18
キリのいいところで止めたら短くなってます
「あんたマーガでしょ、何か出来ないの?」
「さっきも言ったけど、相性が悪い。あの塊が修復したときも今も、闇の靄がかかっただろう。多分あれは闇の力で強化されてるから」
シビルの力は、氷と闇に特化している。
氷は、先ほど亡者たちの足止めで見たとおりだ。
ディアドラの手を払って、シビルは目を眇めた。
アスレイの右頬を一体の骨の剣が掠めた。
残り二体が続いて右側を集中的に攻撃して、一体が死角を狙う動きを見せた。
そこで耐え切れなくなったディアドラはでも、と追い縋る。
「氷じゃなんとかならないの」
「良くて封印。あれだけの機動性と知性を持つ上級の術を封じる術…出来るかな」
シビルが両手を見つめ、思案する。
リスクは誰よりも自分が知っている。
もし失敗したら、ただでは済まない。
それを賭ける価値はあるのか、脳内で算段する。
(人は信じるに足りない。だから利用される前に利用する。当たり前のこととしてやってきていた。ただ借りを返すつもり、お互いに利用し合えばいい、そう思っていたのに)
浮かんできたのは、もう用心棒は要らないだろう、冷静に告げてくるあの顔だ。
あの時感じた喪失は、一体何だったのか。
シビルは自問する。
辛くもアスレイが三体の攻撃を切り抜け、胴が丸い玉の肉塊を斬る。
左肩を失ったそれは鈍い動きで後退する。
残り二体が青く発光し、ナールが仰け反って白い喉を晒した。
同時に黒い靄が発生する。
靄は片腕を失った肉塊を目指して揺らめいた。
シビルが肉塊の足元に氷を出現させようと思ったとき、それは起こった。
「ヴュータン」
アスレイの瞳の赤色が一層鮮やかな血の色に染まる。
剣から輝かんばかりに白い光が溢れ、意思を持ったかのように波を描く。
銀の髪が内側から発光するように煌めいた。
まるで、アスレイ自身が光であるかのように錯覚する程に、眩い光がノクスの暗闇を掻き消すように一面を照らした。
アスレイは剣を黒い靄とナールの間で一閃する。
丸い玉を持つ肉塊は、桃色の粒子となって消えた。
次いで残りの二体を一刀両断する。
死体擬きの肉塊は桃色の粒子となって消えると、ナ-ルが声にならない叫びをあげた。
そうして彼女が倒れ込んだ時、死体の匂いは消えていった。
肉塊によってほぼ更地になった聖所には、肉塊の胴体部分の玉、そして臥せたナールだけが残っていた。
「…なに、いまの?」
心配して損した、シビルがぼやく。
ディアドラは口を開けて呆然としている。
「小さくなってくれたから斬りやすくなった。太いのは斬るのに骨が折れる」
アスレイは相変わらず淡々としていた。
先程際どい勝負をしているように見えたのはなんだったのか。
ナールは術者として悪くはなく、マーガとしては中の上の実力があった。
息一つ上がっていないのは少し反則な気がした。
ともかく、と肉塊から切り離された球体にシビルは意識を傾けた。
それから、袖口から出した紙に何かを包んで折り、《葉》を唱える。
妖精術の中でも補助術、と呼ばれる、薬草などを使った術だ。
折られた紙が空中を漂い、丸い玉に触れる。
触れた箇所から薄い硝子の膜のようにひび割れていき、シャボン玉のように弾けた。