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婚約者(仮)

「リディア、今日くらい休んでもいいんじゃないか?」

「ダメです。素振り百回3セットは最低ノルマなので」

「だがもう暗いし明日にすれば」

「一日で上昇可能ステータスの上限が決まってたらどうするんですか。今日のうちに上限まで獲得しないと今後取り戻すことはできませんよ」


 いくら屋敷の敷地内とはいえ、外はもう真っ暗。彼が休めという気持ちも分からなくもない。

 だがもっともっと鍛えなければならない私に休む暇などないのだ。


 出来れば入学前に武力のステータスだけでも3桁に乗せたいところ。

 だが肝心のステータスが見られるのはお茶会デビュー直前と、学園入学後のイベント終了時のみ。おかげで幼少期以降のステータスは不明なまま。


 公爵家に生まれたおかげで全体的に平均より上のステータスではあったが、それ以降の伸び率は不明なまま。特にとあるイベントでの死亡回避に最も重要視される武力のステータスに至ってはどのくらい上昇しているのか不安でたまらない。


 というのに、ただでさえ入学準備だなんだと忙しいこの時期に急なお茶会なんて入ったせいで、今日の計画が狂ってしまった。いや、最近はずっとこんな感じだ。先週だって入学後の夜会なんてものが計画されてしまったせいでまる三日もドレス製作に時間を取られた。


 同時に何着か作っておいて、順番で着るのが一番楽なのだが、そんなことをすればせっせと上げた魅力ステータスが下がるかもしれない。


 ……本当に面倒くさい。


 乙女ゲームなのに必死に剣を振る毎日ってどうなんだろう? なんて疑問を持ってはいけない。そこで手を止めたら最後、ステータス不足により暗殺されてジ・エンド。それにこのゲームの仕様が変なことくらい前世でプレイした時から分かりきっている。



 この変なゲームに転生してしまった以上、ステータスを上げつつ生き残る道を探さねばならないのだ。



「女性なんだし、そんなに武力のステータスにこだわらなくても」

「……とにかく鍛えないとダメなんです」

 確かに他の令嬢ならここまで鍛え上げる必要などないのだろう。剣を振るよりもスキンケアや睡眠を取って魅力ステータスを上昇させた方が今後の役に立つ。


 他の令嬢ならば。


 だが私は違う。乙女ゲームのヒロインに転生してしまった私には暗殺イベントが待ち受けているのである。バッドエンドではない。魅力ステータスが一定を超えると発生する確定イベントである。


 この時、武力ステータスが一定を超えていた場合、暗殺者を倒すことが可能となるが、数値が低いと暗殺されることとなる。乙女ゲームなのに。


 とはいえ、完全に恋愛要素がないわけではない。この暗殺者は実は隠しキャラで、必要ステータスの1.5倍を有していた場合のみ、攻略対象に加わるのである。


 ちなみに必要ステータスは攻略者によって変動する。最高難易度と呼ばれる王子ルートでは魅力が100を越えたら発生で、武力は150なければ殺される。商才ステータスをあげてお金を稼いで護衛を雇って追い払うことは可能だが、暗殺者は倒さぬ限り何度でも訪れる。その上、防衛するたびに凄腕暗殺者が送られるので必要ステータスも増え、護衛のランクを上げねば殺されてしまう。


 完全な初見殺し。酷い話である。

 とはいえ、そんな変なゲームに熱中していたからこそ対策も練ることが出来る。対策といってもステータスをひたすら上げるだけだが。


 ともかく私はせっせと力を蓄えねばならないのだ。


「リディアが毎日素振りしてるとか知ったら、君に憧れている男達は涙を流すだろうな」

「妖精だの百合だの変なあだ名つけて勝手に夢見ているような男は泣かせとけばいいんですよ」

 魅力に引き付けられるのは男性陣だけではない。嫉妬する女性達が向ける暗殺者にグサリと行かれる危険も背負っているのだ。夢に浸っていれば殺される。せっせと鍛えている姿に泣く男など構っている暇はないのだ。


「今日はいつにも増して辛辣だな」

「私には時間がないんです。カリオン様、邪魔するだけなら帰ってもらえますか?」

「俺もやっていくよ。剣を持ってきてくれ」


 自分用の剣を当然のように我が家に置いているカリオン様は私の婚約者である。

 婚約者といえば結婚の約束をしている相手を指し、このまま結婚するのが普通だと思う。が、この世界は違う。婚約者は貴族の令嬢・令息にとりあえず与えられた相手でしかなく、学園に入学してしまえば個人の意思で婚約破棄・解消・変更が可能なのだ。


