13.傭兵の戦い。
この街はいささかいびつではあるが、円形をしており、その境界には、魔物の侵入を防ぐため、高い壁で覆われていた。入り口はいくつか存在し、基本的にそこからで無ければ街に入ることはできない。門前では神殿の聖騎士たちが、毎日来訪者たちを監視している。ただし通行書などは必要なく、よほどの罪を犯した者でなければ、通行は自由だ。
ギルドは門の数に合わせていくつかのグループに分かれ、その門の前にある仮設待機所で、「襲撃」を待つことになる。我は魔物たちが最初に来襲するであろう、恐らく一番激しい戦闘が行われる箇所に配属になった。我らはここで、昼夜問わず魔物に対処しなければならない。
「襲撃」がある間は街の門はすべて閉められ、街の中であっても行き来が制限される。そのため人の往来は無くなり、聖騎士と一部の住人だけが外出を許される。ゆえに街にはいつもの喧騒はなく、恐ろしいほどの静寂が漂っていた。
あの子はどうしているだろうか。女主人と共に門まで見送りに来てくれたあの小さな姿を、瞼の裏に我は焼き付けた。「襲撃」程度でしくじることは無かろうが、それでも不慮の事故というものはどうしても避けられない。ゆえに万全を期す必要がある。それはここに立つ者すべてに言えることだが。
「歪みの量が多くなっています。このままだと、明日あたりには第一波が来るかと」
「予想より早いな…」
観測に向かっていた神官が、そうギルドの者に報告をしている。もう少し猶予があると予想していたからか、まだ準備は終わりきっておらず、仮設待機所は慌ただしい。我は個人で参戦をしているので、ある程度の自由がきく。第一波くらいなら、我ひとりでも対応できるだろう。
「我が行こう。もう準備は出来ている」
どう対処するか考え込んでいるギルドの者に、我はそう伝える。それを聞いたギルドの者が、こくりと頷いた。
「お願いします。こちらも準備が整った者から、すぐに投入していきます」
「頼んだ」
短くそう答え、我は歪みの発生地点へと向かうため準備をする。といっても、装備を整え、数日分の食料を持つくらいだ。気を利かせた近くのギルドの者が、簡易食料が入った袋を我に渡してくれた。どうやら準備が出来た者も数人いるようなので、言葉なく我の後に続いた。
日が暮れ始めている。歪みの力が強く影響するのはどちらかというと日が落ちた夜になる。この力が強くなればなるほど、それに侵された魔物たちは活発化し、凶暴化する。場合によっては大型と化すものもいる。
「行くぞ」
我は後ろに続く者たちにそう告げてから、ゆっくりと歩き始める。この辺りはまだ人の手が入り拓けているので、視界に問題はない。だが歪みの発生源は人里から離れた、だいたい暗い洞窟や森の中だ。先程神官が告げていた場所に到着すると、既に何匹かの魔物が現れていた。
鈍い金属音を響かせて、我は手にしていた大剣を持つ。魔物の返り血で汚れぬよう、切れ味が落ちぬよう、錆びにくいよう術式をかけた特注品だ。後ろに続いていた者たちも、それぞれ戦闘態勢に入っていた。あれこれと打ち合わせる必要もない、我々はただ眼の前の敵を、各個撃破していくだけだ。
まずは一撃。周囲に気を配りつつ、我は大剣を横薙ぎに払う。それだけで数匹の魔物が肉塊となった。もう一撃。すぐ近くに残っていた魔物を頭から真っ二つに斬る。まだまだ数は多い。そうしていると、背後から炎の術式の援護射撃があった。ありがたい。
すぐに討伐に入ったからか、魔物はあらかた片付いた。だがこれで終わりではないだろう。次の大発生に備えるため、我らは小休憩を取ることにした。術式を扱う術師が簡素だが結界を張り、我々はそこで休憩することにした。これがあれば、ある程度の魔物は近付くこともできない。
「今回はどれくらいかかりますかね」
近くにいた若い冒険者らしき男が、そう我に聞いてきた。「襲撃」の時間はまちまちで、一日で片付くこともあれば、下手をすると七日間以上…一月もかかることもある。魔物たちが現れるのも不定期ゆえ、交代制で戦うことになる。次の者たちが合流できるのはもう少し先だろう。なので今は我らのみで対処するしかない。
「分からぬ。今の段階で小刻みに来られると、少々厄介ではあるな」
「そうですね…まだ待機所の準備も終わりきってないようですし」
我の言葉に、若い冒険者が頷く。予測よりもかなり早い「襲撃」に、ギルド側はかなり焦っていた。我々の本丸となる待機所そのものがまだ完全に機能していないのは、致命的ではないが痛手ではあった。だがここで弱音を吐いてもどうしようもない。魔物の群れは待ってはくれないのだ。
「…貴方と共に戦えて光栄です、「鈍色の傭兵」」
「その名で呼ばれるのも久しいな。この街には最近来たのか?」
「ええ。「襲撃」に参加するのは初めてですが。とても良い街だという評判を聞きまして、本拠地を変えようと思ったんです。評判通りのいい街だ」
どうやらこの若い冒険者は、この街へつい最近訪れたらしい。しかも我の、昔良く呼ばれた二つ名まで知っている。この二つ名は自ら付けたわけではないのだが、本当の名を名乗らなくなってから、いつの間にか「鈍色の傭兵」と呼ばれるようになっていた。この街ではただの傭兵としか呼ばれなかったので、その二つ名を呼ばれると、いささかこう、くすぐったい気持ちになる。
軽食と水分を取り、大剣に不備がないか確認してから、我は立ち上がる。もう辺りは完全に日が暮れて真っ暗になっている。術師の結界がほんのりと明かり代わりになっているので、周囲の異変にはすぐ気付ける。どうやら他の者たちも気付いたようで、すぐに戦闘態勢に入った。
「解きます」
結界を張っていた術師がそう呟く。その直後、結界が小さな光の粒となって消えていった。これを維持するのにもかなりの精神力が必要だ、この者を休ませる必要がある。
「我らの側を離れるな」
そう術師に声をかけると、ありがとうございますと返ってくる。ざりざりと地を蹴る獣の音が聞こえる。恐らくこれが本格的な第一波となるだろう。宵闇に姿をくらましていても、気配でどこにいるかすぐに分かる。我は大剣を握る手に力を込めたのだった。