14.傭兵とギルドマスター。
「襲撃」は三日目に突入していた。第一波を何とかせき止めることが出来、そして準備万端とばかりにギルドの後続が我らに続いた。今は彼らに戦闘を任せ、初期メンバーは休息を取っている。仮設待機所からは戦闘がどうなっているか分からないが、逐次報告される内容によると、順調に対処できているようだ。
とりあえず今は魔物のことを考えず、少しでも休みを取るべきだろう。用意された食事を取り、仮眠のために我は小さめのベッドに横になった。子供はどうしているだろうか。ふとそう考えたけれど、溜まっていた疲労には勝てず、すぐに眠りについてしまった。
職業病というものは便利であり、そして不便でもある。しっかりと睡眠は取ったものの、時間にすると三時間ほどだった。もう少し眠ろうかとも考えたが、今回は止めておいた。外はどうなっているか確認するために、我は仮眠室から出てくる。途端にギルドマスターと鉢合わせてしまい、我はひとり気まずくなってしまった。
「おや」
穏やかな声音で、ギルドマスターが微笑む。不味い。どこかに避難したかったが、狭い待機所に逃げ場所は無かった。ここは諦めて対応するしかないか。
「君が来てくれたおかげで、第一波を防ぐことが出来たよ、ありがとう」
「そうか」
にこにこと笑いながら、ギルドマスターがそう語る。ここが一番激戦区になっているので、最高責任者であるこの男がいるのは何らおかしくない。むしろ当然の行動だろう。戦闘がさらに激しくなる場合、この男も出陣することになる。
「少し話さないかい?この前はすぐに去ってしまったし…」
「済まぬが、戦場に戻る」
「今は膠着状態だから、君が行かなくても何とかなるよ。僕は君と話がしたいな」
我はしたくはないのだ。そう心中でそうひとりごちる。だがこの男は良くも悪くも人の心を察しない。穏やかで優しくはあるのだが、そこだけが問題点だった。もしかしたら他人と関わりたくない我の性分がなおさら、それに拍車をかけているのかもしれない。
我は幼い頃からこの男が苦手だった。ひとりにさせてほしいときに限って、こうやって話しかけてくる。こちらの心情を考えずに、それでも優しく語りかける。それを良しとする者が多いのだろう、昔からこの男の周りには人が絶えなかった。
「最近、魔物の出現の頻度が高いんだ」
唐突に、ギルドマスターがそう言った。確かに男が言う通り、最近は魔物の討伐の依頼が絶えなかった。その影響で予定よりも宿屋への帰還が遅れてしまったのは記憶に新しい。
「今までは、魔物の出現は定期的で、そこまで脅威じゃなかった。「襲撃」に関してもだ。でも最近はギルドの手が足りなくなりそうなくらいの頻度で、魔物が出現している。ある程度保たれていた世界のバランスが、崩れているように見えるんだ」
ギルドマスターが、静かにそう続ける。歪みという負の力はある程度ならば自然消滅する。だがあまりにも多くなると負の力が溜まり続け、最悪魔物たちが溢れる「襲撃」という形になってしまう。ギルドマスターが言う通り、以前の「襲撃」からまだ時間があまり経っていない。つまりそれだけ、歪みという負の力が高まっているということになる。
ギルドは神殿と協力体制にあり、歪みの発生に関しても詳しく調査している。だからこそ、今この世界の状況がおかしいと判断できるのだろう。何故それを一介の傭兵に伝えるのか、それが分からないのだが。もしかしたらこの男からすれば、ただの雑談のつもりなのかもしれない。
「君はどう思う?今回の件に関して」
「我はただの傭兵だ、世界のバランスなど分からぬ」
ギルドマスターの問いに、我は冷ややかにそう返した。こう返すことしか出来ないのだ。我はただの傭兵、戦うことを生業とするだけの存在だ。世界のバランスとか、そのようなことには興味がない。我はこの男のように大局を見据える性分ではない。
「そうか…これは僕の戯言だと思って忘れてくれ。付き合わせて済まなかったね」
「いや。心の片隅には置いておこう」
さすがに意地が悪すぎたか。最後にこう付け足すと、ありがとうとギルドマスターが微笑んだ。外が騒がしくなってきた。魔物の数が増えたのだろう、我も戦闘に加わるため待機所のテントを出た。朝だからか空は白んでおり、その先には戦闘を続ける集団が見えた。
世界のバランスが崩れている。そうかもしれない。我の「仕事」が増えるのは良いことかもしれないが、逆に言えば人々の生活を、魔物たちが脅かしているということにもなる。その脅威が強くなれば、あの子にも被害が及ぶ可能性もある。それだけは避けたい。そう願ってしまう。
昔であったなら、こんなことは思わなかった。女主人の言う通り、我は変わったのかもしれない。だがその変化に嫌悪感は抱かなかった。親になるというのは、こういうことなのだろうか。我には分からない。それでも守りたい存在がいてくれるのは、今の我にとっての原動力であった。今はあの子のため、戦うのみ。そう決意して、戦場へと歩を進めた。