表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

2.今考えれば馬鹿馬鹿しい限りだ。

 この町は四方を山に囲まれ、少し郊外へ足を延ばすとすぐに緑の群れが目に入った。中心部はそこそこ開発が進んでビルも多かったが、子供の頃から土や樹木は近しい存在だった。そのような環境でなければ、わざわざ山の中に秘密基地を造ろうとは思いたちもしなかっただろう。

 その話を持ち掛けてきたのは大野の方だった。小学6年生の1学期、「山の中で良い感じの洞窟を見つけたんだ」と誘われた。最初は基地云々の話題は出なかったが、とにかく洞窟というのが気になったので、放課後大野に案内されて自転車を飛ばした。

 あの山の正式名称は、実は未だに知らない。周囲にはいくつも小さな山地が点在していたので、1つ1つの名称を気にしてはいられなかった。名前は知らなくてもその山は地元の子供達の格好の遊び場になっていて、俺も前々から何度となく足を踏み入れたことがあった。

 入り口手前の砂利の敷かれた空き地に自転車を放り出し、土に汚れたコンクリートの山道を進む。途中ふいに、大野が山道脇の葉叢を掻き分けその向こうに聳える斜面へと飛び込んだ。慌ててついていくと、草木に隠れて太い杉の木を縫うように、細い土の道が上の方へと伸びていた。勿論整備はされておらず、まるで獣道のようだった。自然に出来たものか昔人工的に造られ忘れ去られたものかは定かではなかったが、便宜上ここからこの小道を“獣道”と呼ぶことにする。当時、俺たちも深く考えずにそう呼んでいた。

 その“獣道”は途中幾重にも枝分かれしていて、分岐点には大野が目印をつけていた。俺達はジグザグに曲がりながら樹々の間を昇っていった。少し進むと、もう獣道の始点はカーブに隠れて見えなくなった。途中枝や葉っぱで肌をこすり、擦り傷だらけになった。最初に登ったその時は随分長く感じたが、実際には5分もかからなかっただろう。そろそろ文句のひとつも言おうかと思った頃、大野が「ついたぞ」と言って前方を指さした。

 獣道すらない藪の向こうに、開けた空間が微かに透けて見えた。大野は強引に枝草を手で掻き分けながら猛進した。そこが目的地らしかった。半ばヤケクソになりながら、俺は友人に倣った。

 藪を抜けると右手に岩肌が広がり、その中の一か所にぽっかりと穴が開いていた。辺りにそこまで通じる道らしい道も見当たらないことから、自然に出来た空洞のようだった。洞窟の真ん前では急勾配の斜面が下方へと伸びて、のぞき込むと山道の順路があった。見えたのは獣道の始点となった場所からは随分山道を奥に進んだ地点で、どうやら俺達は山腹を斜めに突っ切ってこの岩場まで昇ってきたらしいとわかった。

 丁度斜面の真下に小さな石造りの屋根が見えた。道祖神の祠だった。地元ではちょっとした馴染みのスポットで、年寄が手を合わせる姿がよく見られた。見知った祠の真上にこんな洞窟が存在するとは、想像さえしたことがなかった。祠前の山道からこの場所を見上げても樹々や葉っぱが丁度いい案配にブラインドになって、全く見えないのだ。しかし洞窟前からは葉叢の間を透かして下の様子が丸見えだった。まるで天然のマジックミラーのようで、俺はもうそれだけで山腹に位置するこの場所が気に入ってしまった。

 洞穴の天井は低く、中に入るときは頭が擦れそうで気が気ではなかった。しかし奥行きは広く、入り口からでは最奥まで見通せなかった。太陽が当たらない岩の中はひんやりとして、身震いする程だった。湿った土の匂いが鼻を突いた。

「先週ボーイスカウトの野外実習でこの山にきたんだ。その時この辺を探検していたら、たまたまこの洞窟をみつけたんだ」

 大野は得意げに自分の手柄話を開陳する。要するに実習をサボって適当にほっつき歩いていたわけかと思ったが、おかげで俺もこの洞窟を知ることができたわけだからケチはつけなかった。

「ここを俺達の秘密基地にしようぜ」

「秘密基地ぃ?」

 最初聞いた時はなんだか子供っぽいな、と思った。12歳という年頃の男子は、やたらと背伸びをしたがるものだ。

「漫画やゲーム、菓子を持ち込んでさ。がっこの帰りや休みの日にここで過ごすんだ。ここなら他の誰かに見つかって邪魔される心配もない、好き勝手できるぞ。良い考えだろ?」

