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魔族の子。  作者: フツキ。
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11.傭兵と襲撃。

「「襲撃」だと?」

「ギルドから連絡が来ました」

 珍しく驚きを隠せなかった。そんな我の発言に、苦々しい表情で女主人がそう答えた。「襲撃」。それは歪みによって魔物が大量発生し、溢れ、そしてその勢いのまま、近くの街に襲いかかる現象だ。それにはある程度周期があり、年に一度あるかないか、それくらいの頻度だ。それ自体を止める方法は無く、街に住む者たち全員で魔物を退治するしかない。

 以前の「襲撃」は、我が子供を拾う少し前に起こった。つまり数ヶ月しか経っていないということだ。こんな高頻度で「襲撃」が起こるのはおかしい。長らく傭兵を営んでいるが、こんなに短期間で起きたことはほとんど無かった。完全に無いとは言いきれないが、それは大量の歪みが生み出された等、何らかの外的原因がある場合が多い。

「まだ一年も経っていないぞ。どういうことだ」

「分かりません…ギルドも神殿も大慌てですよ」

「だろうな」

 どうにも理解できない。歪みの調査は主に神殿が行っており、異変の兆候が見られればギルドに連絡が行くようになっている。神殿にも聖騎士という戦士が属しているが、彼らは我らとは違い街の内部の守護を担当している。この街の死活問題にも関わる以上、神殿の調査に間違いは無いだろう。とにかく状況を把握するために、ギルドに行かなければならなくなった。

「おじさん、しゅうげきって、何?」

 じっと我らの会話を聞いていた子供が、おずおずとそう聞いてくる。この子は魔物の存在は知っているものの、「襲撃」はさすがに知らないだろう。こちらの表情と会話の内容で、良くないことだということは理解しているようだが。

「魔物たちが大量発生する異常事態だ。たくさんの魔物が街や人を襲う」

「たくさん…」

「大丈夫ですよ」

 我の言葉を聞いた子供が、不安げにそう呟く。この子は魔物を直に見たことはないが、その恐ろしさは、学校で学んでいるだろう。そんな子供を、女主人が守るようにぎゅっと抱き寄せた。

「夕方、集会があるそうです。貴方も呼ばれていますよ」

 女主人がそう言って、招集の手紙を手渡してくる。そこには「襲撃」に関する簡単な情報と、時間と場所が記されていた。

「あれと顔を合わせるのか…」

 集会には神殿の高官、各ギルドマスター、有力な傭兵などが呼ばれる。この街では古参の我もそのひとりだ。だがギルドマスターのことを考えるとどうにも居心地が悪い。幼い頃からの付き合いだが、あれとはどうにも馬が合わない。けれど「襲撃」に関しての件だ、そんな子供じみたわがままを言っている場合ではない。下手をすればこの街が魔物に蹂躙されてしまう可能性すらあるのだ。

 過去に「襲撃」によって滅んだ街を、我らは何度も見たことがある。力を持たぬ小さな街では、大量のモンスターに対処しきれないのだ。だから街によっては足りない兵力を補うため、傭兵や冒険者を雇ったりする場合もある。我も他の街の要請を受け遠征し、「襲撃」に対処したこともあった。

「おじさん、出かけるの?」

「ああ。だが今夜中には帰れる」

 子供の問いかけに、我は立ち上がりながらそう答える。集会までまだ時間がある。「襲撃」が起こるまで余裕があるだろうが、緊急事態ということもあるので、今のうちに装備の点検をしておいたほうがいい。とりあえず我は子供を連れて自室へと戻ったのだった。



 ギルドの大広間は物々しい雰囲気に包まれていた。各ギルド、神殿、街の住民のトップたちが集まり、なおかつ突然の「襲撃」なのだ、こうなるのも仕方がない。今は神殿とギルドの合同調査の結果が、神殿側から周知されていた。

