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魔族の子。  作者: フツキ。
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15.傭兵の戦う意味。

 「襲撃」は五日目に突入していた。歪みは減少しつつあり、そろそろ終わりを告げようとしているものの、魔物の数はまだ一向に減らなかった。あと少し、もう少し。そうは分かっているのだが、やはり我ら魔族とは違い、ヒトには疲労が溜まっていた。

 とにかく大剣を振るうのみ。そう言い聞かせながら、我は魔物をどんどんと退治していく。そうしていると、背後から冒険者たちの騒ぎ立てる声が聞こえた。どうかしたのだろうか。そう思いながら戦っていると、凄まじい轟音が響いた。さすがに気になってしまったので、我は魔物と距離を取り、その方向を見やった。

 後続の冒険者たちが倒した大型の魔物が吹き飛ばされ、街の城壁にぶつかり、脆くも崩れてしまっていた。しまった。そうは思ったものの、目の前の敵を放っておくわけにはいかない。困惑する冒険者たちが慌てふためくものの、ギルドマスターが素早くそれに対応した。

「焦るな!そのまま攻撃を続けろ!」

 珍しく声を荒げ、ギルドマスターが叫ぶ。

「あれの対処は私がする!皆は他の対処を!」

 そう続けて、ギルドマスターが素早く詠唱を始める。途端に魔物の身体が燃え上がっていく。街からはすぐさま聖騎士たちが集まり、崩れた城壁周辺を守るべく戦闘態勢に入っていた。あちらは何とかなりそうか。まあ、ギルドマスターだけでも問題なかろう。我は前面に集中した。

 魔物の数が減りつつある。一体一体確実に仕留めながら、我はそれを肌で感じていた。ギルドの伝令係から、そろそろ「襲撃」が終わりに近づきつつあるという報告が回ってきた。あと少しか。多少の疲労感はあるものの、まだ十分に戦える。今の戦線を維持しながら、我は後方からの再びの報告を待った。そうしているうちに、どんどんと魔物は消滅していった。

「これで…終わりだっ!」

 最後の一体を倒した冒険者が、そう叫ぶ。それを見届けた周りの者たちから、喜びの歓声が広がっていった。我も大剣を大地に刺し、ふうと大きく息を吐いた。

「お疲れ様です、もう歪みの異変は見られません」

 調査をしていた神官たちから、そう報せが届く。長かった「襲撃」が、ようやく終わりを告げたのだ。街の城壁に被害が出てしまったが、それは街の大工職人がすぐさま修復にかかるだろう。とにかく今はすぐにこの鎧を脱いで、汗を流して休みたい。

 我は大剣を手に取り、ゆっくりとした足取りで街へと戻っていく。あの子はどうしているだろうか。大人しく待っているだろうか。そんなことを考えながら、我は宿屋へと戻っていった。



 突然前触れもなく始まった「襲撃」を、我々は何とか完全に断つことができた。だが激しい戦闘のせいで、街の城壁の一部が崩壊し、その形が大きく変わってしまっていた。幸いその被害は大きくなく、ギルドや神殿の面々は、街の住人や関係者全員の無事を確認して安堵の息を漏らしていた。

 これから神殿とギルドが力を合わせて事後処理を行っていくだろう。我も装備にかなり負担をかけてしまったので、それの修理を依頼せねばならない。「襲撃」に参加した者は神殿とギルドから一定の報酬と、魔物たちから得たアイテムを与えられることになっている。とりあえず報酬を受け取るのは、後日でもいいだろう。

 魔物からは特別な素材が手に入るので、「襲撃」にはそれなりの恩恵もある。我々はその恩恵を報酬として受け取り、武具などの強化や、必要なければ売り払ったりして資金にしたりする。そうすることで商業ギルドが繁栄し、技術などが向上していく。こうやってこの世界の経済は回っているのだ。

 宿屋に戻ると食堂で勉強をしていたらしい子供が、こちらの姿を見つけて真っ先に我の元へ駆け寄ってきた。疲労感はあるが、この子の無事を確認するのは最優先事項だった。まあこの宿屋にいる限り、問題は無かろうが。

「おじさん、大丈夫…?」

 子供がそう言って、心配そうに我の顔を見つめる。それに対し我は精一杯の笑顔でああ、と短く答えた。それでも、子供の表情は少し硬い。こちらの疲労感を雰囲気で感じ取っているのだろうか、我はまた大丈夫だと言って子供の頭を撫でた。

「ほんとう?」

「本当だ。いささか、疲れはあるがな」

「良かった…」

 そうしてようやく、子供はいつもの表情で我に笑いかける。彼の笑顔は柔らかくて、こちらの心まで温かくなる。今の我にとって大切な、かけがえのない笑顔だ。とりあえずこの子の顔も見れたので、我は子供に部屋に行くと告げてまた歩き出した。

 部屋にたどり着き、鎧を脱ぎ、我はそそくさと入浴する。汗は逐次拭ってはいたが、それでも完全に汚れが取れたわけでもない。久方ぶりの風呂を、我はゆっくりと、じっくりと堪能した。そうしているうちに、食堂で勉強をしていた子供が部屋に戻ってきていた。

 軽装に着替え近くの椅子に座った我を、子供が出迎えてくれる。どうやら気を利かせて冷たい飲み物を用意してくれたようだ。無言で手渡されたそれを、我は感謝すると礼を言ってからぐいと飲み干した。溜まった疲労によく効く、喉越しの良い爽やかな飲み物だった。それをすべて飲み終えてから、我はもう一度子供の顔を見やる。子供は何か言いたげではあるが、言葉が見つからないのか、無言でこちらを見上げている。

「この鎧もだいぶ負荷をかけてしまった」

 我は独り言のようにそう語る。それを子供が黙ってじっと聞いていた。

「これの修理が終わるまで、「仕事」は休みだな」

 そう言ってから、正面の子供を見やる。するとそれを聞いた子供が嬉しそうに、にこりと微笑んだ。何故だろうか、この子供の笑顔を見ると、こちらまで嬉しい気分になる。こんな感情が沸き起こるのは、本当に本当に久しぶりのことだった。

 我は知らずしらずのうちに、この子供に対して、他の者に対しては抱かないような、親としての感情を持ってしまったのかもしれない。それだけお互いを、我らは大切にしてしまっている。それは我にとって、どこかくすぐったい感情でもあった。だがこれだけは、はっきりと分かったことがある。我はこの子のために、この子の笑顔のために、今は戦っているのだと。

書き溜めたものがここまでなので、また少しの間お休みすると思います。また書き上がったら随時上げていく予定なので、よろしくお願いします。

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