10.傭兵とギルド。
装備の修理には数日かかるとのことだった。特殊な術式をかけている武具なので、普通の物よりも時間がかかるのだ。これが無ければ我は「仕事」ができない。だが長期間の「仕事」を終えたので、しばらくは金銭的にも困らずに、ゆっくりと休めるだろう。
あの子供が捨てられていた場所を詳しく調べるために、我は子供を学校へと送ってから、この街のギルドにやってきていた。我はギルドには属さずに活動をしている。だが情報を効率よく集めるためには、ここは最適の場所だった。
ギルドには様々な形があり、傭兵や冒険者が集まりや、職人たちの集まり、その他同じ趣味を持つ者同士など、多種多様なものが存在する。この街で働くほとんどの者たちは、何らかのギルドに所属している。なので自ずとあらゆる情報がここに集まる。魔物の群れの出現や、洞窟やダンジョンの発見、新たな技術の発表など。様々な情報がギルドにはあった。
我のように単独行動をする者は少ない。否、ほとんどいない。我も傭兵を始めた頃はギルドに属していたが、諸事情がありそこを離れてしまった。だがギルドはどんな者であっても拒むことはない。ただ、利用する際に所属者より金額がかさむこと、そしてギルドの恩恵を受けることが出来ないだけだ。
「あれ、珍しいですね」
ギルドの受付を担当する青年が、我の姿を見つけてそう声をかけてきた。ギルドが忙しくなるのは、だいたい冒険者たちが集まる朝方と夕方だ。今はちょうどその合間なので、彼らにも少し余裕があるのだろう。
このギルドに訪れるのは、もう何年…否、数十年ぶりだ。下手をすれば、ギルドに属していた頃の我を知る者は、ほとんどいないかもしれない。恐らく魔族である上層部に、数人いる程度だ。つまり彼らは、我が単独で傭兵として戦っている姿しか知らない。ゆえにここにいるのが珍しいのだろう。
「少し調べたいことがある」
「調べたいことですか?」
我の発言が予想外だったのか、青年が驚いてそう反芻する。それに対し、我は言葉なく頷いた。本格的な依頼だとすぐに理解したのか、青年が承りますと応えてから、ギルドのカウンターに我を呼んだ。なのでカウンターに設置されている椅子に座った。それは我には少し小さかったが、それはこちらの体格が他人より大きいからであろう。
「過去にこの辺りに何があったか、情報が欲しい」
所持していた地図を広げ、我は子供を拾った場所を指差す。青年はそこをじっと凝視してから、あまり聞かない場所ですねと呟きつつ、手元にあったメモにその地名用件を書き込んだ。
「過去資料ですね。どれくらい前です?」
「ここに施設があったはずだ。その頃の資料が欲しいのだが、出来るか?」
「施設…ですか?うーん、本格的に調べないと分からないので、少し時間がかかりますね」
「分かった。それから情報料はきちんと用意する」
毎日様々な地名を聞くであろうギルドカウンターの青年であっても、どうやら聞き慣れない地名のようだ。我も「仕事」でなければ訪れないような場所だったので、調査に時間と資金がかかるであろうことは承知していた。だが我が直接調べるよりも、ギルドに頼ったほうが確実に資料を得られる。正確な情報を得るためなのか、こちらからは読めないが、青年は細々とした情報をメモに書き記している。
「分かりました。…しかし、貴方がギルドに来るなんて、本当に珍しいですね。あの方が聞いたらひっくり返りますよ」
「あれには言うな。後々面倒だ」
「なるべく言わないようにしますよ。そのうち耳に入ってしまうでしょうけれど」
メモをまとめ終えた青年が、そう言って苦笑する。ここのギルドマスターとは昔の顔馴染みだが、どうも我とは馬が合わない。それもあってここを離れたから、顔を合わせるのは避けたかった。まあギルドの頂点に立つ者だから、こんな場所にはいないだろうが。
とりあえず情報の件はギルドに任せておけば問題ないだろう。神殿の時計を見やれば、そろそろ昼の時間だった。一度宿屋に戻り、昼食をとることにしようか。それから子供を迎えに行こう。そう予定を決め、我は根城へと戻っていった。
食堂には珍しく女主人の姿があった。昼食の時間帯だからか、少女だけでなく彼女もこちらに駆り出されたようだ。忙しくテーブルを行き交う合間に我の姿を見かけ、おかえりなさいと女主人が声をかけてきた。
「席はあるか?」
「ちょうどカウンターが空いていますよ」
我がそう聞くと、両手に料理を持ったままだったので、女主人は視線でカウンターを差した。どうやらちょうど良く一番奥が空いていたから、我はそそくさとそこへ座った。途端にカウンターで接客をしていた少女が、水の入ったコップを持ちつつ、こちらへやって来た。
「お昼ですか?何にします?」
「これを」
手短に済ませるために日替わりのメニューを指差すと、少女は分かりましたと即答し、コップを置いてそそくさとカウンター奥のキッチンへと移動していった。昼休憩中の職人たちでごった返す食堂はとても賑やかだった。店が繁盛していることは良いことだ。そう考えつつ、我は昼食がやってくるのを待っていた。
我が子供を拾ったあの場所は、人里からも離れた、魔物の巣窟だった。魔物は世界に漂う負の魔力…歪みと我々は呼んでいる…それが蓄積されることによって凶暴化する。この世界では正しき魔力は術式と呼ばれ、負の魔力は歪みと呼ばれる。歪み自体を減らすことは出来ても、完全に消すことは出来ない。ゆえにどうしても魔物は生まれてしまう。だからこそ、我らのような傭兵や冒険者がいるのだが。
何故あんな場所に子供がいたのか。考えても仕方のないことだが、どうしてもその疑問符は我の中から消えない。あの子供は普通のヒトではない。今考えると魔族とも少し違うような気がする。ならば何者なのか。ずっと考え込んでいる我の前に、お待たせしました〜というやや間延びした言葉とともに昼食が置かれた。あれこれ考えても仕方がない。今は食事に集中しよう。
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「おじさん!」
昼食を終えて学校の前で待っていると、鞄をさげた少年が我を呼びながら、こちらへと駆け寄ってきた。学友だろうか、同じように帰っていく子供たちに、少年はまたねと挨拶をしつつ手を振っていた。どうやら学校でも上手くやれているようだ。改めて安心した。
この子はヒトとも魔族とも違う存在なのかもしれない。けれどこうやって我や他の幼い学友と接している姿を見ると、どちらにしても、この子供は我らと何ら変わらない。食事をし、睡眠を取り、時に病気も患う。そして内包する魂…その心も純粋そのものだ。
この子が例えどんな存在であっても、子供が我をおじさんと呼び慕う限り、今までと変わらずに育てていこう。それがこの子にとって一番良いことであり、そして育ての親である我としての責任だ。
「帰るか」
「うん!」
そう交わしてから、我らはゆっくりと歩き始める。子供を置いていくこともなく、こうやって共に歩むことにも慣れた。今もこれからも変わらず、こうであれば良い。そう願わずにはいられなかった。
まだこのお話は続きますが、いったんここで区切らせて頂きます。