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魔族の子。  作者: フツキ。
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12.傭兵とお守り。

 「襲撃」の知らせを受けた次の日、我は子供を連れて神殿の図書館に来ていた。「襲撃」の最中はほとんどの施設が利用不可となり、街の者たちは自宅や宿屋、避難所などに避難し、「襲撃」が終わるまでそこで待つことになる。ゆえにその間の食料や必要なものを買い出しに来る者たちで繁華街は騒々しかった。

 利用できない施設の中には、当然、子供が通う学校も含まれている。しばらく勉強も出来ず、外で友人たちと遊ぶことも出来ない。なので子供は出来得る限りの本を借りておきたいと朝食のときに我に言った。まだ図書館は閉鎖されていない。我もまだ余裕があったので、それに付き合うことにした。

 「襲撃」が始まれば、この子は宿屋でひとり過ごさねばならなくなる。女主人たちがついてくれてはいるが、彼女たちにも仕事がある。だから暇つぶしはいくらでも用意しておいた方がいいだろう。なので子供の要求に、我はなるべく応じてやることにした。

「これと、これ…も」

 背表紙を眺めながら、子供が我にどんどんと本を渡してくる。長めの物語から歴史書、その他諸々。子供が満足する頃には、我の手には本の山が築かれていた。それを司書に借りる手続きをし、我々はまた騒がしい繁華街へと戻ってきた。人々の数は先程より減ったが、代わりに聖騎士たちの姿があちこちに見られるようになった。これから彼らが街の内部を見回り、守護するのだろう。

「他に必要なものは無いか?」

 食料などは宿屋で用意されるので特に問題はない。けれどもしかしたら、何か欲しい物があるかもしれない。隣を歩く子供にそう聞いてみると、大丈夫、と短く答えが返ってきた。神殿の時計を見やればそろそろ昼の時間なので、たまには外で昼食を取ろうと我は考えた。今頃あの宿屋は「襲撃」の対応で忙しいだろう。食堂も然りだ。

「たまには宿屋の外で食事をするか」

「お外で?」

「そうだ。あそこでいいか?」

 そう提案すると、子供がかくりと首を傾げる。この子とは以前に何度か、懇意にしている食堂に行ったことがある。繁華街からは少し外れてはいるが、我も気に入っている、知る人ぞ知る名店だ。あそこなら子供向けの食事もあるので安心だ。それを聞いた子供が、行きたいと笑った。

「久しぶりだね」

「そうだな」

「パンケーキ食べてもいい?」

「構わぬ」

 我の返事を聞いた子供が、にこにこと上機嫌に笑う。我にはあまり理解できない嗜好だが、子供や女性は甘味にどうにも目がない。クッキーを初めて食べてからというもの、この子は多種多様な甘味に興味を示すようになった。様々なことを知るのは悪くないことなので、ある程度ならば我も許している。何よりこれから窮屈な思いをするのだ、少しくらいは贅沢をしても問題なかろう。

 がやがやと騒がしい繁華街を抜け、我らは食堂にやって来る。やはり食事時だからか、店内は混雑していたものの、運良くすぐに席につくことができた。我は日替わりの定食を、子供は子供向けのハンバーグとパンのセットを頼んだ。ついでに、食後のパンケーキも。

「「襲撃」って、どれくらいかかるの?」

 食事が来るまでの間、子供がそう聞いてきた。この子は「襲撃」というものを知らない。簡単には説明をしたが、まだ理解しきっていないのだろう。

「まだ魔物の群れが確認されていないから分からぬが、長ければ一月はかかる」

「そんなに…?」

「長ければの話だ。早ければ準備も含めて十日もかからぬときもある。いくら術式や技術が発達しても、これだけは避けられぬし、的確な予測も出来ぬのだ」

 そう、子供に説明する。我らは歪みから生まれる魔物たちをただ退治することしか、この自然現象に対して受け身の態勢しかとれない。魔物たちの数も正確には測ることができない。延々と続く現象ではないけれど、終わりを予測することは、今の我らの技術ではほぼ不可能なのだ。

 そうしているうちに、食事が我らの前にやって来る。香ばしいそのにおいに、美味しそうだねと子供が笑った。とりあえずこの話題は一旦終わらせて、楽しい食事にするとしよう。丁寧に祈りを捧げてから、子供が頂きますと言ってナイフとフォークを持った。



 甘味まで完食し大満足の子供を連れながら、我はいつもの宿屋に戻ってきた。やはり中は慌ただしく人が行き交っており、女主人たちに声をかけられるような状況ではなかった。彼女らはこの宿屋に宿泊している客や、ここで働く者たちの分まで食料などを用意しなければならない。そこまで大きな店ではないが、それでもかなりの量になるだろう。

 彼女らの邪魔をするわけにはいかない。我々はそのまま部屋まで戻り、我はこれからの準備を、子供は借りてきた本の整理を始めた。この子のために用意されたテーブルが、ほぼほぼ本で埋まってしまっていた。着替えはいくつかあるし、洗濯は恐らく通常通り行われるはずだ。街の外に出なければ問題はない。この子をひとりにする不安は拭いきれないが、本人は大丈夫だと言っている。この子の成長のためにも、本人に任せて、我は「襲撃」に集中したほうがいい。

「おじさん」

 急にそう呼ばれたので、我は本の山と化したテーブルまで近付いた。

「どうした」

「これ…」

 子供が我にそっと、小さな袋を差し出した。見たところ革袋のようだが、何が入っているのか我には分からなかった。そんな我に、子供がこう告げる。

「前に学校でね、お守りの作り方を教わったんだ」

 そう言って、子供が微笑む。この子はこれから戦場に赴く我のためを想って、いつの間にやら、小さなお守りを作ってくれたらしい。予想外だが嬉しいその行動に、我は素直に喜びを伝えることにした。

「…ありがたく受け取ろう。これがあれば百人力だ」

 それを受け取って、大事に懐に仕舞う。そして子供の小さな小さな頭を撫でてやった。途端に、良かったと子供のアイスブルーの瞳が細まる。心のこもった贈り物をもらったのはいつぶりだろう。けして無くさぬようにせねば。そう我は己に言い聞かせた。

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