 そう、国で認められている。

 縁を結ぶための政略結婚なんてこの国には存在しない。


『有能な相手を血筋に取り込み、無能は捨て置け』というのがこの国のルール。

 血筋よりも実力を重んじるため、平民だろうが優秀なら成り上がれるし、貴族に生まれても無能ならば社交界から引きずり落とされる。暗殺・寝取られなんかもやられた方が悪いと暗黙のルールで決められている。この国はそうして成り上がってきた。


 婚約者がいる私が攻略対象どうのこうのと言っているのはこのシステムがあるから。とはいえゲームで決められていた攻略対象にアタックできるかは私のステータスや周りの動き次第。


 そして有能か無能かを決める舞台こそ、2ヶ月後に入学を控えた王立学園である。乙女ゲームの舞台でもある。




 王立学園の入学が認められているのは1学年につき、100人。

 王家貴族平民関係なく、みな同じ試験を受け上位100名のみが入学を認められる。浪人は2回まで。3回目で入学ができなかった貴族はこの時点で家から追い出されることとなる。


 ごく稀に平民から入学権を買おうとする貴族がいるらしいが、入学はあくまで初めのハードルでしかない。年に2度ある学期末試験を中心に、年間行事で爪痕を残せなかった者達は次々に脱落していく決まりとなっている。


 イベントの活躍・テストごとにポイントが振り分けられ、それに応じたランク分けがされるのだ。上から順にS・A・B・C・Dとあり、Dランクは累計3回で強制退学処分が下される。


 卒業できるのは毎年入学者の2/3ほど。少ない年だと半数も残らないと聞く。

 平民ならば卒業確定時点で将来勝ち組が決まったも同然だが、貴族は違う。卒業時点で婚約者がいない者は追放されてしまうのだ。


 婚約者とそのまま結ばれるもよし、もっといい相手を獲得するもよしな学園で卒業資格を取るのに必死になっていれば、婚約者は奪われてしまう。


 特にカリオン様のような優秀な公爵令息ならば最低でもAランクを維持しつつ、何かしらの得意分野を示し、かつ好感度を上げるくらいのことをしなければ簡単に他の女性の元へと去っていくことだろう。


 公爵令嬢の結婚相手としてカリオン様は理想の男性だが、婚約を結んでからの10年間で好感度を上げられた実感はない。それどころか最近よく鍛えるのをやめろと遠回しに伝えてくるので嫌われているかもしれない。

 彼の攻略に必要なステータスのうち、武力が一番低かったし、力強い子が苦手なのだろう。一応、プレゼントや手紙、外出のお誘いなどはくれるが、それは形式的なもので紳士的対応でしかないのだろう。


 歩く完璧のあだ名は伊達じゃない。



 ということで彼は諦めて他の、そこそこ有能な男性をゲットする方が現実的だ。

 だが親に決められた婚約者以外の男性をゲットするのは簡単ではない。すでに隣にいる女性よりも優秀だと見せつける必要がある。


 だから必死で自分を磨いて魅力ステータスも上げたし、情報力のステータスを下げないために面倒臭いけどお茶会や夜会に頻繁に足を運んでいる。


 最悪、社交界を追放されたとしても武力と情報力さえ鍛えていれば冒険者としてやっていけるかも? なんて期待もある。今の環境を手放したくないのであくまで最終手段ではあるが。



「ところで今日のお茶会はどうだったんだ?」

「学園入学が近いのでその話で持ちきりでした」

「今年は王子が入学するからか、例年より倍率が高かったらしいな」

「平民の入学者も多かったそうで」


 今日のお茶会で掴んだ情報によると、入学が確定している女性は貴族が42名、平民は16名。今年は女性比率がやや高いようだ。王子を狙っているのだろう。お茶会に参加していた令嬢達もギラギラと燃えていた。


 さらに男性側の入学者は例年よりも平民が多いらしい。こちらは優秀な令嬢の結婚相手や従者枠を狙っているのだろう。王子でなくとも、高い倍率を勝ち上がった貴族に認められればいい就職先となる。


