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殃禍の騎士と氷輪のマグス  作者: 个叉(かさ)
誰も妨げてはならない
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「あの女はマーガだよ」


サイドボードに置いた日記を捲っていると、風呂から上がってきたシビルが切り出した。

そういえば風呂について聞いてみたところ、術で浄化も出来るらしいが、疲労が消えないし、寛ぎもないから代用しないらしい。


「ナールがか。どうしてわかる」


シビルが言っていたのは、彼女のことだろう。

美しい紫の髪を靡かせた、知性と色気を備えた女。

裁判官の秘書官に収まっているのは、彼女が優秀だからだ。

でなければお飾りの秘書官として侍らせればいいだけで、間違っても外の視察には行かせない。

今日のように詰め所に来る必要性はないのだ。


外に出て活躍するナールは、多くの人に認知されているようだが、誰も彼女がマーガであるように扱わなかった。


「どうしてわかった」

「ユルが見えるから。殆どのマーガには相手のユルが見えるんだ。体を覆う薄い光の膜がね。彼女は薄い桃色だった」


アスレイには見えないが、マーガの間では見えるのだという。

シビルがそれをアスレイに伝えた理由や意図はわからない。

思案しても身はないと、アスレイは判断した。

それよりも、アスレイははっきりさせておくことがあると、日記を閉じてシビルに向き合った。


「で、お前はこれからどうする」

「え」

「大方、私は用心棒がわりだ。もうその必要は無くなっただろう」


シビルがダン商会に提示した要求は、喧嘩を売っているようなものだ。

狙われている自覚があったのだろう。

だから、たまたまダン商会との争いに巻き込まれたアスレイに目をつけた。

丁度アスレイは方向音痴だし、無償の道案内という名目だ。


用心棒を雇うと高くつく。

ほとぼりがさめるまで行動を共にし、くっついていれば身の安全が確保できる。

目的があって流れているアスレイなら、そんなに長くノクスに止まらない。

都合の良いときに離れればそれで良いのだ。


アスレイはシビルが親切だと言った。

多少の情が湧いたのは、そうかもしれない。

とはいえ、なにも能天気にシビルが単なる良い人だと鵜吞みにし、本当の目的に気付いていない訳でもなかった。


「それは、そうだけど」


もう用心棒の必要はなくなったのだから、付き合う必要もない。

ダン商会との確執を避けるなら離れて行動するのが最善だ。

二人で行動すれば、振りかかる火の粉を分散できない。


「わかった。道案内は今日までにする」


すんなりと受け入れたシビルは、何故か元気がない。

やはり、鉱脈を失ったのが重かったのだろうか、アスレイは思案する。


「最後に一つ、訊きたいことがある」

「何?」

「この写真を《遠視》できるか?」


アスレイは、日記に挟んでいた写真を数枚取り出す。

聖所で拾った日記だ。

不思議なことに、これは牢の中でも没収されていなかった。

建物を映したものや、僧侶自身、草むらで駆ける子供に、葬列など。

シビルはそれらの写真を受け取ると近くの丸い机にそれを置き、人差し指で指した。


《遠視》とは、妖精術の一つだ。

創生術(ギューフ)なのだが、補助術ベオークで行われることが多い。

補助術ベオークは、初歩の根源術ハガル創生術ギューフの再現ができる。

根源術ハガル創生術ギューフは、補助術ベオークと違ってユルの性質に左右される。

基本的には、力の分量が少ないものには、根源術と創生術は厳しい術だ。

自分の内にある膨大なユルを使用して設計図を練りこみ、抽出しなければならない。

一方で補助術は其の名の通り、香草などで補う術で、力が少なくても発動する。

ただ、その精度は術師の腕による。


「何を知りたいかによるよ。遠視は、其のものの強烈な痕跡を探す術だからね。一番近い過去で強烈な痕跡、何か必死に力を尽くしたりしたものを引き寄せる。物であれば、作られた時の状態が一番強烈かな」


例えば、マーガであれば一番強い術を使った時。

恋する乙女なら忘れられない失恋や恋愛。

死の間際の執着のようなものだ。

なんでも解る訳じゃない、そうシビルは付け足した。


「遠視は未来視とは違う。未来視は一時的な情報じゃない。たまに、急に襲ってくる感覚みたいなのが未来視。《妖精の落とし物》って言われているけれど、そんな頻繁に見えるものじゃない。西大陸(天宮)の女王の《千里眼》には程遠い」


アスレイは日記からもう一枚写真を取り出して見せる。

聖所の前で僧侶を中心にした集合写真だ。


「ならばこれの方がいいか」

「これは…」


若い夫婦に幼い子供、少女に青年と壮年期の男女が映っている写真。

そこには、ディアドラの面影があった。

そして、その隣には。


「見る価値はあるだろう。鍵は聖所にある。このままだと動きがとれない。うまくはめられてしまったようだからな」


アスレイは日記をそのままサイドボードに置き、シビルの近く、数枚の写真を置いた丸い机に集合写真を追加した。

シビルは緊張からか、声を絞り出す。


「根拠は?」

「勘だ」

「じゃあ僕の鉱脈奪取も仕組まれたこと?」

「いや、それは自業自得だ。いい材料にされたとは思うが、なければ別の難癖をつけてきただろう」


シビルが派手に転ぶ。

頭を床に打ち付け、ひどい、あんまりだ、そんな呻きが聴こえた気がした。

が、アスレイは気のせいだと自分をコントロールした。

やがて立ち直ったシビルは、件の机に向かった。


アスレイが思うに、相手にとって想定外だったのは、マーガと行動を共にしたこと。

そして入ってほしくない領域に踏み込んだのかもしれない。

聖所にいるアスレイ達を、ギンナル達を使って妨害した可能性がある。

その結果、一旦牢に入れられた。


少なからず人目は引いてしまった。

誰がこちらの動きを見てても不自然ではない。

新参ものが、よそ者が騒ぎを起こして牢に入れられた。

地元住民からすれば危険人物が近くにやってきたのだ。

警戒するのが当たり前だ。

アスレイの動きを制限している、その先にいるのは。

灰色の髪の男が、アスレイの脳裏に過る。


こうなると大きく動くことはできない。

あちこちを動き回れば、その分だけ怪しまれるばかりだ。


「それで、どうするの。今のままじゃ動けないんだよね。僕とも別れちゃうんでしょ」

「そのための遠視だ」

「ふうん」


シビルが寝台に腰かける。

柔らかなスプリングが跳ねて揺れ、落ち着いてから、猫のように伸びをする。

そして黒曜石の瞳をまっすぐアスレイに向けた。


「だったら、いいこと教えてあげるよ。餞別、かな」

「高くつきそうだな」

「いうね」


餞別、と大仰にいったそれについて、アスレイは何も言わなかった。

シビルもそれでいいと思った。



アスレイがノクスに着いて数日がたった。

概ねシビルに関しての騒動は、落ち着いていた。

事が動いたのはその時だった。



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