奨学生
「まだ入学式も始まっていないのにナンパかい?」
にやにやしながら先生は言う。
「違いますよ! 僕が外で休んでいたところに彼女が来て声をかけてきたんです!」
「どういう経緯かは知らないけど、あの場面だけを見たら全員同じことを言うと思うよ」
「そんなー……」
爽やかな笑顔を見せる先生。
かなり若く見えるから、新任の先生なのだろうか。
それにしてもコミュ力が高そうだ。
流石は先生と言ったところだろうか。
イケメンだし、優しそうだから、授業が始まるとすぐに人気になるだろう。
……羨ましい。
「ところで、先生。 僕らはどこに向かっているんですか?」
「あれ、聞いてなかったのか? お前、奨学生だから。 他の奨学生と一緒に壇上に立つんだぞ」
「……そんなのいつ言ってたんですか」
「ホール内の放送で既に呼びかけてたよ。 外にいたから聞こえなかったのかもしれないけど。 とにかく、もうそろそろ入学式が始まるから、裏で待機な」
淡々と会話を進めていると、待機場所についたようだった。
そこには僕の他に9人の生徒がいた。
先に着いていたみんなは、お互いに絶妙な距離感を保っていたが、1人だけやけに存在感のある人がいた。
「あっ……友潟君!」
そう、上坂明梨だ。
「ご、ごめん。 ぼーっとしてたら、結構時間経ってたみたいで……」
「い、いや、私は大丈夫だよ。 何かあったのか心配してたから、特になにもないなら良かったよ」
個人的に休憩中のあれは事件だが、特に言う必要はないか……。
「あ、君も友潟君と仲良いの? なら、頑張ってね。 彼、けっこうモテるみたいだから」
僕らのすぐ近くにいた若い先生が小声で言い、何もなかったかのようにそっぽを向く。
前言撤回。
この先生は要注意人物リストの1番上に突っ込んでおこう。
「いや、そういうわけじゃ……」
上坂さんが言いかけたとき、このタイミングを待っていたかのように放送が流れる。
『ただいまより、入学式を開式いたします。 まず、奨学生10名の表彰です』
「ほら、君らの出番だ。 上坂さんと友潟君は、奨学生の中でも成績が優秀だったから一言挨拶してもらうからね。 頑張れよ」
「「ちょっと、聞いてないんですが!」」
「2人のこと見てたら言うの忘れちゃったよ。 ほら、行った行った」
呆れたような顔を作って、しっしっと僕らを追いやるような仕草を見せる。
ほんと、この先生は……。
ここでゴネていても仕方がないので、さっさと壇上に上がる。
指定された位置に着くまで、下を向いてなんとなく生徒の方を見ないようにしていたが、着いてから顔を上げると、ホールの張り詰めた雰囲気に圧倒される。
1人1人名前を読み上げていき、ぺこりとお辞儀をする。
心なしかお辞儀がぎこちなくなってしまったように思えて、なんとなく上坂さんを横目で見る。
なんとなく、彼女の仕草に儚さを感じた。
ただお辞儀をしているだけなのに、ただそこに立っているだけなのに。
気が付いたときには消えてしまいそうな哀しさと、それでも確かに彼女がそこにいることを証明する美しさを、彼女はその身に纏っていた。
『続きまして、奨学生代表の挨拶です。 友潟優君、上坂明梨さん、お願いします』
放送の声で現実に引き戻される。
自分が今置かれている状況を思い出し、心臓の鼓動が僕に早くしろと急かす。
慣れない状況からくる焦りで手が震える。
ふと、彼女を見遣ると、彼女は僕の考えを見透かしたように笑顔を見せて、口をぱくぱくと動かした。
『だ い じ ょ う ぶ』
そう彼女に言われた気がした。
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