「卒業できるか少し不安になってきました」

「リディアなら問題ないだろう」

「そうだといいのですが……」


 私とカリオン様は無事に二人揃って入学試験を突破できたものの、今回は例年よりも高倍率・高難易度ということもあり、婚約者なしで入学する令嬢も多い。


 もちろん相手の入学を待つのも手だが、入学試験に落ちた片割れは捨てて他の相手を探すのが一般的である。今回のように優秀な生徒揃いならばますますその傾向が高まる。平民から夫を迎えるご令嬢も多いことだろう。


 だがそれもある程度の情報が出揃ってからのこと。現状、彼女達が狙うのは入学前から知っている令息である。


 今回の入学者でいうと第2王子やカリオン様あたりが人気になるだろうとのこと。

 親切なご令嬢が、カリオン様狙いの令嬢リストまで渡してくれた。

 暗にそこを譲れと言われているのだが、決めるのは私ではなくカリオン様だ。この場所に居座り続けるつもりのない女をどうこうするより、果敢にアタックを決めていただきたい。


 彼にどんな女性と結婚したいかなんて聞いたことはないけれど、60人近くいればお眼鏡に適う女性も見つかることだろう。


「弱気になるなよ。そうだ、今度の休みに演劇を観に行かないか? 流行りの公演のチケットが取れたんだ」

「申し訳ありません。その日はすでに予定がありまして」

「そうか……ならまた今度」


 分かりやすく肩を落とすカリオン様には申し訳ないが、公演に行きたいのなら学園入学後に狙っている女子生徒を誘ってほしい。彼の誘いを断る女子生徒なんてそうそういないはずだ。




 入学式で渡されたステータス表を見ながら、頬を緩ませる。武力はがっつり鍛えた甲斐あって100を越えていた。それだけではなく魅力や情報力も納得いく数値が取れている。商才だけは貴族としては入学前に伸ばすことが難しいので、仕方がない。


 だがそう悩むこともない。

 渡されたしおりにはなんと冒険者登録案内が載っていたのだ。


 今後お金が必要な際はこちらで稼げばいい。平民になった時に備えてのお金なんかも貯めやすい。



 備えあれば憂いなし。

 学園に慣れたくらいに軽く仕事に触れておくのもいいかもなんて簡単に考えていた。



 ーーだが現実は甘くなかった。



「リディア、ギルドに行くなら俺もいっしょに行こう」

「カリオン様も登録に?」

「ああ、以前から興味があったんだ」


「今日はどんな仕事を受けるんだ?」

「えっと、採取クエストを……」

「なら南の森の薬草採取にしよう」


「リディア! 一人で勝手に行くなよ。探したんだぞ」

「今日は一人で」

「二人でやったほうが効率がいいって」

「……そうですね」


 初日はまぁいい。

 だがなぜそれ以降も当たり前のように一緒に仕事を受けるのか。


 初めのうちは簡単な依頼しか受けられず報酬が少ない上、ポーションだのなんだのと揃えるものも多いのでなにかと出費がかさむ。なのに折半。とはいえクエストの面では助かっていることもあるからそれはいい。


 問題はクエスト以外、学園生活の方にある。


「明日からは連休だが、何をして過ごそうか」

「今回の休みは図書館に篭ろうかなと」

「テストも近いし、それもいいな」


 なぜ当たり前のように一緒に過ごすことになっているのだろう。

 いや、私一人で……なんて声は彼の耳には届かず、私のカバンを掻っ攫っていく。


 向かう先は彼の馬車。

 ギルドに行く・行かない関係なく最近毎日そうだ。



 学園に入学してからのカリオン様は当然、いろんな女性にアタックされるようになった。廊下で囲まれる彼の姿を何度も見かけている。やっぱり一、二番人気は王子とカリオン様か〜と呑気に横を通り過ぎていた。



 なのに2ヶ月ほどを過ぎたあたりから、彼は私を輪の中から逃げる口実に利用するようになったのだ。



 カリオン様が女性陣を煙たがるようになった理由は、隣国の姫様の留学が決まったから。



 決して私に好意があるとかではない。

 ギルドでその噂を聞くまで、実は私を……? なんて思っていた自分が恥ずかしい。


 私なら仲を勘違いされて暗殺者を向けられても武力で抑え込めるし、隣国の姫様には婚約者なのだと説明すれば済む。この国の婚約者は幼馴染みたいなものだから、彼女が気にすることはないだろう。



 だが、巻き込まれた私はたまったもんじゃない。

 女性陣に勘違いをされるわ、他の男性にアプローチをかけようとすると避けられるわ。いくら武力のステータスが高いとはいえ、ゲームと同じく暗殺者を一度退けたらそれで終わりとなるかは怪しいものだ。


