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魔族の子。  作者: フツキ。
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10.5。閑話休題・旧知の仲。

 時計の針はもう深夜と言ってもいい数字を指していた。あれこれと仕事を片付けていたら、思っていたより時間が過ぎてしまっていた。明日は少し遅めの出勤なので、たまにはお酒を楽しみたくなってきた。食堂のカウンターに向かうと、そこにはいつものあの子ではなく、バーテンダーとして雇った青年がいた。

 そしてカウンターには数人のお客様と、私の宿屋を根城にしている傭兵がいた。この人が深夜にここにいるのは珍しい。飲めない訳では無いけれど、彼は仕事柄、積極的にお酒を飲むタイプでもない。どういう風の吹き回しだろうと、私は興味を持ったので、彼の隣にお邪魔することにした。

「貴方がこの時間にいるなんて、珍しいですね」

 そう言って、私は隣に佇む顔馴染みを見やった。彼はこの地方特産の醸造酒を飲んでいる。バーテンダーの青年がどうしますか、飲まれますかと丁寧に聞いてきたので、彼と同じものを頼んだ。この街のお酒は、自分で言うのも何だけれど、たぶん一番美味しい。

「何かあったんです?」

「…別に、何もない」

 私がそう聞いてみると、醸造酒を一口舐めるように飲んでから、傭兵がそっけなく答えた。そんな彼に苦笑しつつ、私はまたちらりと隣の傭兵を見た。態度はいつもと変わらないように見えるけれど、彼は少し前と比べて大きく変わった。それは、拾った子供の影響が大きい。

 ギルドから離れ単独で「仕事」をする彼は、その仕事先で不可思議な少年を拾った。まさか彼がこんな行動をとるとは思わなかったけれど、純粋なあの子を見ていると、放っておけない傭兵の心情も何となく理解できた。

 私もかつては身寄りのない、深い事情を抱える子供を引き取り、ときには独り立ちできるよう、またはこの宿屋で働けるよう育ててきた。今このカウンターの向こうに立つバーテンダーの彼も、昼間はここの看板娘を務める少女も、そして今この隣に立つ傭兵もそうだ。彼らはみんな、他人には言えないような、暗く深い生い立ちを持っている。だからこそ、私が引き取ったのだけれど。

 私はこの街が作られたはるか昔の頃から、ここにいる。言ってしまえばこの街そのものが、私の子供のようなものだ。だからこそ、街がここまで繁栄し、大きくなったのが嬉しい。そして隣の傭兵も、親として生きていくと決めたことも。きっと彼に言ったら、余計なお世話だと言うだろうけれど。

「あの子との生活はどうです?」

 話題を変えるために、私は彼が育てている子供のことを聞いてみる。術式適性が異様に高いと言われたあの子は、普通の他の子供と変わらずに学校に行って、親である傭兵が「仕事」から帰ってくるのをいい子に待っている。

「悪くはない」

「良かった。私もあの子といるのは楽しいんです。他の子たちも、あの子を気に入っているみたい」

 そう語ると、そうか、と短く傭兵が答える。ここで働く私の子供たちも、似たような生い立ちを持つ少年のことを気にかけている。特に食堂の少女は本当の姉のように接していて、世話を焼きすぎて、時折仕事を放り出しそうになるくらいだ。

 あの子はみんなに愛されている。それはとても良いことだ。けれどあの子にはどこか「子供らしさ」が無いようにも感じた。あれくらいの年齢であれば、悪く言えば独りよがりの、もっとわがままを多く言うものだが、どこか大人びた、大人にとって都合が良いくらいの、聞き分けの良さがあるのだ。この傭兵は、それに気付いていないかもしれないけれど。

 もしかしたら記憶にないものの、そう振る舞うように、躾けられてきたのかもしれない。聞き分けが良いのは悪いことではない。でももっと子供らしく、こちらを振り回すくらいに、自由に振る舞っても良いのではないか。そう思ってしまうのだ。まあこれも、私の考えすぎの可能性がある。

「…あれの過去を調べることにした」

「あら」

 ふと放たれた傭兵の発言に、私はいささか驚いてしまった。彼がギルドに行ったことは、他の子の報告で知っていたけれど、目的までは知らされなかった。確かあの子を拾ったと言っていた場所は、私でも聞き慣れない、辺境の地と言っていいような所だった。昔何らかの施設があった記憶があるものの、かなり昔過ぎて思い出せない。彼はそこへ魔物狩りの「仕事」の依頼を受けた。

 魔物狩りはある程度腕の立つ冒険者や傭兵なら必ず受ける依頼だ。この世界には歪みという負の力が存在し、それの影響でモンスターが生まれる。その連鎖を断ち切ることはできないため、人々の平和を守るためには、どうしても魔物狩りをしなければならない。私も若い頃は、仲間と良く魔物狩りをしたものだ。

「あれがいた場所は歪みの吹き溜まりだ。人里離れた魔物が跋扈する地域に、あれはひとりでいた。どう考えてもおかしい」

「だからギルドに行ったんですね」

「知っていたか」

「私の情報網を甘く見られては困ります」

 くすくすと笑いながらそう告げると、私の言葉を聞いてふん、と傭兵がやや不満そうに唸る。彼がギルドマスターと仲があまり良くないことは知っている。それでも彼がギルドに行ったのは、あそこが一番情報が集まる場所だと知っているからだろう。

 この街のすべては私にとって庭であり、子供であり、かけがえのない大切なものである。この街には私が拾い育てた子供たちがたくさんいる。ギルド内にもだ。ゆえにこの街の情報を集めようと思えばいくらでもできるし、そうしなくとも自然と情報が集まってくる。

「あの子がどんな存在であっても、我は育てるつもりだ」

 そう言って、傭兵が醸造酒をあおる。彼がここまで決意を固めているとは思わなかった。そこまで考えているのならば、私からは何も言わない。この街には様々な事情で、己の過去を隠したがる者もいる。長い歴史があるからか、見えない暗部も多い。だからそういうものに、私たちは慣れている。ならば私も以前と変わらず、あの少年に接するだけだ。

「分かりました。…私も、変わらずあの子の側にいるつもりです」

「…済まない」

「いいのですよ。貴方を育てたときだって、私はこうしてきたでしょう?」

 そう言って微笑んでみせると、しばらくしてから、傭兵がしみじみとこう返した。

「そうだな。…そう、だな」

 この人自身も、複雑な過去を持っている。それでもこうやって他の子供たちのように立派に独り立ちし、そして私のように親にまでなった。だからこそ、私の心情も察せるようになったところもあるのだろう。

 きっと彼が酒を飲もうと思ったのは、これからの決意表明を兼ねた杯なのかもしれない。よほどのことがない限り、この人は酒を飲まないから。ならば今夜の分は私の奢りにしよう。そう考えて、私はすぐ側のバーテンダーの青年をこっそりと呼んだ。

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