 説明を受けると、確かに魅力的な提案に思えた。最初に覚えた抵抗をすぐにほっぽりだして、俺は力いっぱい首肯した。

 奥の突き当りまで調べてみたが、特に隠れ家として不都合な点はなさそうだった。危険を匂わせる虫や蛇も見当たらなかった。蛇は大の苦手だったので、正直ほっとした。

 その日は下調べだけ済ませて帰った。翌日から少しずつ、仮の住処にするために必要なものを洞窟に運び始めた。地面に敷くマットに小型の机、洞窟内を照らすキャンプ用のランプetc…家の物置を漁ったりゴミ捨て場から手ごろなものを拾ってきたり。時には小遣いをはたいて雑貨屋で購入したものもあった。山林は住宅地から少し離れていたし、小学生2人で行うには随分大変な作業だった。しかしそれらの下準備の最中さえ、無暗と楽しかったのを覚えている。

 急に物置を漁りだした俺を、両親や兄貴は当然訝った。何をしているのかと尋ねられたが、「別になんでもないよ」とか「ちょっとね」とか返しながら誤魔化し続けた。幸い、俺が持ち出したものは家族ももう使わないようなものばかりだったので、それ以上追及されることもなかった。

 1週間程で基地の体裁は整った。俺達は土の上に敷いたビニールマットに胡坐をかき、ミニテーブル越しに向かい合ってファンタの缶で乾杯をした。俺が飲んだのは、確かオレンジ味だった。

 この時の達成感は、後にも先にも味わったことのないものだった。一国一城の主になった気分、とでも言おうか。大野と共有だとはいえ、初めて親や教師、その他の何者からも自由な“自分だけの空間”を持てたという思いがあった。

「いいか、ここのことは誰にもしゃべるんじゃないぞ」

 くつろいだ格好のまま、大野が念を押してきた。

「わかってるよ」

「梨絵にも黙ってろよ」

 俺たち2人は小学校に入学したばかりの頃から梨絵と行動を共にしてきた。依然“幼馴染3人組”という認識は強かったが、さすがに6年生にもなると男女間の隔意を覚えるようになっていた。女子と遊んでいるところをみられたらクラスの男子達にからかわれるし、価値観にも少しずつ差異が目立ってくる。自分たちの王国に女子を踏み込ませたくない、という気持ちは自然とこみ上げてきた。大野も同じように感じたのだろう。

 “秘密基地”はあくまで俺と大野、男子2人だけのものでなければならなかった。

 俺達は秘密基地に、ほぼ毎日のように通った。学校がある日は授業が終わった後に、休日はそれこそ朝から。晴れてても雨の日でも、構わず郊外の山まで自転車を飛ばした。時には合羽を羽織り、水飛沫の中を漕ぐこともあった。洞窟に入ってすることと言えば、マットの上に横になりながら漫画を読んだり携帯ゲーム機で遊んだり、その程度だった。大野が手回しの充電器なんてものを持ち込んでからは、CDプレーヤーで流行りの曲を流したりもした。大野の家は電器店を営んでいて、売れ残った旧世代の商品を譲ってもらったらしい。しかしすぐに充電切れになって、曲の途中で止まってばかりいた。

 今考えれば馬鹿馬鹿しい限りだ。わざわざ山中へ分け入って行き、することと言えば部屋でもできることばかりだった。CDプレーヤーなどは明らかに家のコンセントに繋いだ方が快適に聞けたはずである。にも拘わらず、あの洞窟で過ごす時間は楽しくてたまらなかった。初めて完全な自由を手に入れた気になれた。何をするかということは問題ではなく、俺たちはただ秘密基地の存在自体が恋しくてたまらなかったのだ。通うことそのものに夢中だった。

 それに初夏から夏に差し掛かる季節、ひんやりとした洞窟の中は結構快適だった。雨の日はさすがに冷え込んだが、それはそれで雨音や水の匂いが心地よかった。環境に不満を覚えることは一切なかった。

 思えばこの頃が、大野と最も親密になった時期だった。洞窟の中でともに過ごす間に、様々な話をした。大抵は取るにたらない馬鹿話だったが、時には青臭く将来の夢などを語ったりもした。梨絵も自分を差し置いて男2人が何かを隠していると訝しがっていたようだが、構ってはいられなかった。それくらい、俺達は“秘密基地”に熱を上げていた。

 今小学生時代を回想しようとすると、真っ先にあの洞窟での光景が目に浮かぶ。少年時代の思い出の、象徴のようになっている。奇妙なものだ。結局あの秘密基地に通った日々は、3ヶ月にも満たなかったというのに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