27.少年の恐怖。
足音だけが暗闇に響く。いつもより空気が冷えているように感じるのは、例の幽霊の影響なのだろうか。術式適性がほとんどない我でも、これだけ周囲の変化があれば、近くに幽霊がいるのだということが分かる。目に見える相手であればこうも手こずらないが、相手は目に見えない心霊だ、普段と勝手が違う以上、下手な行動はとれない。何より足元には子供がいる。
「おじさん…僕、こわい」
我の外套を掴んだまま、子供がそう恐怖を語る。この子はまだ夜の街を歩いたことが無い。身を護る手段を持たぬゆえ、我はそれを強く禁止している。恐らく学校でもそう言われていることだろう。他の子供たちと同じく、夜の街や街の外に出るのは、術式なり体術なり…身を護る術をきちんと覚えてからだ。そうしなければ、対抗する手段が無ければ、ヒトは呆気なく死ぬ。この世界は我々にとって、あまりにも厳しい。
だがこのまま子供に恐怖心を抱かせ続けるのは、精神的に良くない。この子は以前に感情の揺らぎで、物凄い力を発揮したことがある。はてさて、どうしようか。そう考えながら子供を見下ろすと、首元にきらりと光るアイテムが見えた。そうだ、これは我が知り得る限り、街で一番強力なアイテムのはずだ。それなら少しくらいは気を紛らせてくれるかもしれない。
「大丈夫だ。……そうだ、お守りを持っていろ。必ずお前を守る」
「おまもりを?」
「そうだ。我は幽霊と戦わねばならん。だからお前を守れるほど、余裕が無いかもしれん。そのときは、このお守りがお前を守ってくれる」
不安そうに首に下げていたアイテムを、子供はじっと見つめる。あまり言葉を紡ぐのは得意ではないが、今はそうも言っていられない。我はこの子の保護者なのだから。
「……お前は我の子だ。最強の傭兵の子だ」
そう続けて、我は子供の銀色の髪をくしゃっと撫でてやる。すると恐怖に怯えていた表情が、幾分か和らいだ。首から下げていたアイテムをぎゅっと強く握り、子供は我を見つめた。恐らくこれで大丈夫だろう。いずれにしても、もう少し成長すれば、この世界では己の身は己で守らなければならないことを、この子も嫌なほど理解するだろう。
「うん。僕はおじさんの子供だもんね。うん、僕、泣かないよ」
「それでこそ我が子だ」
「もう大丈夫」
アイテムを握りしめたまま、子供が微笑む。途端に、周囲に嫌な気配がした。適性を持たぬ我でも分かるほどの、嫌悪感にも似た、肌が粟立つような感覚。無意識に我は剣の柄に手を伸ばす。今回のために特別な、聖なる術式を施したものだ。直接攻撃は通じないだろうが、これに斬られることにより、聖なる力をぶつけることが出来る。
足元には子供がいる。これくらいの距離なら気にならずに戦えるだろう。心霊による影響だろうか、霧が濃くなってきた。息を殺し、音をたてぬよう気を付けつつ、我は周囲の気配を探る。声がする。子供はそう言っていた。確かに何か聞こえる。声ではない。音でもない。直接頭に語りかけてくる。この声は何だ。
これは悲鳴だ。そう気付いたとき、霧の向こうから、巨大な何かが姿を現した。




