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魔族の子。  作者: フツキ。
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4.少女とクッキー。

 結局、我は折れてしまった。拾った子供を育てることにした。だが我は傭兵で、「仕事」があれば遠い地であろうとも向かわねばならない。その件に関しては根城にしている宿屋の女主人が面倒を見るということになった。術式を扱う授業の手続きも、彼女がすると約束してくれた。昔からの付き合いだが、どうにも女主人には頭が上がらない。

 この子はこれからこの宿屋に住み、週に二、三日は術式を学ぶために神殿へ通うことになる。それ以外は自由な時間となるのだが、とりあえず基礎知識を蓄えさせるため、神殿の隣りにある図書館へと我らは向かった。ここにはありとあらゆる書物がまとめられている。字を読むこと、字を書くことはできるようなので、我は読みやすい絵本と、この世界の歴史を学べる子供向けの本を借りた。

「これで色々と学ぶと良い。読みたい本があったら、今度は自分で神殿から借りてくるのだぞ」

 宿屋に戻ってから、そう言って本を手渡すと、子供は喜んで窓辺の椅子に座り、本を開き始めた。その表情は真面目そのもので、じっと並べられている字を読み取って、己の頭に叩き込んでいるように見えた。

 しばらくはこの部屋でおとなしくしているだろう。我はじっと本を読みふけっている子供を一瞥してから、一階にある食堂へと足を運んだ。今は食事時ではないので、宿屋の広さに比例した規模の食堂はがらんとしている。設置されているカウンターに向かうと、ここで働いている少女が顔を上げた。

「どうしました?」

「茶を頼む」

「分かりました」

 短く注文すると、我は小銭をカウンターに置く。それを慣れた手付きで受け取り、少女はそそくさと茶葉やポット、カップを用意する。あの子供も喉が渇くであろうから、後で茶を持ち帰ってやるとしよう。菓子はどうしてやるか。腹は空かせていなさそうに見えたので、とりあえず今回は止めておくことにしよう。

「お待たせしました〜」

 やや間延びした声とともに、芳しい香りを漂わせる茶が置かれる。いつも飲んでいる慣れ親しんだそれを、我は一口飲む。相変わらずこの娘の淹れる茶は美味い。宿屋で働くこの少女も、過去の我と同じように、女主人に拾われた身だった。この宿屋で働く者たちは、すべて女主人に拾われた過去がある。だからなのか、歳が親子ほど離れていても、まるで兄に対するかのように、少女は我に気さくに話しかけてくる。

「傭兵さん、お子さん育てるんですってね」

 そう、少女が話題を切り出す。どうやら我が子供を育てることになったことは、あの女主人から聞いたようだ。女というものは我ら男に比べて情報の伝達が早いように見える。それが彼女らのやり方なのだろう。まあこの宿屋の世話になるのだから、話は通しておいた方が主人が判断したのかもしれない。我は任せるとだけ言っただけだから。

「そうなってしまった」

「どんな子なんだろ。後でお菓子差し入れしてあげようかな」

「そうしてやってくれ。あれも喜ぶ」

 楽しそうに語る少女に、我がそう答えてやる。ごく普通の子供ならば、菓子のたぐいが嫌いということはないだろう。何よりこの少女の見繕ったものだ、今までの経験上、外れは無い。下手なモノを選ぶよりも、我としてはその方が助かる。

「しばらくはこの街に?」

「ああ。大きな「仕事」を終えたからな。子供の件もある」

 そう我らが語り合っていると、部屋から抜け出してきたのか、子供がこちらへとやって来た。本を抱えたままあちこちと視線を移してから、ようやく我の姿を見付け、おじさん、と呼びながら食堂に入り駆け寄ってきた。その子供の姿を見た少女が、あら、かわいいと感嘆の声を上げた。

 どうやら読書中に姿を消したから、いささか不安になったのだろう。その表情は少しばかり曇っていた。こういうときの付き合い方を、我は得意としない。一言告げてから出て行けば良かったと、今更ながらに後悔してしまった。

「ここに座れ」

 そう促すと、本をカウンターに置いてから、ちょこりと椅子に座った。そして目の前に少女がいることにようやく気付くと、対処に困ったのか子供が我を再びちらりと見た。

「ここで働いている少女だ」

「こんにちは」

 そう紹介してやると、人懐っこい笑顔で少女が挨拶する。すると多少緊張がほぐれたのか、子供もこんにちは、と小さく答えた。

「何か飲む?お姉さん、ご馳走してあげる」

「ごちそう?」

 その言葉の意味が分からないのか、子供がそう反芻した。

「うーん、ちょっと難しかったかしら。飲みたいものはある?お姉さんが出してあげる」

 そう言って微笑む少女を見てから、どうすべきかと子供が我を見やった。そこまで我に許可を求めなくとも良いのに。そう考えつつも、その好意に甘えるといいとばかりに頷いてやると、ミルク、と子供が小さく呟いた。

「じゃあ温かいミルクを用意するね。クッキーもあるから食べて。私の手作りなのよ」

 そう話してから、少女はキッチンへと向かう。その姿を見送ってから、再び子供が我を見やった。

「くっきーって、何?」

「菓子の一種だ。甘くてサクサクとしている」

「あまい…」

 クッキーがどんな食べ物なのか想像出来ないのか、子供が何度もクッキーと呟く。今まで食事をしてきただろうが、菓子のたぐいを食べたことが無かったのだろうか。それともクッキーという名前だと知らずに食していたのか。どちらにしても、それを前にすれば結果は分かる。

 少し経ってから、少女が温かいミルクの入ったカップと、何枚かのクッキーを乗せた皿を子供の前に出した。初めてクッキーを見たのか、じっとそれを凝視してから、我と少女を交互に見やった。

「これが、クッキー?」

「そうだ」

「食べてみて。きっと美味しいから」

 少女にそう促され、子供は恐る恐るクッキーを一枚手に取り、小さくかじってみる。途端に子供の表情が驚きに変わり、そして嬉しそうに微笑んだ。そんな子供の表情を見て、少女は良かった、とほっと安堵の息を吐いた。

「クッキーって、おいしいね、おじさん」

「そうだろう」

 そう言っている合間にも、少年の手の中にあったクッキーはどんどん少なくなり、あっという間に無くなってしまった。よほどそれが美味しかったのであろう、クッキーを頬張りながら、子供はにこにこと上機嫌に笑っている。

 こんなにクッキーを気に入ったのならば、今度おやつに用意してやってもいいかもしれない。この調子だと、もしかしたらケーキなどの甘味も味わったことが無いかもしれない。あまり与えすぎるのは良くないが、美味い食べ物を楽しむことも、経験のひとつになるだろう。

 これからこの子はたくさんの経験を積んでいくだろう。楽しいこと、嬉しいこと、辛いこと、悲しいこと、様々な感情を抱きながら、そのときを生きていくことになるだろう。だがこの子を育てると決めた以上、どんなことがあろうとも、できる限りこの子の側にいてやろう。そう小さく心の中で誓った。

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