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よろしくお願いします!

 あれから近藤君は、小学校を卒業するまでの間、ずっと私に出された人参を成敗してくれた。

 その間にクラスでも時々話すようになって、一緒に帰ったことも何度かある。

 近藤君と仲良くなるにつれて、麗華ちゃんは私に冷たく当たることが多くなったが、特に私は気にしていなかった。

 ほかにも友達はいるし、近藤君がいてかばってくれたから。

 当時の私はそう思っていたが、大人になって思うのは、あの時の麗華ちゃんは近藤君のことが好きだったのだろう。

 好きな子がほかの子にかまっているから意地悪をした。そういうことだと思う。全然気付かず申し訳なかったと思ったり、思わなかったり……。


 中学も地元の学校だったので、近藤君も麗華ちゃんも同じ学校に入った。

 その頃には麗華ちゃんは、他の先輩を好きになっており、コロリと態度が戻っていた。そこからは浅い付き合いとなったのだが、今頃どうしているのだろうか。




 近藤君は同じクラスになったときは、中学校給食でも私を助けようとしてくれた。

 だが、私も中学校に入り思春期というものを経験することになる。

 近藤君が自分の食べかけを食べる事が、恥ずかしくなってしまった。

 図らずも、この行為が世間一般でいう【間接キス】というものだと気づいてしまったのだ。

 そのことに動揺した私は、近藤君の助けを借りることを止めた。

 だって、顔が赤くなってしまうのだ。

 近藤君の口へ運ばれる人参が、魅惑の色をまとって見えるようになっていたたまれなくなった。

 そうして私はこれが【恋】だと自覚していくこととなる。

 だんだん背が伸びて、声が低くなって、かっこよくなっていく近藤君を男の子だと意識するようになってしまった。

 近藤君に人参を任せることはもうできない。

 中2の冬、おでんに入った人参を見て、私はそう確信した。


「安居さん? どうしたの? みんなに見られちゃうよ?」


 何故だか、隣の席になる回数の多い近藤君。

 今日も当たり前のように人参を待ってくれている。

 それを横目に私は……無理やり自分の口に人参を押し込んだ。


「ちょっ、安居さん!? 大丈夫!?」


「うっ!!!」


 口の中に広がるおでん味の人参。

 まずくて、つらくて、苦しくて、涙が浮かぶ。

 でも、我慢して飲み込んだ。


「近藤君、やりきった、よ……」


「安居さん! 先生! 安居さんが倒れました!!」




 目が覚めると白い天井が見えた。

 かすかな消毒液のにおいと、薄ピンクのカーテンに真っ白のベッドに横たわる自分。

 ここが保健室だと理解するのに時間はかからなかった。


「気が付いた?」


 隣から声を掛けられる。

 気を失う前にも聞いた、近藤君の声だ。

 近藤君はベッドわきの丸椅子に座っていた。


「うん」


「気分悪くない? 頭とか痛くない?」


「どこも痛くないよ。ありがとう近藤君。運んでくれたの? 今何時?」


 しばらくは心配そうに私を見ていた近藤君だが、私が平気そうにしているのを見て安心したのか私の質問に答えてくれた。


「今は、放課後4時過ぎかな。運んだのは先生だよ。僕が運ぼうかと思ったんだけど、安居さん、嫌かなって思って……」


「そうなんだ。嫌ってどうして?」


 運んだのは先生。

 思わず吐息が漏れる。ほっとしたような、残念なような複雑な気持ちだ。

 近藤君のお姫様抱っこ、体験してみたかったかもしれない。だが体重も気になるし……。

 近藤君は私の吐息に、ムッとしたようだ。


「安居さん、最近僕のこと避けてるから。運ぶの、僕じゃないほうがいいかなって思ったんだ。安心してもらえたみたいでよかったよ」


 近藤君は傷ついたような顔で、そんな皮肉みたいなことを口にした。

 私はその発言にとても驚いた。


「え!? 避けてるなんて、そんなっ」


「最近人参持ってこないよね? 避けてるんじゃないの? じゃあ、今日だってなんで無茶したの? 僕のこと嫌いになった?」


 静かに、淡々と、それでいて早口で近藤君はそんなことを言った。

 悲しげに顔を伏せる近藤君に、なんだか申し訳ないことをしていたような気がして、すぐに謝る。


「ごめんね。近藤君! 近藤君が悪いとかそんなんじゃ無くて……その、恥ずかしくて。こういうの【間接キス】って言うんでしょ?」


 こうして私は、事の次第を近藤君に話すことになった。

 間接キスを意識したなどと言うなんて、当時の私は随分なカミングアウトをしたものだ。もうほぼほぼ告白だろうと思う。

 それを聞いた近藤君は驚いた顔で「えっ」と言って、頬を染めたかと思うと笑い始めた。


「あははは、そっか。嫌われたわけじゃなかったんだね。よかった」


「う、うん。嫌いになるなんてないよ! だって、近藤君に会うとこんなにドキドキしてっ」


「ありがとう。そんな風に思ってもらえて嬉しいよ。僕、小学校の頃からずっと、安居さんのことが好きなんだ」


「えっ!!!!」


 今度は私が驚く番だった。

 顔から火が出そうなくらい熱い。近藤君の顔も真っ赤だ。


「えと、よかったら、僕と付き合って下さい」


「は、はい」


 その後2人して真っ赤になったまま固まって、戻ってきた保健室の先生に発見されることとなった。


 甘酸っぱい青春の思い出だ。


 *************************************


 パタン――

 ようやく、卒業アルバムを閉じるころにはあたりが夕暮れに包まれるような時間だった。

 どれほどの間、卒業アルバムを見ていたのだろう。2時間ぐらいだろうか。

 暗くなってしまった部屋の電気をつけて、卒業アルバムを引っ越し用の段ボールへ詰める。

 本棚の中身を段ボールに入れ込んで、ガムテープで蓋をする。

 引っ越し屋の段ボールに、中身が本であることを記入し、名前欄に【近藤】と苗字を入れる。

 マジックで書いたので、【藤】の中身がつぶれてしまった。

 まだ書きなれない新しい苗字に少し胸が温かくなった。


読んでいただきありがとうございました!

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