閑話 皇女とその叔父
閑話 皇女とその叔父
神殿より王宮の離れである己の館に帰るとルーディアナは客人の来訪を告げられた。
「久しぶりだな、ルーディアナ」
「まぁおじ様!急に来られるだなんてびっくりしましたわ。でも、嬉しいです」
「ふん…どうだかな」
無愛想な叔父に朗らかな笑顔で挨拶するとルーディアナは遅れたことを詫びて席につき叔父であるダリオも改めて座っていた椅子に座り直す。ダリオが奥の席にいることにラティルスは目を細める。
「それで、どうされたんですの?こんな突然」
「猫がうろうろと目障りなのでな、釘を刺しに来たまでだ」
「猫、ですか?うちでは飼っておりませんけれど」
皮肉気に言う叔父にきょとりと目を丸くして小鳥のように首を傾げると叔父はルーディアナに嘲笑してみせる。お前の考えは知っているぞとでも言うように。
「なれば薄汚い野良なのであろうよ」
「まあ」
「この辺には狐も出るらしいが…その分ではそちらも高が知れているだろうな」
「あらあら狐には注意しなければいけませんわね、ねぇラティルス」
「左様ですね。罠でもかけておきましょうか」
「そうね」
「…………では私はこれで失礼する。ここは王宮の中と言えど鄙びているからな、時を忘れてしまう」
「ええおじ様、お気を付けて」
にこやかに笑みを保ったままのルーディアナに気を削がれたのか、素っ気なく叔父がそう言って席を立つ。ルーディアナはにこりと笑って叔父を見送った。
「…………まぁ、出るのは猫なんて可愛いものじゃなくて言うなれば豹とか梟の類なのですけれど」
「姫様、はしたないので寝そべらないで下さい」
「やぁよ。今日は疲れたもの」
「じゃあ、寝そべりながら菓子を食べないで下さい」
「それも拒否するわ。お腹が空いたのだもの」
自らを野良猫といわれ主にも動物に例えられたラティルスはなんら感情をあらわすことはなく、主の行儀の無さを窘める。だだっこのようにいやいやと拒否する主にため息をつく。ルーディアナがこのような行動をとるときは、大抵決まっているからだ。
「御夕飯を食べられなくなっても知らないから」
「ふふ」
御夕飯、などという幼い言葉にルーディアナはおかしそうに笑う。
「久しぶりね、そういう言い方」
「甘やかしてほしいって、何処かの誰かさんが言外に望んでいるからね」
「やだ、ラティルスったら」
漸く機嫌が直ったのか、ルーディアナは微笑む。先程の繕った笑みではなく、心からのものを。けれど、次の瞬間には心からの冷え切った笑みを浮かべていた。
「鄙びた…ね、上等だわ」
離れとは言え宮内である。その上、造られた当初から要人と会うための客室として使われることの多かったこの館を鄙と言うものは普通に考えて誰もいない。叔父が言っていたのはこの、このままでは錆びてゆくこの身を揶揄したのだ。侍女侍従もろくにおらず、王女でありながら離れに住み、年若いが故に政に関わることを許されず叔父に逆らうことも無いこの身を。このまま時が経てば朽ちるしかない哀れな姪の身を嘲笑ったのだ。
結局のところ猫だの狐だのと言ったところでダリオは風変わりではあるが所詮は令嬢だと此方を甘く見ているということなのだろう。それこそが狙いだというのに。
「ラティルス」
「はい」
名を呼ぶと心得ているとばかりに目的のものを差し出す。微笑んで、ルーディアナは受け取る。
差し出されたるは黒白の書。
まっさらな目録になると思しき頁にルーディアナの指がゆっくりと愛おしむ様に這う。
不思議なことに、這った先から文字が現れ溢れ出しやがてそれは隙なく書かれた一つの本になる。最後に、裏表紙に所有者の文字が顕れた。
――ルーディアナ・ユノ・ルクス
「……糸なくては踊れぬ道化はどちらかしら。今のうちによい夢を見ているといいわ」
ぽつりと呟いた言葉には、不思議と何の感情も感じられず。ルーディアナの表情もまた、そうだった。ラティルスだけが、何かを悼むように瞳を伏せた。




