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ルクソルド  作者: まこ
一部
3/12

二章

二章


皇女ルーディアナとその従者ラティルスを神殿で出迎えたのは神官長本人であった。

地に触れたばかりの穢れのない新雪の如き銀髪と、国で最も美しいとされる湖の色に似た知性の波を瞳は穏やかに細められる。


「ようこそお越しくださいました姫様。お疲れでしたでしょう」

「いいえ、ほんの少しの距離ですもの、なんということはありませんわ」

「それは重畳でございます」

「貴方こそ以前よりも儚い印象を受けるのだけれど。神官の長にして中央神殿を取りまとめるというのは私の想像以上に大変なお仕事なのでしょうね」

「まだ若輩者ですからさほどの任を任されているわけでもありません」


和やかに笑い合う二人の目は笑っていない。互いに札を切るのを見定める目だ。

――この狸野郎。

己が従者の言動からスラングを知り使いこなしつつある帝国の姫様は神官長をそう心の中で評しそれを彼女の表情から正確に読み取った従者は微妙な顔をする。彼女はラティルスがその表情の意図するところを正確に読み取ったのを知ったけれどそんなものはどうでもよいと気にも留めない。気に留めるほどの価値が彼女の中には存在しなかった。

と、いうか。

彼が悩んだ挙句ルーディアナへお説教をする方面に彼の思考がいってしまうと大変自分の分が悪くなるので深く考えずに流してほしいと考えていた。

そんな彼女の無駄な長考を知らず神官長は日陰の身とはいえ皇族の訪問にほんの少し戸惑った表情で微笑んでいる。

先に、口を開いたのは神官長だった。


「それで、今日は何の御用ですか」

「手紙に慈善活動の支援と書かなかったかしら」

「支援いただくのは大変嬉しい限りです。が、建前は抜きにして本題をお聞きしたいですね」

「そう」


にっこりと微笑んでそれ以上を喋らない姫君に神官長が困ってもいないのに困ったようにでは、と一つの部屋へ姫一行を案内する。元々そういう顔なのだけれど、見た目の儚そうな顔に反してこの男意外と根性がしぶといのよねとルーディアナは仮にも神職の人間にむかって大変宜しくないことを考え、ラティルスはほぼ正確にそれを把握する。先程のスラングを踏まえ、お説教をしようかとも一瞬考えたけれども実際に口にしないだけいいかな、と自分の主のよろしくない思考回路を半ば投げやりに片付けた。

通された部屋は一般のものならば入ることが許されない、神殿のものに会うために作られた応接間の役目を持つ部屋だ。

信者が利用する祈りの間などは壮麗な装飾が施されているが、応接間には最低限のものしか置かれていない。それでも、家具一つとってもかなり良質な素材を以て作られているとわかる。

席に座り神官長が控えていた最後の神官を下がらせた時に漸く姫の唇は言葉を彩った。


「ねえシルヴェストロ。私、貴方からまっさらな日記帳をいただきたいの」

「姫様」


唐突になんでもないような言い方でその言葉を持ち出した姫を神官長は咎めるように眉をひそめる。

まっさらな日記帳。

日記帳というものは本来まっさらなものである。わざわざそれを指定するというのは、比喩にしても変わった言葉は常に冷静な彼の琴線を揺らすに足る言葉だった。


「何故と、お伺いしても?」

「個人的な事情ね。問わずともあなたならわかっているでしょう」


強く目の前を見据える皇女の視線と、織りなされる雰囲気にのまれ知らず気圧され下がりそうになっていた自らの足を引きとどめ目の前の少女に神官長は問いかける。彼女の欲するものは確かにこの神殿にあり、自分が管理を任されている。けれどたった一言でそれを与えられるほど容易なものでもない。神殿内部の人間たちの複雑な思惑が絡み合って日記帳という単語が指し示す書物は秘宝に近い扱いとなりつつある。

けれども、彼女の要求に対し否というだけではルーディアナは納得しない。彼女は皇族で自分はしがない神殿の長でしかない。彼女に命じられれば自分はあれを世に出すしかなくなってしまう。