 姫様が来れば勘違いは終わるだろうが、丸1年出遅れた状態で良い男性を獲得できる自信はない。


 利用されるのは癪だが、文句を言ったところで聞き流されるか丸め込まれるだけな気がしてならない。ならばせいぜい今のうちにステータス上げに利用させてもらって、卒業後は潔く冒険者の道を選ぶのが得策だろう。



「……夜中に働くか」

 経験を積みつつ、お金を稼ぐ。

 出来れば長期休暇にガッポガッポと稼ぎたいが、社交シーズンとまる被りなのでそちらに行かねばなるまい。


 わずかに残っていた恋愛要素すら抜け落ちそうだが、ゲームには登場しなかった隣国の姫様を恨むわけにもいかない。ゲームに転生した弊害だ。ゲーム世界に入り込んだ異物としてはこの状況を飲み込む一択だ。


「何か言ったか?」

「いいえ何も」

「そういえば雑貨屋で珍しいものを見つけたんだが、良かったら使ってくれ」


 カリオン様がポケットから取り出したのは、彼の瞳と同じ色のリボンだった。

 だがただのリボンではない。防御の魔法が付与された魔法道具だ。魔法道具といえば魔法使いによって力を込められた特別なアイテムであり、とても貴重な品だ。魔法使いの住む、西方の国に入国できる商人なら仕入れられるが、そもそもあの国は他国との交易をほとんどしていない。特に魔法道具ともなれば、よほどの伝手でもない限り手に入れるのは難しい。


 雑貨店になど並ぶはずもない。たまたま輸出されていた品を見つけたか、オークションに出品されていたのを買い取ったのか。どちらにせよ、金額なんて恐ろしくて聞けるはずもない。


「こんな珍しいもの、本当に頂いてもよろしいのでしょうか」

「もちろん」

 壁役に利用している詫びか。姫様を手に入れられるなら、これくらい安い出費と考えているのだろう。


 理由はなんであれ、もらっても良いと言うのなら活用させてもらうことにしよう。


 魅力ステータスの数値から察するに、そろそろ暗殺者が向けられる頃だろう。カリオン様ルートの暗殺者撃退に必要な武力ステータスは十分とはいえ、備えておくに越したことはない。このリボンで防御しつつ、夜間戦闘にも慣れておかねば。


 いっそ暗殺者を攻略対象に引きずり込んで、結婚するのもありかもしれない。

 社交界どころかこの国を去ることになるが、器用でマメで優しいし。カリオン様に臆することがないので、彼から利用されることも減ることだろう。何より、彼の声は前世の推し声優である。暗殺者への恐怖は対峙する夜が最高潮なだけ。そこさえ抜けてしまえばこっちのものだ。


「ふふふ」

 リボンを手に笑みを漏らせば、カリオン様が驚いたようにこちらを見る。気持ちの悪い女だとでも思われたのだろう。だがこのリボンを返すつもりなどない。


 ◇ ◆ ◇

「リディアがリボンを喜んでくれた!」

「実用性重視かつ簡単に返金できないものが正解だったか。ここまで長かったな……」

「本当に長かった……。王子にもたくさん協力してもらって、助かった」

「従兄弟だろ。気にするな。それに恩を返すなら来年働いてくれ」

「それはもちろん。当家としても隣国との縁が出来るのは嬉しい限りだからな」



 本当に長かった。


 俺がリディアと出会ったのは6歳の頃。

 彼女に出会うまで、婚約者なんて学園に入学する前までのパートナーに過ぎないと思っていた。この国の貴族なら大抵こんなものだろう。


 特に俺は公爵家の中でも王家との繋がりの強い家系で、ステータスだって歴代トップ5に入るほど。家柄だけで決められた婚約者で甘んじるつもりはない。学園でステータスの高い女性を見極めて妻に迎えよう。


 そう思っていたのに。リディアと出会った日に考えは一転した。


「初めまして。リディアと申します」

 ドレスの裾をちょこんと摘まみ、挨拶をする姿は淑女そのもの。動きだけ見れば公爵令嬢だけあって見本のような完璧さ。髪や肌だってよく手入れされているし、顔だって整っている方だ。


 ただし、完璧とは言えない部分が一か所あった。

 彼女の腰には剣が下げられていたのだ。騎士たちが所持しているような実用品ではなく、鍛練に使うようの模擬剣である。俺も屋敷に自分用の物を何本か置いてある。


 だが婚約者と会う日に持ってくるか?

