15
「ええええええ?!!なにあれ?なに、あれ?!」
「漸く繋がったか。あれはこちらでも審議事項なんだ。東大陸では死体が動くのか?」
「知らないわよ!」
アスレイが問えば、切羽詰まった声でディアドラが返した。
後方にみえるのは、半生の死体だ。
動いている。
元は墓にあったものだ。
ノクスは土葬である。
極度の湿気のため、高い火力が必要な火葬は浸透しなかったのだ。
土地柄もあり、宗教上の面もあるかもしれないが。
白い部分が多いということは、骨が露出しているか、古いものであれば屍蝋化しているのかもしれない。
屍蝋とは、腐敗菌が繁殖しない状態で、外気と長期間遮断された時、死体の脂肪が変性して蝋状もしくはチーズ状になる現象である。
湿潤かつ低温の環境において生成されるものだ。
屍蝋化するとひどい匂いがするのだが、そこまでの匂いはない。
疫病で倒れた父母の墓といっていたから、その時期の墓が密集していると考えて問題ないだろう。
少なくとも八年の経過したものが動いている。
石鹸化するにはまだ至らないのならば、まだ匂いはひどくなくても当然だ。
だが、石鹸化しているものは、ひどく匂う。
最初はぎこちなかった動く死体達は、徐々に速度を上げてアスレイ達を追う。
獲物を追いかけるようなものか。
バランスは悪そうだがかなりの速度だ。
「多分、死霊支配。創生術の一つで、死体を修復して操作する。文字通り死者を支配する上級術だよ。霊魂を構築、強化して死体に結び付け、倒れない軍勢を創る」
漸く冷静さを取り戻したシビルが、今起きている事象に思い当たる節を説明し始めた。
ただし、アスレイに抱えられたままである。
「マーガの間では、禁忌とされている術だ。倫理に反するから」
どこかでマーガが死体を操っている。
アスレイは周囲を見回したが、人影は見つけられない。
遠方からでも操作可能な能力なのだろう。
確かに死なない、いや、もう死んでしまった軍勢が遠隔操作出来るとしたら、脅威だ。
「創生術の治癒と表裏一体なんだ。構造が正反対で解りにくい、設計図が難解で継承も厳しく、禁忌だから術師は殆どいない」
シビルは続ける。
アスレイが息をつく。
術師が量産されたら、権力者はこぞってその力を求める。
世界は戦火に巻き込まれていくだろう。
「追いつかれるわ」
ディアドラがいっぱいいっぱいになったように、声を震わせる。
シビルはといえば、アスレイに抱えられたまま、目を閉じている。
術を構築しているのだ。
シビルの金の腕輪がぼんやりと発光し、青く染まった手のひらを地面に向けてかざす。
三人より後ろの大地が、白く輝いて氷結した。
死体の足元が凍る。
動きが緩慢になったところで、シビルがアスレイの肩を叩いた。
「うん、そろそろ降ろしてくれるかな。ちょっと恥ずかしいや」
言われて、それもそうだな、とアスレイはシビルを地面に降ろした。
沈黙が何となく気まずくて、シビルは頭を掻く。
「や、久しぶり」
「そこは、助けてくれてありがとうでしょう?」
ディアドラが荒い呼吸でシビルにつっこむ。
「まあでも、私は二人に助けてもらってるから。偉そうに言うことでもないわね。もう走れないと思ってたの」
「だが、走る必要がありそうだぞ」
凍って動けなくなっていた亡者が、凍っていない部分をがむしゃらに動かして千切った。
それに倣って複数の亡者がぶちぶち音をたて、やがて無理やりに歩を進める。
範囲内にいなかったのか、後方から滑りながらも、五体満足(?)で追いかけてきている亡者もいる。
「倒せるか」
「やつらは光が苦手な筈だ。あとは、清められた水とか、一番いいのは術者を何とかすることかな」
「わかった」
アスレイは剣を覆っていた布を取り払った。
背の剣を引き抜く反動で背後に向き合う。
その剣は、透き通る蒼い刀身をしていた。
抦部分に古代文字が彫られ、石が一つ埋め込まれて、神秘的な光を帯びていた。
ほんのり表面を覆っていた光が、一瞬で眩しい波紋のように拡がる。
光の環は人には害をなさなかったが、動く死体はそうではないらしい。
亡者はそれに怯んで、目に見えて駆ける速度を落とした。
アスレイはその場で剣を素早く振るい、最後の一振りを遠く投げるように振りかぶる。
光の筋が瞬きの間にそれらに届き、バラバラと音を立てて死体が崩れていく。
匂いが周囲に広がっていく。
腐臭に、アスレイは息を止めながら走る。
「え、ええええ?!なにそれ。なに、それ!」
「キリがない」
シビルが騒ぐが、アスレイは何ともないように返す。
シビルは口を尖らせて沈黙し、ディアドラは目を白黒させていた。
息を吸うのを忘れたのか、ディアドラは大きく息を吸い込んで咳き込む。
湿地独特の匂いが肺を満たして、うぇ、と吐き気をもよおしている。
アスレイが言うように、死体の山はキリがなかった。
振り切るために何度か同じことを繰り返し、ようやく聖所にたどり着いた。
聖所に入った途端、死体が動きを止めた。
どうやら動く死体はここまで追っては来ないらしい。
聖所の門扉を閉めただけなのに、門扉を遠巻きにして近づいて来なかった。
だが、外に出れるわけでもない。
追い込まれたのかもしれない。