様々な授業を行い、昼食は学校で配給される。貧富の差はさすがに多少あるけれど、毎日を貧しく暮らすような家庭は少ない。だが食費が少しでも浮くし、子供たちは学びを得られる。なので術式適性が少しでもある子供は学校に預けられることが多かった。ひときわ高く建てられている神殿の時計を見やれば、まだまだ時間はありそうだった。

 はてさて、我はどうすべきか。しばらく「仕事」を受けなくとも良いくらいの収入があったので、久方ぶりに昼間から酒場にでも行こうかと足を動かし始めた。あそこは我のような傭兵や冒険者たちが集う場所だ、情報を集めるのにもちょうどいい。最近は酒を飲まずとも、食事だけ取れる営業形態に変わっていた。恐らく酒の飲めない客も相手にするためだろう。顔馴染みたちはいるだろうか。そんなことを考えつつ、我は酒場へと向かった。

 我が子供を育てることになった噂は、酒場の冒険者たちにまで届いていた。多少のことは覚悟していたが、酒が入ると、どうしても態度が大胆になるので、相手をするのがいささか厄介になる。仕方なく食事をそそくさと終えて、我は逃げるように酒場を出ていった。まだ授業が終わるまで時間がある。街をぶらつく気分でも無かったので、子供の授業が終わるまで、我は一度宿屋に戻ることにしたのだった。



 学校から戻ってきた子供は、やや興奮気味に今日あったことを我に話していた。宿題もいくつか出されたようなので、図書館に行きたいとも言った。どうやら他の子供ともうまく馴染んだようだ。我は心中で安堵の息を吐く。いつも以上に饒舌な子供と共に、我は図書館に向かった。

 図書館に入り子供の様子を見ていると、子供が天井あたりを眺めながらうんうんと唸っていた。彼の視線の先を見やれば、そこの本棚にはたくさんの歴史書が並べられている。今の子供の身長からすると、どう考えてもその棚には届かない。

「むー」

「どうした」

 小さく唸る子供に、敢えてそう声をかける。本を取りたいなら、それ用の階段がある。それを使えばいい。

「あっ、おじさん!」

 とてとて、と可愛らしい足音を立てながら、子供がこちらへとやってくる。膝を折り目線を合わせてやると、子供はさっきまで見ていた本棚を指差した。やはりこちらの予想は当たったようだ。

「あそこにね、読みたい本があるの」

「階段を使えば良かろう」

「…おじさんは届くのに、僕は届かない…」

 眉を下げながら子供がそう呟く。確かに我ならばあのような高さの本棚の本を取ることなど、苦にもならないだろう。だが子供は我の半分にも満たない身長だ。我に出来ることが、子供には出来ない。身長が違いすぎるのだから当たり前だと思うのだが、子供はそうは考えていないらしい。前にこの子を抱き上げたことが何度かあったから、その視線に慣れてしまったのかもしれない。そんなことを考えつつ、我は子供をひょいと抱えた。あまりにも軽い。そんな感想を漏らしそうになる。

「おじさん?」

「これで届くだろう?」

 そう語って本棚の前に行くと、子供は両手をいっぱいに伸ばして歴史書を手に取る。それを確認してから子供を下ろしてやると、満面の笑みを浮かべながらありがとうと子供が礼を言った。

 我は無意識に子供を抱えてしまっていた。階段を持ってきてこれを使えと言えば良かったのだろうが、それを口にする前に身体が勝手に動いてしまっていた。これは親代わりとして良くない行動だと自嘲した。我は己の予想以上に、この子供を大切に思っているようだ。親としては間違ってはいないが、度を過ぎる保護はこの子にも良くない。

「次からはあの階段を使うのだぞ」

「うん」 

 少し遠くにある階段を指差すと、大きな本を抱えながら、それを見て子供がこくりと頷いた。その素直な態度に、我は良い子だと敢えて声に出して言ってやった。

「あと必要な本はあるか?」

「これで大丈夫」

 元気良く返事をした子供の髪を撫でてやる。どのような宿題が出されたのかは聞いてはいないが、この子のことだ、きちんとこなせるだろう。分からなければ我なり女主人になり聞くはずだ。それくらいの知恵を、この子供は持っている。

 何冊かの本を抱えながら歩く子供の歩幅に合わせて、我もゆっくりと歩を進める。最近は並んで歩くのにもお互い慣れてきて、我が子供を抱えずとも良くなった。そうだ、とふと子供が立ち止まって顔を上げる。それに応えるように、我も足を止めた。

「あのね、お姉さんがね、ここらへんにね、美味しい甘味屋さんがあるって言ってたの」

 この子が言うお姉さんとは、恐らく食堂の少女のことだろう。いつの間にやら、子供と少女はとても親しい、それこそ姉弟のような関係になっていた。あの少女もかなりの甘味好きだ。どうやら彼女おすすめの甘味屋を、この子は教わったらしい。

「行ってもいい?」

 自分のお小遣いで買うから。そう付け加えて、子供がそう強請る。我は子供に一定額の小遣いを与え、自分の好きなように使えと言った。ただし、それ以上の額は、よほど重要なものが必要なとき以外は渡さない。そんな約束を交わした。

 自分の金で買うのであれば、我は異論を唱えるつもりはない。よほど高額でなければ、の話だが。まああの少女もそれを理解して、子供に話をしているだろう。我は甘味に興味はないが、初めて学校へ行ったご褒美を与えてやってもいいかもしれない。

「分かった」

 そう短く答えてやると、子供は嬉しそうにありがとうと笑ってから、また歩き始めたのだった。

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