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魔族の子。  作者: フツキ。
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1.傭兵と少年。

 「仕事」で向かった場所で、小さな子供を拾った。魔物が跋扈するこの荒廃した世界では、子供を捨てるという行為は良くあることだった。ここでは大人であっても生き残るのが難しい。よほどの実力者か、傭兵を雇える裕福な家で無ければ、そこいらの魔物に食われてしまうのが関の山だろう。だがこの小さな子供は、少し事情が違ったようだった。

 我はこの世界で魔物を狩る傭兵だった。長らくこの仕事に就いているが、それなりに名が通っているし、それこそ種々様々な仕事を頼まれる。何より我は魔族とヒトの間の子だった。魔族と魔物は基本的に種族が違う。魔族にはヒトのような知恵があり、魔物にはそれがない。魔族はヒトとの共存を願っており、この世界を脅かす魔物を狩ることにはどちらかというと積極的だ。なので魔族とヒトは、友好的な関係を築いていた。

 そして拾ったこの子供には、我と同じように魔族の血が流れていた。外見はヒトと何ら変わらないが、同族だからこそ分かる気配というものがある。いくら魔族であっても、あまりにも幼ければ、さすがに魔物には負ける。ゆえに我はこの子を見逃すことが出来なかった。

 その姿はまだ言葉を覚え始めたくらいの年齢で、白い肌、肩くらいまでの銀髪、アイスブルーのつぶらな瞳をしていた。敢えて表現するならば、どこか儚げな雰囲気を持つ、不可思議な子供だった。拾った場所はどこぞの組織に属する建物で、魔物によってほとんどが破壊され、そしてそこにいた者は皆命絶えていた。この子だけが、何とか生き残っていた。

「お前、名は何という」

 そう聞いてみれば、しばらく考えたあと、子供は小さく分からない、と答えた。我は面食らった。赤子ならばともかく、言葉を交わせるくらいの年齢であるにも関わらず、この子供は名前を知らないと言うのだ。記憶喪失を疑ったが、それ以外はきちんと受け答えが出来ている。

 どうしてあの施設にいたのか。両親に捨てられてあそこにいたのか。そう聞こうかと思ったが止めた。もし両親に捨てられたのが真実だとしたら、この幼い子供にとって、それは受け止めきれないものだろう。どこかの養護施設に預けるのが、我にとっても、この子供にとっても良いはずだ。だが子供はそれを何故か嫌がった。自分で言うのも何だが、我には子供を育てられるほど、人間が出来ている訳ではない。それならばそれを得意としている者に任せたほうが良策だ。

「……置いていかないで」

 子供は縋るように、懇願するように、我を見上げてそう言った。

「我は傭兵だ。子供を育てられる余裕はない」

「いい子にしてるから」

 そう言って、子供は我のマントの裾を、ぎゅっと強く握った。どうするにしろ、とにかく街に戻らねばならない。仕方なく我は根城にしている宿屋まで、その子供を連れて行くことにしたのだった。



「育ててあげたらどうでしょう?」

 懇意にしている宿屋の女主人が、無責任に笑ってそう言った。我は根無し草の傭兵だから、家というものを持たない。なので何かしらの連絡は、この宿屋の女主人に伝えるよう、いわば中継地点としてもらっている。今は宿屋の主人である彼女も、昔は名の知れた腕利きの傭兵で、我とも共に戦うこともある関係だった。だからこそ、彼女はこういう状況にも慣れていた。

「貴方の部屋はありますし、そこに住まわせてあげれば問題ありません。ここからなら学校にも通わせてあげられるし、安全でしょう」

「気楽に言うものだな」

「この子は貴方から離れたくないって言ってるんでしょう?魔族の子だし、下手に離したら何が起こるか分かりませんし…それなら、置いておくのがいいんじゃないでしょうか」

 女主人は子供に対して親身だった。彼女も過去に親に捨てられ、傭兵たちに育てられた過去がある。それゆえ以前にもこのような見捨てられた子供を保護していたこともあった。だから今回も同じように放ってはおけないのだろう。今は食堂のカウンターでホットミルクを飲んでいる子供を、女主人は優しく見守っていた。

「ならばお前が育てれば良いだろう」

「そうしたいですけれど…」

 我がそう意見すれば、女主人が困ったように苦笑した。何だかんだここを利用する者は多い。いくらそれを手伝う従業員がいても、小さな子供を育てられるほど、余裕はないと言うことか。

「もしかしたら術式適性が高くて、将来貴方のお役に立つかもしれませんよ」

 そう、女主人が続ける。術式とはこの世界で起こせる奇跡のようなものだ。精霊に働きかけ火や水、様々な現象を起こす能力だ。それの適性が高い者は、言葉を使わずとも、その意思だけで精霊を動かすことができる。そしてそれ専用に作られた武器を扱うことも出来る。我の持つ大剣も、術式によって強化されたものだ。

「…おじさん」

 ホットミルクを飲み終わったらしい子供が、そう言って我を見上げた。全身を鈍色の甲冑に包み、紫のマントを纏うこの姿にも臆さないのは素直に評価する。だからといって、育ててやるつもりもないのだが。

 置いていかないで。初めて会ったときにぽつりと零したその言葉を、我は思い出す。どうしてこんなに我に懐くのか分からない。けれどこの子供は、我の側にいたいと主張している。ならば、しばらくの間だけ、側に置いてやるのもいいかもしれない。「仕事」をひとつ終えたことだし、少し休憩をしてもいいだろう。

「…明日、服を買いに行く」

 我の発言を聞いた子供が、不思議そうにかくりと首を傾げた。それに構わず、我はこう続けた。

「その汚れた服装では、何かと不便だろう」

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