 お茶を飲み、母自慢のバラ園を案内している最中も、自然と剣に視線がいく。けれど彼女はそれに触れることなく、にっこりと微笑んで見せる。真意がまるで読めない。


 リディアが屋敷から去った後も、彼女の顔と剣は頭から離れなかった。



 後に、あの剣は娘を溺愛する父からの贈り物で、緊張しないようにとお守り代わりに持ってきていたレプリカだと分かるのだが、そもそも普通の令嬢は剣のレプリカをお守りになんてしない。


 いや、そもそも彼女を普通の令嬢と比べるのは間違っているのだろう。


 魅力・武力・知力・情報力・商才の五大ステータスのうち、令嬢達がこぞって伸ばそうとするのは情報力・知力、そして魅力である。


 両親のどちらかが元平民でどこかに伝手があるという場合は商才を伸ばすこともあるが、名家と呼ばれる家は大抵商才ステータスを伸ばすことを諦める。武力はあまり伸ばしすぎても魅力を削ってしまうので、女性達は体力づくり程度に抑えることがほとんどだ。



 だがリディアが一番に伸ばそうとしているのは武力。

 それもステータスに異常なこだわりを見せている。毎日筋トレと素振りは欠かすことなく、晴の日は屋敷の周りを走り、馬だって乗りこなす。


 彼女の父だけではなく、兄までもリディアを溺愛しているので誰も止めはしないが、貴族の令息だってあそこまではしない。騎士入団を目指しているのかと思ってしまうほど。



 そんな彼女からいつしか目が離せなくなっていた。

 頻繁に足を運ぶのはリディアに会いたいという気持ちと、惚れてくれたらなんて下心があったから。


 だが焦らずともこのまま武力を鍛え続けてくれれば、他の男から目を付けられることもない。俺がのらりくらりと女性陣からのアプローチを躱しつつ、婚約破棄・解消をしなければこのまま結婚できると思い込んでいた。



 彼女が魅力ステータスを上げ始める前までは。



 10を過ぎた頃からお茶会も男女別に行われることが増えた。

 そのせいか男女合同で行われるときの参加者は極めて多く、学園入学に向けてのアプローチ合戦が始まるようになった。


 その時から彼女は今まで興味のなかったアクセサリーやドレスに興味を持つようになり、使用人にまかせっきりだったケアも率先して行うようになった。


 そうなれば当然、今まで見向きもしなかった男連中がリディアを意識し出す。

 華や妖精に例えたところで、当のリディアは好意を向けられていることに全く気付かないのがせめてもの救いだった。


 だが同時に彼女は俺からの好意にも気づかない。

 何日も考えた贈り物は毎回不発だし、デートに誘おうにも鍛練を優先される。



 正直、自分にはそこまで魅力がないのでは? と悩んだ夜も数知れず。


 それでも折れずにここまでやってこれたのは、相談相手の王子が彼女の興味がドレスやアクセサリーではなく『ステータス』に向いているのではないか、と教えてくれたから。


 聞いた時は半信半疑だったが、確かに彼女の意識はステータスに向いていた。


 そう、俺に興味がないのではなく、他人に興味が薄いのである。他人の中に俺が入ってしまうのは悲しくもあるが、仕方ない。



「リディアの関心がステータスに向いているのであれば、その関心を勝ち取るまでだ」


 入学までの3年間、必死でステータスを上げた。といっても元々ステータスが高い上、立場上、情報力や魅力は放っておいても上がる。王家に近しい者としての教育は施されているから知力も低くはないだろうし、リディアに少しでも近づこうと鍛練や馬術には力を入れている。


 となれば残るは商才である。


 商才なんて名前が付いているが、商売に特化したステータスではない。

 このステータスを上げる上で最も重要なのは個人の資産を増やすことにある。商売をし、成功することが最も手っ取り早く数値を上げる方法だが、他にもやり方はある。


 例えば芸術家のパトロンになったり、美術品の目利きの精度を上げたり。貴族の中では後者が一般的であるが、貴族として生きるのならば商才のステータスは重視されないことが多い。


