25.5。閑話休題・任務。
はあ、と白い息を吐く。辺りは静寂に包まれている。この音の無い世界が、俺は好きだった。賑やかな宿屋の食堂も嫌いではなくなった。でも、やはり俺はこの無音の、誰もいない空間に慣れ過ぎていた。あの看板娘だってそうだろうに、それでも明るく、そして笑顔を振りまき、誰隔てなく平等に接している。バーテンダーとして、無言で酒と向き合っている俺とは大違いだ。
俺は他人と話すのが、正直に言うと大の苦手だ。幼い頃の俺は戦うことだけがすべてで、そして他人は超えるべき対象であり、殺しの対象でもあった。戦闘集団に拾われた俺は戦うことで生の実感を得ていた。殺さなければ自分が殺されていたかもしれない。だから戦うしかない。そんな生活をずっとずっと、過ごしていた。あの宿屋に助けられるまでは。
いけない。一瞬でも任務以外のことを考えるとは。久しぶりの任務だからか、どうにも勘が鈍っている。こんなようでは、あの方に呆れられてしまうかもしれない。いや。あの方はそんなことで俺たちを見捨てるような人じゃない。そうでなければ、俺なんてとっくに見放されていただろう。
今回俺に下された任務は、街を徘徊するという幽霊の正体を突き止めることだった。俺は何故か生まれたときから歪みが「見える」。それは形のない、靄のような、霞がかった光のような形状で「見え」、その力が強ければ強いほどはっきりする。この街には結界があり、力のない歪みはそれによって近付けないか、近付けたとしても消滅してしまう。つまりこの街にいるということは、それを突破した、強力な歪みを秘めた存在ということになる。
この街に歪みが現れたのは由々しき事態だった。強力なそれは、街にもヒトにも、何もかもに悪影響を与える。だから早々に対処しなければならない。この街は俺たちにとってかけがえのない故郷だ。もちろん、あの方にとっても、だ。だからあの方が珍しく、その重い腰を上げたのだろう。いつものあの方であったなら、ギルドと神殿に情報を流し、その顛末を見守るだけのはずだ。
人気のない路地を、足音も無く歩く。屋根を伝って全体を見渡しても良いが、今回はだいたいの場所が把握できている。何より屋根の上は移動がしづらい。急を要する用件でない限り、屋根の上は走らないようにしている。もし俺の足で住人の屋根を壊してしまったら気まずくなってしまう。
気配を感じる。こんな深夜に誰だろう。巡回中の聖騎士だろうか。だがいつもと気配が違う。そっと覗き込んでみると、そこには見知った存在が立っていた。どうして宿屋の住人である、あの傭兵がここにいるのだ。手には何やらアイテムを持っている。どう考えてもその行動は、何かを探しているようだった。
まさかあの人も幽霊騒ぎの話を聞いたのだろうか。もうひとりの住人になった子供を拾ってから、「仕事」以外で傭兵が宿屋の外にいるのは滅多に見られない。もしかしたら今回も「仕事」なのだろうか。分からない。そこまでの情報はあの方から与えられなかった。なので自分で、己の目で、確かめなければならない。俺は目の力を使って、あの人を「見た」。
「っ!?」
無意識に漏れそうになる声を、俺は必死に抑える。何がどうなっている。異様な雰囲気の何かを俺は「見た」。あの人からではない。その後ろに、いつの間にかいた存在だ。俺の目が異様な反応を示すそれは、俺が今まで関わってきた何よりも、恐ろしく、強大で、そして不可思議な光を帯びていた。数え切れないほどに「見て」きたはずなのに、背筋が凍った。
どうして。俺はそう言わずにはいられなかった。普段見ているときは、こんな風には「見えなかった」。それなのに、今は俺が戸惑うほどの力を、視線の先の存在は秘めている。恐らくそれは、今回の任務の対象ではない。それでも俺は、それが気になってしょうがなかった。どうして。もう一度、俺は心の中で繰り返した。
傭兵の後ろにいたのは、彼が拾ったという、幼い子供が立っていた。




