1-0 一条の光を求めて
薄暗い獣道を、血濡れた一頭の狼が歩く。
荒い息を吐き、フラフラと身体を不規則に揺らし、後ろ足を引きずるようにしながら。
……その狼は、明らかに衰弱していた。
必死に歩く今も、狼の身体に出来た痛々しい傷口からは絶え間なく血が流れ出ており、元は純白で美しかったのだろう毛並みを赤く染めている。
一歩、一歩歩く毎に狼の全身を襲う鈍痛。
血が流れ過ぎたのか、時間と共に薄れていく意識。
あぁ、私はもうすぐ死ぬのだと、そう予感してしまうような状況の中で、
『…………』
狼は遂にその歩みを止めた。
別段、歩く事が出来なくなった訳ではない。いや、最早限界など超えている為、ある意味では歩く事が出来ない状態であるとは言えるのだが、そういう事ではない。
もう一歩と歩く必要が無い、つまりは目的地へと到着したのである。
『ここまでくれば……問題ないわね』
混濁する思考の中、周囲を見回しそう判断する。
そして崩れ落ちるように地へと腰を落ち着けると、先程からずっと口に咥えていた、小さな命を優しく地面へと置いた。
地へと置かれた小さな命。
美しい毛並みに、優しげな瞳。熟した果実ですら噛み切れないのではないか、そう思わせる程に小さな歯。
状況が理解できていないのだろう、狼の方へと目を向け、甘えるような鳴き声を上げるそれは、他でもない狼自身がお腹を痛め、必死に産んだ愛しい我が子であった。
『ごめん……なさいね。……あなたが逃げ延びるには、こうするしか方法がないの』
ただただ慈しむように、舌で毛繕いをしながら、念話を通して子へと伝える。
しかしやはり理解できていないのだろう。狼の子はただただ気持ち良さそうに毛繕いを受け入れているのみである。
そんなある意味では呑気な我が子の様相に、狼は苦笑した。
案外この子は大物になるかもしれない。
ふとそんな事を考える。
しかし考えたとしても、自身は子の成長を見届ける事が出来ない。
それが何よりも悲しかった。
が、悲しもうとも、結果が好転する訳ではないのだ。
狼はそう考え立ち上がると、最期の力を振り絞り、全身に魔力を巡らせる。
そして、
『さようなら──愛おしい私の娘』
そんな言葉の後、狼は魔力を解放した。
瞬間、首を傾げる狼の子の真下に魔法陣が浮かび上がる。
そして数瞬の後、狼の子を光が包むと、そこにはもう子の姿は無かった。
──異界転移魔法。
どの世界かはわからない。どこか別の世界へと対象を転移させる大魔法である。
転移先が天国か地獄かはわからない。
もしかしたら、あまりにも劣悪な環境で、転移してすぐに命を落とす事もあるかもしれない。
しかし、たとえ1%、それ以下だとしても、救われる可能性があるだけ幾分かマシなのだ。
──何故ならば、この世界では、狼の子が救われる可能性は万に一つも無いのだから。
『……どうか、争いの無い……平和な世界へと』
言葉の後、力を使い果たしたのだろう……その狼──神狼はとうとう息絶えた。
──我が子の将来が、明るく楽しいものになる事を切に願いながら。
同時連載中の『最強異端の植物使い』もよろしくお願いします。
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