「恐らくですが、七日後には、確実に「襲撃」は起きるでしょう」

 七日後か。報告を聞きながら我はそう心中で呟く。これから神殿の聖騎士たちは住民たちを守るため街の防御をかため、ギルドの者たちは街の外部で、モンスターたちに対処しなければならない。一匹でも街の中にモンスターを入れるわけにはいかない。それだけで街は混乱してしまう。

 我も他の者たちのように、街の外部で待機しなければならない。子供を置いていくのがいささか不安ではあるが、女主人たちがいるから恐らく大丈夫だろう。それよりもあの子がモンスターに襲われて、怪我でもしてしまう方が問題だ。

「分かりました。これから全ギルドをあげて、街の外に待機用の仮設住居を作ります。内部の守護は、いつも通り聖騎士の方々でお願いいたします」

 至極丁寧な、穏やかな口調で、ギルドマスターがそう言う。純血の魔族特有の美しい顔立ちをした、まさに好青年といった面持ちだった。我はこの男がどうにも苦手だった。どんなときでも穏やかに、そして誰に対しても柔和な態度を取る。荒くれ者の集まりであるギルドをまとめ上げているようには見えないほどに。

 あの男は我に対しても、変わらず同じような態度を取る。それがどうにも苦手なのだ。もともと人付き合いが得意ではないというのもある。だがこいつはこちらの気持ちも知らずに、その穏やかな笑顔で、好意を以て優しく語りかけてくるのだ。しかもひとりになりたいときに限って。

「承りました。ギルドに神のご加護があらんことを」

 神殿の高官が、ギルドマスターの言葉を受けて、そう返す。「襲撃」の準備そのものはお互い手慣れた作業なので、そこまで詳しく打ち合わせをせずとも何とかなる。我のようなギルドに所属しない傭兵も、今回ばかりはギルド側に立つことになる。ギルドからの連絡はいつも書面で送られてくるので、もう席を立っても良いだろう。我はギルドマスターの目につかぬよう、そそくさと席を立った。

 背後で我を呼ぶ声がしたような気がしたが、聞いていないことにした。あれと話すと、その態度もそうだが、何故か話が長くなる兆候がある。苦手な相手と長々と話すなど我にとっては苦痛でしかない。逃げるようにギルドを後にし、我は宿屋へ戻っていった。

 宿屋の店内も、「襲撃」の影響で慌ただしかった。子供はどうしているだろうか。我の姿を見つけた女主人が、こちらへやって来て、あの子なら部屋で待っていると教えてくれた。我がいなくなっていささか不安そうにしていたが、どうやら今は落ち着いているようだ。

「おじさん、おかえりなさい!」

 部屋に戻るとすぐ、我の姿を捉えた子供が駆け寄ってくる。それを我は膝をついて迎えた。子供のつぶらなアイスブルーの瞳には、いささかの不安が混じっている。だが我はこの街を、この子を守るためにしばらくここを留守にすることになる。

「大事ないか?」

「うん。でも、学校はしばらくお休みだって…」

 そう聞いてみれば、子供が残念そうに呟く。子供たちが通う学校の教師は、基本的に神官が務めている。だが「襲撃」に備えるため、神殿で働く神官たちも、その準備をしなければならない。「襲撃」が終わるまで学校や神殿、あらゆる施設が閉鎖されてしまうのは、子供たちにとって辛いだろう。

「我も街の外で戦わねばならない」

「外に行くの?」

「そうだ。お前やここにいる皆を守るためだ」

 子供に言い聞かせるように、敢えて我は語気を強める。今回ばかりは離れたくないと言われようとも、嫌だと泣かれても行くつもりだ。けれどそれを聞いた子供は、涙をこらえながらも、素直にこくりと頷いた。

「僕…待ってる。おじさんの帰りを、待ってるよ」

 そう、子供が言う。泣かれるかと思ったが、この子は必死にそれをこらえ、待っていると言ってくれた。もしかしたら我がギルドに行っている間に、女主人たちから色々と聞かされていたのかもしれない。

「必ず帰る」

 我はそう言って、涙をこらえている子供を抱き寄せた。

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