表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殃禍の騎士と氷輪のマグス  作者: 个叉(かさ)
誰も妨げてはならない
16/70

15

「ええええええ?!!なにあれ?なに、あれ?!」

「漸く繋がったか。あれはこちらでも審議事項なんだ。東大陸では死体が動くのか?」

「知らないわよ!」


アスレイが問えば、切羽詰まった声でディアドラが返した。

後方にみえるのは、半生の死体だ。

動いている。

元は墓にあったものだ。


ノクスは土葬である。

極度の湿気のため、高い火力が必要な火葬は浸透しなかったのだ。

土地柄もあり、宗教上の面もあるかもしれないが。

白い部分が多いということは、骨が露出しているか、古いものであれば屍蝋化しているのかもしれない。

屍蝋とは、腐敗菌が繁殖しない状態で、外気と長期間遮断された時、死体の脂肪が変性して蝋状もしくはチーズ状になる現象である。

湿潤かつ低温の環境において生成されるものだ。

屍蝋化するとひどい匂いがするのだが、そこまでの匂いはない。


疫病で倒れた父母の墓といっていたから、その時期の墓が密集していると考えて問題ないだろう。

少なくとも八年の経過したものが動いている。

石鹸化するにはまだ至らないのならば、まだ匂いはひどくなくても当然だ。

だが、石鹸化しているものは、ひどく匂う。


最初はぎこちなかった動く死体達は、徐々に速度を上げてアスレイ達を追う。

獲物を追いかけるようなものか。

バランスは悪そうだがかなりの速度だ。


「多分、死霊支配。創生術の一つで、死体を修復して操作する。文字通り死者を支配する上級術だよ。霊魂を構築、強化して死体に結び付け、倒れない軍勢を創る」


漸く冷静さを取り戻したシビルが、今起きている事象に思い当たる節を説明し始めた。

ただし、アスレイに抱えられたままである。


「マーガの間では、禁忌とされている術だ。倫理に反するから」


どこかでマーガが死体を操っている。

アスレイは周囲を見回したが、人影は見つけられない。

遠方からでも操作可能な能力なのだろう。

確かに死なない、いや、もう死んでしまった軍勢が遠隔操作出来るとしたら、脅威だ。


「創生術の治癒と表裏一体なんだ。構造が正反対で解りにくい、設計図が難解で継承も厳しく、禁忌だから術師は殆どいない」


シビルは続ける。

アスレイが息をつく。

術師が量産されたら、権力者はこぞってその力を求める。

世界は戦火に巻き込まれていくだろう。


「追いつかれるわ」


ディアドラがいっぱいいっぱいになったように、声を震わせる。

シビルはといえば、アスレイに抱えられたまま、目を閉じている。

術を構築しているのだ。

シビルの金の腕輪がぼんやりと発光し、青く染まった手のひらを地面に向けてかざす。


三人より後ろの大地が、白く輝いて氷結した。

死体の足元が凍る。

動きが緩慢になったところで、シビルがアスレイの肩を叩いた。


「うん、そろそろ降ろしてくれるかな。ちょっと恥ずかしいや」


言われて、それもそうだな、とアスレイはシビルを地面に降ろした。

沈黙が何となく気まずくて、シビルは頭を掻く。


「や、久しぶり」

「そこは、助けてくれてありがとうでしょう?」


ディアドラが荒い呼吸でシビルにつっこむ。


「まあでも、私は二人に助けてもらってるから。偉そうに言うことでもないわね。もう走れないと思ってたの」

「だが、走る必要がありそうだぞ」


凍って動けなくなっていた亡者が、凍っていない部分をがむしゃらに動かして千切った。

それに倣って複数の亡者がぶちぶち音をたて、やがて無理やりに歩を進める。

範囲内にいなかったのか、後方から滑りながらも、五体満足(?)で追いかけてきている亡者もいる。


「倒せるか」

「やつらは光が苦手な筈だ。あとは、清められた水とか、一番いいのは術者を何とかすることかな」

「わかった」


アスレイは剣を覆っていた布を取り払った。

背の剣を引き抜く反動で背後に向き合う。


その剣は、透き通る蒼い刀身をしていた。

抦部分に古代文字が彫られ、石が一つ埋め込まれて、神秘的な光を帯びていた。


ほんのり表面を覆っていた光が、一瞬で眩しい波紋のように拡がる。

光の環は人には害をなさなかったが、動く死体はそうではないらしい。

亡者はそれに怯んで、目に見えて駆ける速度を落とした。

アスレイはその場で剣を素早く振るい、最後の一振りを遠く投げるように振りかぶる。

光の筋が瞬きの間にそれらに届き、バラバラと音を立てて死体が崩れていく。

匂いが周囲に広がっていく。

腐臭に、アスレイは息を止めながら走る。


「え、ええええ?!なにそれ。なに、それ!」

「キリがない」


シビルが騒ぐが、アスレイは何ともないように返す。

シビルは口を尖らせて沈黙し、ディアドラは目を白黒させていた。

息を吸うのを忘れたのか、ディアドラは大きく息を吸い込んで咳き込む。

湿地独特の匂いが肺を満たして、うぇ、と吐き気をもよおしている。


アスレイが言うように、死体の山はキリがなかった。

振り切るために何度か同じことを繰り返し、ようやく聖所にたどり着いた。

聖所に入った途端、死体が動きを止めた。

どうやら動く死体はここまで追っては来ないらしい。

聖所の門扉を閉めただけなのに、門扉を遠巻きにして近づいて来なかった。

だが、外に出れるわけでもない。

追い込まれたのかもしれない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