1-40 茨、久しぶりにバイトに行く
翌日の朝。僕はモフ子とティアナにお留守番を任せ、自転車をかっ飛ばしていた。
……怒涛の日々だったからなぁ。なんだか随分と久しぶりな気がするな。
内心そんなことを考えながら移動すること10分。僕は有名なハンバーガーチェーンであるワクドナルドへと到着した。
何故ワックに来たのか。別に朝ワックを注文しにきたわけではない。単にここが僕のバイト先なだけである。
僕は自転車を止めると、すぐさま更衣室へと向かう。そこで制服に着替え、帽子を被ると裏口から店内へと入る。
「おはようございます」
入店と同時に挨拶をすれば、目前のキッチンエリアで作業をしていた従業員が小さく会釈を返してくれる。
……この時間は僕含めて3人か。
キッチンエリアの更に奥へと目をやると、そこにはカウンターが広がっており、マネージャーが1人お客さんの対応をしている。
僕はすぐさまカウンターへと向かう。が、どうやら先ほど対応したお客さんが最後の1人だったようで、現在店内、ドライブスルー共にお客さんの姿はない。
これ幸いと僕はマネージャーに声を掛ける。
「野中さんおはようございます」
マネージャー、野中さんはのそりと振り返ると、あまり愛想が良いとは言えない表情のまま、無精髭に塗れた口の端を小さく上げる。
「あぁ、空木君おはよう。どうだい、ゴールデンウィークは楽しく過ごせたかい?」
「はい、おかげさまで満喫できました」
「そうかい。いやー、こっちは大変だったよ。ただでさえ連休で客が多いのに、従業員が1人少なかったわけだからね」
野中さんが嫌味ったらしくそう言う。
確かにゴールデンウィークという忙しい中それなりの長期休暇を取ったのは非常に申し訳ないとは思っている。そのため僕は素直に頭を下げる。
「それは申し訳なかったです。今日から数日分を取り返すよう頑張りますので、よろしくお願いします」
「あぁ、うん。よろしく頼むよ」
野中さんはそう言うと、僕から興味を失ったかのようにその場を離れると、マネージャーとしての業務に取り掛かり始めた。
僕はドライブスルー用のヘッドセットを身につけると、彼の代わりにカウンターへと立つ。
もちろんただ立ち尽くしているわけではない。ポテトの状態を確認したり、ドリンクの様子を見たりと軽作業をこなしつつお客さんが来るのを待つ。
だが時間が時間だからか、ゴールデンウィークとはいえそうすぐにはお客さんはやってこない。
……今頃モフ子とティアナはどうしてるだろう。ちゃんとお留守番できてるかな。
時間が空いたからか、ふと彼女たちのことが頭に浮かぶ。
確かにお留守番を任せたことはあるが、今回家を空ける時間はその時の比ではない。その上お昼を跨ぐため、彼女たちには僕がいない中で昼食をとってもらう必要がある。
ティアナには家電の使い方を一通り教えてあるし、昼食はどうするか指示もしている。だから大丈夫だと思うけど、うーんどうも心配だ。
内心そう案じていると、ここでモニターに1台車がやってくるのが映った。ドライブスルーのお客さんである。
うん、確かに彼女たちのことは心配だけど今は仕事中なんだ。とりあえずはこっちに集中しよう。
僕はそう考えると、ヘッドセットに付いているボタンを押し、マイクに向かって話し始めた。
「いらっしゃいませ。ご注文をマイクに向かってお願いいたします」
「…………」
ボソボソと何かを話しているようだが、声が小さいのかよく聞こえない。
僕はヘッドセットをグッと耳に押し付けながら再び口を開く。
「申し訳ございません。もう一度よろしいでしょうか」
「だからダブルバーガーセットだって言ってんだろうが!」
途端に怒鳴り声が聞こえてくる。
……うわー面倒な客だ。
たった一言ながら内心そう判断する。しかしそれを口にしたり態度に出す訳にもいかないため、僕は懇切丁寧に注文を受けると、車を先へと進める。
その頃にはキッチンの従業員がハンバーガーを用意してくれているため、僕はそれらを袋にまとめる。
こうして商品の準備が整ったのと同タイミングで受け取り口に先ほどの車がやってきた。
車の運転席には明らかにイライラした様子のおじさんがおり、こちらをギロリと睨むように見つめている。
うーん、できれば対応したくないけど、そうはいかないよねぇ。
僕は内心ため息を吐きながら受け取り口の窓を開けると、できる限りの笑顔を向けた。
「740円になります」
「おい。注文くらい1回でちゃんと聞けや」
「申し訳ございませんでした。以後気をつけます」
「……ちっ」
「お待たせいたしました。こちらお品物になります」
男はふんだくるように袋を受け取ると、こちらをギロリと睨みつけた後走り去っていった。
……うん。はやくうちに帰りたい。
◇
「お疲れ様でした。お先に失礼いたします」
相変わらずぶつぶつと何かを言っている野中さんを無視し、店を出る。
あれから数時間バイトを行ったため、現在空は薄暗い。僕は足早に別の建物である小さな更衣室に向かう。
中に入ると、どうやらこの時間に帰るのは僕だけのようで、シーンと静まり返っている。
「……はぁ。今日は散々だったなぁ」
着替えをしながら、思わずそうごちる。口に出さねばやっていられないほどに、今日は嫌な出来事の連続であった。
「確かにゴールデンウィークなのに数日連休を取ったのは悪かったけど、だからってあんな言い方しなくてもいいのに」
お客さんだってそうだ。一度で聞き取られず、二度注文するのが面倒なのはわかるが、それでも怒鳴ることはないじゃないか。
思わず愚痴が口に出るが、僕はすぐさま被りを振った。
いや、考えるのはよそう。時間の無駄だ。そんなことよりも早く帰って夕飯作らなきゃ。
僕はテキパキと着替えを済ませると、自転車に飛び乗り、大急ぎで自宅へと戻った。
◇
「ただいま〜」
ガチャリとドアを開け声を掛ける。するとドタバタと忙しない足音を鳴らしながらモフ子が姿を現す。次いで僕の姿を認識すると、鳴き声と共にふんわりと飛びかかってきた。
「ワフーッ!」
「うおっと。ははっ、ただいまモフ子。いい子にしてたかな?」
「ワフッ!」
「おぉ、そうか〜。偉かったねぇ」
こうしてモフ子と戯れていると、遅れてティアナがリビングから姿を覗かせる。そして僕の姿を目に収めると、なんとも言えない表情を浮かべる。
「おかえり……ってあんた大丈夫?」
「あぁ、うん。大丈夫大丈夫。それよりもお迎えありがとね」
「なによ改まって。とりあえずお風呂の準備はできてるから入ってきちゃいなさい」
「まじで! ありがとうティアナ!」
僕はティアナとモフ子の優しさ、そしてあたたかさに1人心の中で涙を流した。
同時に、仕事終わりに子供や嫁に迎えられる世のお父さんたちはこんな気持ちなのだろうかと、内心そんなことを考えるのであった。




