5.傭兵とお出かけ。
我は子供を連れて出掛けることにした。これからこの子と暮らしていくために、必要な道具やら洋服やらが必要になったからだ。学校に通うための筆記用具も必要だ。それ以外に何がいるか女主人と相談してから、我らは街に出た。久方ぶりの外出に、子供も嬉しそうだった。
街は活気にあふれていた。この辺りはまだごった返す、というほどでは無いが、やはり人の数は多い。根城にしている宿屋は目的地である中心の繁華街からは少し離れているため、そこまで徒歩で向かわねばならない。子供に買い物のために繁華街へ向かうと告げて、我々は出発した。
気付くと子供の姿が無い。離れぬよう気を付けていたつもりだが、はぐれてしまったか。我はいささか焦った。慌てて辺りを見回してみると、少し離れた場所に、子供が座り込んでいた。すぐさま駆け寄ると、子供はうずくまって立てずにいた。膝を折り顔を伺うように覗いてみると、表情を見せたくないのか、子供はさらに俯いてしまった。
「大丈夫か?」
そう聞いてみるが、子供は何も答えない。だがそんな彼から、微かにしゃくりあげる声が聞こえた。いつの間にか離れてしまって、寂しくなり泣かせてしまったか。そう考えながら、我はどう語りかければ良いのか迷いつつも話しかける。
「…泣いているのか?」
「泣いてないよ」
ふるふると、子供が首を横に振る。だがその表情は曇っていて、否定になっていない。置いていったつもりは無いのだが、子供からすれば置いていかれた、と思っても仕方のないことかもしれない。長らく誰かと歩くことなんて、ずっと無かったから、要領をうまく掴めなかった。これは我の落ち度だ。
「…泣くな。済まなかった」
「な、泣いて…なっ…」
そう素直に我が謝ると、言葉の途中で、子供の声が詰まってしまう。大きなアイスブルーの瞳に、大粒の涙が溜まるのが見えた。仕方なく頭を撫でて小さな小さな身体を抱き寄せる。途端にしゃくりあげる声が聞こえた。
「頑張って、おじさんに、ついて行ったのに…それなのに、おじさんが、遠くなって、いなくなって…」
「済まない。我の思慮が足りなかった」
泣きじゃくる子供に優しく語りかけながら、我は己の思慮の無さを嘆く。いくら術式適性が高いとはいえ、この子はか弱い存在なのだ、己が守ってやらずにどうするというのだ。この街の治安は良いとはいえ、不逞の輩が絶対にいないとは断言できない。
このまま泣かせていては、買い物どころでは無くなってしまう。人通りは少ないものの、座り込む子供と大男の二人は、否が応でも目立つ。早くこの状況を打破しなければ。いずれは己の足で歩くようにさせなければならないが、今はこの子を抱えて歩いたほうが良さそうだ。それに関しては、子供もきちんと理解しているだろう。我も今以上に気を配って歩く必要がありそうだ。
「…おじさん…?」
我は手でその涙を拭ってやると、ゆっくりと幼い身体を抱き上げる。我の行動に驚いたのか、大きな瞳をさらに見開いて、子供が我の名を呼んだ。心なしか先ほどより顔色が良くなったように見える。目元はまだ赤いものの、しばらくすればそれも引きそうだ。
「こうすれば、共に歩めるだろう?」
耳元でそう囁くと、子供は何も言わずにぎゅぅと首に抱きつく。ありがとう。顔をマントに埋めたまま小さく呟くそんな子供を見て、我は苦笑しながらも優しく背中を撫でてやる。
さて、買い物に向かうとしよう。我は懐にしまっていたメモを取り出すと、繁華街の人混みの中へと入り込んでいった。
■
いつも以上に、自分の中で一番遅い歩みで、足をゆっくりと動かす。その隣を、今回必要だった物品を入れた大きな袋を抱えた子供が歩いている。行きは我が抱えて歩いていたのだが、帰りは自分の足で歩くと子供の方から言い出した。
繁華街から離れたので、人の通りはさほどない。なので子供がひとりで歩いても、迷うことも、誰かとぶつかることも無かった。まあ我のすぐ隣を歩いているから、必然的に相手がこちらを避けるようになるのだが。我が巨体もこういうときは役に立つ。
「おじさん」
不意に子供が口を開いた。何かまだ入り用の物があっただろうか。とりあえずどうした、と我は子供に聞いた。
「一緒に歩くの、楽しいね」
そう言って、子供が微笑む。行きのとき…我とはぐれて泣いていたときの表情は、もうそこには無かった。何より我と共に歩いて楽しいと言ってくれたのは、我にとっても喜ばしいことだった。
こうやって誰かと一緒に歩むのも、悪くないかもしれない。そう思わせたのは、この子のおかげだろう。我はずっとひとりだった。ひとりで構わなかった。それが楽だったし、最良なのだと考えていた。でも、今は違う。事情が、心情が、変わった。
「そうだな」
子供という存在は、ここまで心を変えてしまうモノなのだろうか。否、きっとそうなのだろう。我の手を焼くことも時にはあるけれど、それ以上に、そこの子供は我に様々な刺激を与えてくれる。楽しい。そんな子供の一言を肯定するように、我は頷いてやった。