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ルクソルド  作者: まこ
一部
5/12

四章

四章



神に仕えるものが神官ならば、それをまとめるものは神官長である。神官長は神殿を持っていることになり、ではそれをまとめるのは誰か。

枢機卿である。


「ファーゴ枢機卿が、ですか?」

「はい」


早朝、常ではありえないその時間に枢機卿からの呼び出しを告げに来た神殿騎士に、シルヴェストロはふわりと困ったように微笑む。教皇を除けば神殿で一番の権力を持枢機卿長からの呼び出しに、普通ならば血相を変えるなり不安に感じるなり、若しくは喜ぶなり。けれども如何にも困った風に笑われては神殿騎士も返す表情がなく、不謹慎にも微妙な表情をしてしまった。


「何のご用でしょう?」

「さあ………お連れせよ、とだけ」

「そうですか」


では、よろしくお願いしますと何でもないことのように差し出された手をとって騎士は神官長の背が自分と近いことを知る。意外にも背は高い、けれど成人男子にしては細すぎる。神殿騎士は神官を守る役目を持つが、常日頃は鍛錬をおこなうのみで神官と接する機会は少ない。もちろん、それは平和の証なのだからそうでなくては困るのだが。けれども仕えるべき相手の、自分よりも身分高き人間であれば尚更、この細すぎる身体を内心怪我をさせてしまわぬかと冷や冷やしながら神殿騎士は枢機卿の元へと向かう。いくつかの階を上りいくつかの回廊を渡れば枢機卿の部屋にたどり着く。騎士が扉の鐘を鳴らし、用向きを告げる。


「ファーゴ枢機卿、お連れ致しました」

「…入れ」


重苦しい言葉とともに扉が中から開けられ騎士とシルヴェストロは入室する。かと思えば早々に人払いをされ、中にいるのは枢機卿とシルヴェストロの二人だけとなった。枢機卿の中でも気難しい、そして最年長の呼び出しにシルヴェストロは困ったように少しだけ微笑んでいる。あまり表情には出ない故に泰然とした態度と取られがちなのだが、基本的に彼はいつでも困っている。困っているというか、軽い動揺を伴う場合は大概どんな感情の時も彼はそんな微笑み方をするのだ。

シルヴェストロの親友であるところの青年は「万年自動困り人形」と彼を形容した。


「呼ばれた理由がわかるか」

「さぁ……何かありましたでしょうか?」

「ふ、相も変わらず食えぬことを……………先日、皇女がこちらへと参られたであろう」

「ええ」

「彼女が此処に来た理由などわかりきったもの。皇女は神殿をありがたがるほど信心深くないからな」

「そのような」


事もないとは思うが実際にありがたがる姿を見たことがないので否定できない。とシルヴェストロは本当に困った笑みを浮かべる。小さき頃に神殿上層部の大人たちに信心の有無について問われたとき、彼女が「神様に捧げるパン一つがあれば貧民は三日生き延びる」と非常に賢く現実的な発言をしてからは聡明であれど信心の足りない皇女として扱われているのをシルヴェストロも知っているからだ。もっともこれは異国の宗教に関しての問いであり、この王国内には唯一神はいない。精霊を崇め、その王たる存在を敬うのが神官たちの役目である。


「よいか、誰にも本を渡してはならぬぞ」


存外、強い調子の言葉にシルヴェストロはおや、とでも言うように僅かだけ眉を跳ね上げる。本と言うのは、つい先だって皇女に渡したあの本の事。

国の宝物として神殿に管理されているもので、それを手に入れることは確かに今の権力を揺るがすものになる。だから、神殿は中立を保つものだから、政争に関わるなという説教ならばまだ分かる。けれど、あの本を渡すなとは。一体如何なる意図を以てと、事なかれ主義とは少し違う意見に彼はもう少しだけ問うてみることにした。


「何故、とお伺いしても?」

「あれは善であると同時に悪でもある。福を呼べば災禍が参る。人の手には余る代物だ」

「けれどあれは……書によればとある魔法の解呪の術具のひとつだとか。何れの世で必要とされるかはわかりませぬが、その様な時はお貸しするのでしょう」

「解呪など…………夢物語に過ぎぬ。下手に世を乱されては困る。安定していればそれでよいではないか」

「………この平穏が真に我々のものではなくとも?」

「最早それが誰のものであったか、など知る者はいまいよ。己の身に何もなければ考えぬのが人というものだ」


中身のたっぷり入った穴のあきそうな袋から新しい袋へ移すのは中身が零れてしまうかもしれない。けれども、穴のあきそうな周囲を継ぎ接ぎするのならば容易いと…そういうことなのだろう。たとえ中身が間違っていても。袋はそのままにしておけと。なるほど、と納得して枢機卿に笑んで見せる。

――事なかれ主義とはまた随分と、まぁ。

シルヴェストロは若干彼の言葉に思うことがあったが、敢えて告げることはせずに殊勝に頷いた。

故意的に波を作る趣味はない。


「心得ておきましょう」

「うむ…さがれ」

「はい。ファーゴ様もお大事に」


老体の身の上で長く語らったからか些か疲れた様子の枢機卿に心配そうに告げると卒なくシルヴェストロは退室する。それは如才ない行いであったけれど、廊下へと出る前に控えの間にて少々物騒な言葉を呟いた。


「安定してればいいんですよね。………最終的に」


だってもう渡しちゃったし、と些細な出来事のように考える彼も、あの書を神職のものから皇族に渡すという行為が何を意味しているかなどは知っている。けれど、彼には渡さないなんて選択肢はなかった。

神殿の長として、皇女の意志が今後の神殿に良い影響を与えると判断して選んだということもある。彼女は皇位に就く前に、恐らく長くから続く因習の楔を引き抜き連鎖を止めるつもりなのだろう。書を求めるということはそういうことだ。何よりも、彼女は先々代より既に鍵となる眼を受け取っている。ならば今回のことは形式を重んじただけでありもともと書の所有権は彼女にあるのだ。

それに、一生に比べれば束の間の転寝にも等しき短さではあるが彼女と自分とは、昔はもっと近しい間柄だったのだ。そんな彼女を見捨てることなどできない。私情を多大に含んだ考えではあるが、後ろめたさを感じることはない。自分も大概人でなしだな、なんて他人事のように考えて控えの間から廊下へと、礼儀正しく待っていた騎士に労いの言葉をかけてその場から去る。そもそも、自分は然うあるべくして生まれ落ちたのだと感傷的な思いを抱く。それはファーゴ枢機卿も知っているであろうに、あの方も大概にして人が悪いと含みを持たせた笑みを浮かべた。

これから彼女の巻き起こす様々な騒動が起こるであろうことも、それに巻き込まれ忙しくなることが充分に予想され、憂鬱の溜息を漏らしながら。

――ああ、胃が痛い。

扉を出れば神殿騎士の姿はなく、恐らくはこの部屋までの随行が任務だったのだろう。たったこれだけの為にわざわざ神官司祭の外出などでしか護衛の役目を負わない神殿騎士を使うのもどうなのだろうか、とファーゴ枢機卿の大仰さに首を竦める。まぁ、そうでもされないと自分はのらりくらりとかわしてしまうから、仕方がないのかもしれない。まさかこんな早朝に呼び出されるとは思いもしなかったけれど、折角なのだしと彼は聖堂へと足を向けた。


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