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殃禍の騎士と氷輪のマグス  作者: 个叉(かさ)
誰も妨げてはならない
7/70


泥でぬかるんだ道をうまく避けながら、サガンは聖所の門扉の前にアスレイ達を降ろした。


聖所は寂れていた。

建物は四方が灰色の漆喰で、箱型になっている。

壊れかけた屋根に置かれた偶像がちぐはぐな印象を与えていた。

聖所の手前にも、似た偶像が鎮座している。


(結界、か)


屋根以外の偶像は陶器でできていた。

その中には法石が仕込まれている。

法石は、動力源として東大陸の生活に密着している。

そしてこれは、ある特定のものをはじく結界、だ。

アスレイはその偶像に触れた。


結界を解いて中に入る。

廊下に沿って小さな部屋が数個あり、廊下の一番奥が祈りの場であろう広めの空間。

窓にはガラスが嵌め込まれていなかった。

本来そこを装飾するステンドグラスが無い変わりに、簡素な木の戸板がある。

部屋自体がシンプルな作りで椅子と祭壇のみがあり、最奥の中央にある祭壇は埃をかぶっていた。

礼拝所の漆喰に、ところどころ黴が発生していて、空気が停滞している。


「うわ、ここ腐ってる」


シビルがうろうろ歩き回る。

床には木材を敷き詰めているが、ガタガタと歩く度、軋んだ音が響く。

黴独特の匂いが充満している。


十五年前。

僧侶マルヴはこの街にやってきて、小さな聖所を開いた。

人々に救いの道を説き、簡易な読み書きから基礎の学力を教えてくれると評判になった。

多くの人が僧侶の周りに集まった。

それは信者を増やすため、教本を読むためだろうが、無償の提供。

人々の拠り所となるのに、時間はかからなかった。


知識を与えられれば人は考えることに貪欲になっていく。

それは脅威でもある。

この施設に対抗措置として、裁判官が教育保護施設を作ったほどだ。

過去には宗教を理由に、統治者が税金収入に苦労した歴史からも、何ら奇怪なことではない。

無償と知識とは、権力者によっては毒になりうるものだ。

今まで難なく出来ていたことが出来なくなる。

税金を納めるのが当たり前としていた市民が、奇妙な知恵をつけて反論するのである。

それが偏った知識であるほど危険思想に近づくのは否めない。

そうして裁判官に作られた教育保護施設がどんなものだったのかは、想像に難くない。

人々はそちらではなく、僧侶を選んでいった。


だが、街の人々に受け入れられたと思った矢先、僧侶は孤立してしまった。

理由は、八年前に流行った疫病だ。


それは、聖所に通うものから広がっていった。

救いを与えると説いた僧侶は、疫病が恐ろしかったのか、そこに通うもの達を追い出した。

閉じられた聖所の門戸はなかなか解放されなかった。

それが悪評を買い、ここが寂れるに至ったらしかった。

孤立した僧侶は、精神を病んでさらに閉じこもり、三日前、変死体で発見された。


「これ、なんだろう」

「どうした」


シビルが床に落ちていた紙を拾って、アスレイに見せる。


「杖みたいな絵?」


絵は、先端部分に紅い石のついた杖のようで、美しい金細工である。

胴部分に古代文字が彫られている。

死ぬ前に紙切れ一枚を手に、何かを必死で探す僧侶を見たものがいる。

アスレイはそれを見ようと駆け寄って、足元が沈んだ。


床を踏み抜いてしまったらしい。

踏み抜いた穴はそこそこ深さがあるようだが、咄嗟に掴んだ祭壇のお陰で事なきを得る。

アスレイは祭壇にしがみついて、沈んだ足を床の上に戻す。


「ちょっと、大丈夫?」

「ああ、問題ない」


祭壇には本が置かれていた。

日記のようだ。

何気なく頁を捲る。

日記は経理関係の帳簿が主体に記録されているようだった。

疫病が流行る数ヶ月前からの記録らしく、途中からは白紙だ。