それでも、シルヴェストロが彼女へ本を渡すことによってルーディアナが窮地に陥ることも有り得るのだ。正当に管理しているものとして、そして正当な扱い方をしてくれる者に託すために。手札の少ない自分に残された権利は、真実を尋ね知るのみ。

元より、腹芸など愚直なだけで根が真面目なシルヴェストロが出来るはずもない。


「…………今はまだ、そう必要がないと思いますが?」

「神官長殿」


それまで、じっと黙して姫の影の一部のように後ろに控えているだけだったラティルスが初めて声を発する。大きくはないそれは深く神官長の耳に染み入る。声を発した彼を見れば、何かの書状らしきものを差し出している。怪訝に思いながらそれを受け取り、開く。目を通しながら、神官長はぱっと顔を上げてラティルスを見る。湖のような瞳が、揺れた。


「ただの私的な手紙では…………」

「お読みいただいた上で、そう見えますか」

「……………………………いいえ」

「そうですか。それはよかった」


その手紙は一見普通の手紙だった。

時節の挨拶から始まり近況を尋ねる言葉、友人を気遣う言葉、自分の悩みを打ち明ける言葉、その悩みに対して友人の協力を仰ぐ言葉。ただの、何処かの若者が友人へ宛てた手紙と言えばそれまでだった。

けれど、目をよくこらさなければ気付かぬほどの透かしには貴族の紋が入りそして。


「この方面に詳しい貴方ならおわかりではなくて?この手紙につづられた本当の意味を」


そう、一見普通の言葉は全て秘匿された内容を隠す暗号になるもの。ごく簡単なものではあったがこの手紙が暗号の形をとっていることが決定的な事実となる。その全てを読み終えた神官長は血の気が失せた顔で姫を見る。この手紙は、神殿自体のみならずこの国を揺るがしかねないものだった。


「これは…どうされたのですか」

「拾ったわ」

「戯言を」

「そうね、訂正しましょう。彼がとある神官の衣嚢から拾ったわ」

「……………随分と、手先が器用なのですね」

「それほどでも」

「彼はとっても器用なのよ?」


何をどういえばいいのか。

盗みに近い行いを働いた青年を咎めようにも咎める言葉が見つけられないと神官長は曖昧な表情で言葉を濁す。思いついた言葉をそのまま出せば、飄々とした態度で返され、自身の後ろにいるラティルスへ視線をやって姫も神官長へと応える。神官長へ沈黙のみを返し、じっと神官長を見つめる。彼からこれ以上の言葉による答えが得られないと知った神官長はやがて大きく息を吐きだした。


「…あなたが必要だと言うならそうなのでしょう。ならば、私は動かなければならないようです」

「ありがとう」

「正しき道筋を精霊が示すなら、私はそれに従うだけです。礼など」

「ふふ。それでも、よ」


ふわりと、可笑しそうに笑う姫は僅かに詰めていた息を吐いた。

見せたのは、戦の火種になり得る手紙。内容はもうそのままに、透かしたままの。今のままでは自分など軽くひねりつぶされるほど戦力差のある敵の。

これは、ルーディアナにとって賭けだった。誰よりも早く神殿を抑えることができるか、抑えたとして、力として活用できるか。神殿は、信仰の場だけではなく政治面としても、まして戦となればとても大切な場所だ。そこを得られるか否かの差は、とても大きい。これから為すことを考えれば絶対に味方につけておきたい場所である。そして、神殿は本来ならば絶対中立の場。何かの勢力や権力に偏ることは許されない。その神殿を動かすのはただ一つ、国主のみなのである。皇族の血筋なれど未だ皇位についていないルーディアナにとっては神殿が味方に付くことこそが大きな後ろ盾になる。何より、彼女には書の力が必要だった。その為には神官長の協力は絶対必要で、自分だけではとても得られなかったと彼女は自覚している。感謝の気持ちを視線に込め、後ろにいるラティルスへと向けるとたまたま視線を合せてしまったらし彼と見つめあう形となる。感謝の念を込めて見つめると青年は不自然にならぬほどの速さで彼女から目を離す。その耳がわずかに赤くなっているようで彼女はようやく、全ての緊張を解いて微笑んだのであった。


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