 王子も無理に挙げる必要はないと言ってくれたが、将来、商才ステータス特化の男がリディアに寄り付かないとは限らない。


 それにすべてのステータスを上げておくことはSランクのさらに上、5回連続Sランク取得で殿堂入りをした者にのみ与えられるSSランク取得の近道でもある。


 過去、それを取得した者は数少ないが、だからこそステータスにのみ関心を寄せるリディアに捧げるにふさわしい。


 家の伝手を使って大商会に入り、3年で商才を磨きに磨いた。

 その間もリディアにはアプローチを続けてはいたものの、予想通りというべきか、全く意識してもらえなかった。


 それでも入学式で渡されたオール100越えのステータスと、Sクラスのバッチを見せればきっと彼女も振り向いてくれるはず。ステータス表を胸に抱え、上機嫌で彼女の元に向かった。けれど、俺は大事なことを見落としていた。


「ふふふ、もっと上げなきゃな~」



 リディアの関心の先にあるのは、彼女自身のステータスだということを。



 どんなに自分を磨いたところで、彼女は俺に関心がなかったのだ。

 それどころか学園入学を機に、彼女は俺に話しかけることすらなくなった。下手に好成績を出したせいで今までにもまして女性陣にアプローチをかけられるようになったのも原因の一つだろう。


 それでも話しかけようとしたら会釈して通り過ぎられた時の絶望は計り知れないものがある。


 あまりの辛さに、既成事実を作ってしまおうかとも考えた。

 この国ではよくあることだ。だがそんなことをすれば無関心どころか確実に嫌われる。

 それもいいかもなんて思ってしまった自分を必死で殴って沈め、王子に相談してみることにした。



「リディアを振り向かせるためのいい方法を知らないか?」

「地道にアタックを繰り返すとかじゃダメなのか?」

「この10年間し続けているが?」

「だがそれは結婚まで行き着くことがない相手として、だろ。入学前と後じゃアプローチの重みが違う。贈り物一つを取ったって形式的なものから、個人に向けてと解釈が変わる。カリオンは入学後に何かアクションを起こしたか?」

「それは……」


 確かに女性陣を適当に躱すことばかりで、彼女にはろくに声さえかけられていない。

 まともに話したのなんて、入学前から決まっていた夜会についてだけ。それもエスコートは不要と言われて、必死に馬車を出す約束を取り付けたという情けなさ。歩く完璧の名が聞いてあきれる。


「この国は弱肉強食。実力があっても弱気じゃ他の男に食い散らかされるぞ」

「リディアを食い散らかす? そんなことあってたまるか!」


 俺がSランクを取ったことが男性陣への牽制になっているため、まだリディアに手を出す男はいないが、それも時間の問題だろう。


「なら攻めて攻めて攻めまくれ。そして1年以内に落として、来年以降は俺に協力しろ」

「協力? 何かあるのか?」

「隣国の姫が我が国に興味を持ったらしくてな、うちの学園に留学することが決まった。来年の入学式以降、2年の授業に加わることになっている。滞在は1年。その間に仲を築くつもりだ。姫は武術を極めていらっしゃる。リディア嬢とも話が合うかもしれん」

「なるほどな」


 姫様がリディアと仲良くなれば、王子との結婚話もスムーズに進むことだろう。


 こうして王子の全面サポート付きになった俺は、これまでのような普通の令嬢が喜ぶプレゼントをピタリとやめた。代わりに冒険者業に必要なアイテムを贈ることにした。


 そのほとんどが後日、お金として返されたが。


 それでも『攻めて攻めて攻めまくる』をスローガンに攻めまくった。

 半ば強引なところもあり、あまりの必死さにリディアに好意を向けていた男達の大半が去って行った。


 出来れば女性陣も察してほしいところだが、彼女との距離を詰めることには成功している。


 そればかりか、商才ステータス上昇に付き合ってもらった商会から買い上げたリボンのおかげで、彼女の笑顔も見れた。

 これも地道に距離を縮め、信頼関係を獲得した成果である。このまま女性陣を躱しつつ、リディアと距離を詰めて、いずれは結婚を……。


「早く入籍したい」

 プロポーズ用の指輪はすでに手配済みだし、結婚指輪用の宝石も何種類か確保した。ウェディングドレスは二人で決めたいので手を付けてはいないが、どんなデザインだろうと、花嫁姿のリディアが可愛くないはずがない。頬を緩ませて、結婚後の生活まで想像を膨らませる。




 だがこの時の俺は、プレゼントしたリボンがきっかけで彼女が暗殺者に惚れられることになるなんて夢にも思っていなかったのだった。


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