最後の数枚前には意味不明の言葉が綴られている。


――ようやく見つかったと言うのに。あれは神への冒涜だ。何が奇跡だ。

《救世主よ、救いたまえ。哀れな羊はここに》――


疫病当時のものにしては埃を被っていないのは、死の直前まで持ち歩いていたか。

走り書きのその頁に、複数の写真が挟まっていた。

アスレイは身震いした。

足元が先ほどから冷えていく感があり、踏み抜いた床にアスレイは視線を戻した。


「どうかした?」


シビルの問いかけには応えず、アスレイは床に一礼して、拝む。

誰かに謝るというより、自分の心の整理でしかない。

あまり意味の無い行動を取ってから、踏み抜いた穴を何度か踵で踏み広げる。


「え、え?やばいって。器物破損、えええ??なに、この穴」


人一人が入れる程の穴に繋がる。

中を覗いたが、見渡す限りは闇。


「もう。仕方がないなぁ」


逡巡していると、シビルが法石を差し出した。

一筋の光がラインのようにひかれる。

法石の灯りを手に、中を覗き込む。


不可解な床下が浮き上がる。

すぐ下にあるのは階段らしかった。

其の先に続く、細く、長い筋。地下道は、新しい物では無かった。

長く使用されていないから、換気など全くしていないのだろう、礼拝スペースより黴臭く湿気の籠もった空間だ。

石段に向かって飛び降りると、アスレイは立ち上がり、踏み外さぬよう法石を掲げて石段を進む。


綺麗に垂直に削り取られた石の壁。

所々に置かれた燭台が足元を照らすようになっているが、今や蝋の燃えかすが僅かにこびり付いているだけだ。

燭台自体も錆付いていて、元の装飾は見えない。

多分、使用されなくなって久しいのだろう。


(避難用の地下道とは思えないな。集会用、儀式目的の何か)


白い化粧石にはある一定の間隔で紋様が刻まれている。

埃を被ってはいるが、それを頼りに進んでいく。

人目を触れなくなったそこは、稀に見る来訪者を静かに受け入れた。

程なくして行き止まりに辿り着けば、そこには大きな渦状の何かが地面に彫られていた。

四隅の窪みに枝が置かれており、渦のように彫られている文字は古代文字のようだった。

神器に彫られているものとは異なる。

確か東大陸(地宮)の妖精アールヴが使う古代文字で、小人族に伝わっているものに似ている。


其の下に、小さく彫られた文字列。

これは地宮の公用語だ。

屈んでそれを確かめる。

埃を被っておらず、他のものと違って掘られた地面の色が風化したような風合いがない。

比較的新しく書き込まれたものに思われる。


「《二つの月が陰る時、扉は開かれる》」


文字を読み上げると、後ろからついてきていたシビルが不思議な顔をした。


「月は一つだし、二つあるのは太陽だし。どういう意味かな」

「テネブレ教団」


東大陸(地宮)は、ありとあらゆるものに宿る妖精を敬う多神教が主な信仰の対象だ。

その中で、テネブレ教団は信仰する対象は月。

月の化身が救いの扉を開くという。

古くに遡るその儀式は秘匿され、少数派で仲間意識が強い集団となって、十二の領邦国家の一つアルカヌムを形成している。


良く見れば渦巻き状のものは蝸牛(カタツムリ)を表している。

蝸牛は月の使い月の満ち欠けを表す、だったか。

キラキラ光る道筋は銀河、宇宙的な空間と人を繋ぐものだといわれている。

月の信仰がある彼らからすれば、神と人を繋ぐ媒介者だ。


「テネブレ教団は月を信仰対象にしている。恐らく二つの月のうち、一つは月の化身のことだろう」


言い終わるか終わらないうちに、ドン、と鈍い音。

その次に甲高い音が鼓膜を刺激した。

アスレイは咄嗟に上を見た。

ついで複数の足音。

騒がしい。

ここが崩れるわけではなさそうだが、一旦上がろうと、アスレイ達は階段を戻った。



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