8.
評価、ブックマークありがとうございます!
読みに来てくださった皆様、ありがとうございます!
おそらく、全10話で本編は終わります。(予定)
※11/18 最後、訂正しました。
抜かしちゃいけない一文が抜けてた・・・。
ごめんよドルク・・・。
フェルはすっかりおなじみになった、この城で一番高い塔に来ていた。
結界を張る度に訪れていた塔。
この国の王に契約を持ちかけて、何度となくしてきた行為だが、今日は何もかもが違う。
「テン、そろそろ始めようか」
『んー、チョット待って。あと5分。せっかくだから、月がよく見えてカラ」
「どうして?」
『そっちの方がロマンがあるデショ?』
確かに、今夜は曇りがちで、先程から月が見え隠れしているが、だからと言って魔術に影響はない。
テンとの付き合いは300年ほどになるわけだが、いまだにフェルは、テンのこの感覚がよく分からなかった。
これがテン独自なのか、精霊としての気質なのかは知らないが、弟子たちの相棒を見ていると、おそらくテンの性格に因るもののような気がする。
魔法陣で埋め尽くされた床を、慎重に歩く。
普段なら陣を描かなくても十分魔術は使えるが、今夜はそうはいかない。
何せ、人生で一度きりの、大魔術を使うのだから。
何とか部屋の端まで行き、魔法陣を描くために追いやった椅子に腰を掛けた。
「まさか、こんな方法しかないとはね」
吐き出した小さい息は、夜の闇に溶けていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
『死ぬかもしれない。それでも、その方法を、試す気はある?』
そう告げた精霊の顔は、今まで見たこともないくらい真剣で、その言葉に一つも嘘が無いことはすぐに分かった。
しかしフェルは、戸惑うことはなかった。答えはもう、自分の中で出ている。
「やるよ。何か知っているなら、教えて?テン」
まっすぐ見つめ返しながら言った言葉を受けて、相棒の精霊の顔がくしゃりと歪む。フェルの相棒は、感情豊かなのだ。
『そう言うと思ったから、言いたくなかったヨ』
「ごめんね。でも、やらなきゃ絶対に後悔するから。やって死んだとしても、そっちの方がすっきりすると思う。まあ、死んじゃってるのにすっきりも何もないけど」
『笑えないヨまったく。本当に、あんな奴に命賭ける価値なんかあるのカネ?』
「あるの。だってドルクは、強くて優しくて少し考えが足りなくて真面目で単純でそんなところが可愛くて、」
『ハイハイハイハイもういいもういい』
ここぞとばかりにドルクの素敵なところをアピールしてみたが、テンには響かなかったらしい。耳を押さえて嫌がる相棒の頭を人差し指で小突く。
「それで、どんな方法?」
『・・・じゃあ言うけど。キミの体を進ませないようにしているのは、時魔術だ。そして、エネルギー源はキミ自身の魔力。それはいいよネ?』
「うん」
『だから、魔力を使い切ってしまえば、キミの体の魔術も発動しない。と言うか、できない』
「・・・でも、魔力を使い切るってことは」
フェルの言葉を引き継いで、テンは冷淡に告げた。
『普通の魔術師なら、死ぬ』
二人はしばらくの間、一言も発しなかった。
先に沈黙を破ったのは、提案者だ。
『キミは、普通の魔術師じゃない。体の状態もそうだし、桁外れの魔力もそうだ。それに・・・』
「何?」
『・・・・・・や、これは確実じゃないからやめておく。とにかく、もしかしたら、死なないで済むんじゃないかと思う。でも、魔力が回復したら元通りになるかもしれない。その前に命を落とすかもしれない。不確定要素が多すぎるし、成功する確率の方が、うんとうんと低い。・・・ただね、ボクは今までキミと一緒にいろいろな方法を探してきたけど、これ以外の方法は思いつかない』
「・・・そう、だね。今までで唯一、納得できる方法かも。・・・・・・さて、じゃあ今夜やるか」
さらっと告げられた言葉に、ふわふわと飛んでいた精霊が固まった。
『は?』
「決行することは決まってる。あとは魔力を使い切るくらいの魔術を何にするかだけど、これはもう見当がついた。ミハエルに許可取って、ティムに準備させたら、今夜でも十分でしょ」
『え、いや、そうだけど・・・』
「どうせ挨拶するような仲のいい人もいないし。弟子はもうみんな私無しでも十分やっていけるし。そうと決まったらミハエルのところ行ってこようっと。テンも行く?」
まるで夕飯の買い出しに行くくらいの気軽さで誘ってくるフェルに、テンは呆れた。
自分の命を賭けるというのに、この浅慮はどういうことなのか。
『ちょっとフェル。いくらなんでも考えなさ過ぎじゃないノ?自分の命がかかってるんだヨ?』
「わかってるよ。でも、やるかやらないか、二択しかないの。時間をかけても選択肢は増えない。だったらさっさとやっちゃった方がいいよ」
『そんな、苦手な宿題をいつやるかみたいなノリで・・・』
その時、もう少し説教しようかと思っていたテンは、それ以上言うのをやめた。
気付いたのだ。フェルの手が、細かく震えていることに。
口ではどんなことを言っても、300年以上生きていたとしても。
やはり、死は怖いのだ。
初めての恋のために、生きようとしている今だからこそ。
『・・・まあいいや。ボクもちょっと出掛けてくるよ。また後でね』
「うん、分かった」
テンが窓から出て行ったのを見届けて、フェルも部屋を出た。
「やるしか、ないよね」
・・・・・・・・・・・・・・・・
よほどのことが無い限り、フェルの来訪は妨げられない。
それは、国王と交わした契約の一つだ。
「どうしたフェル。珍しく急ぎの用らしいじゃないか」
「ごめんねミハエル、仕事中に」
「いい、ちょうど休憩したかったところだ。・・・・・・見つかったのか」
すでに人払いしている中で、国王はその鋭い視線を魔女に向けた。
「確実じゃない方法なら」
「で、それを実行に移す、と」
「そう。・・・だから、ミハエル・ザックプラド・カリム。契約を破棄したい」
フルネームを告げられた国王と魔女の視線が、しばし交錯する。
「契約を破棄する必要があるのか?」
「ある。おそらく、契約は維持できない」
「結界は、どうする」
「私が、今夜何とかする。・・・もしもの時は、弟子たちを呼び出して。一人では荷が重いかもしれないけれど、力を合わせればどうとでもなるはず」
「・・・勝算は?」
「限りなく低いとだけ」
「リスクは?まさか・・・」
その言葉に、フェルは答えられない。
嘘は吐けないし、もとより吐くつもりもない。
答えないことが、最悪の結果を雄弁に物語っていた。
ミハエルの顔が険しさを増す。
「・・・それしか、ないのか」
「ない。ずっと探してたんだもの。他にあったらとっくの昔に試してる」
「何か、俺にできることは」
「ない」
言葉をかぶせるように返事をした魔女は、カラッとした笑顔で言った。
「その気持ちだけで十分だよミハエル。あなたと、この国の歴代の王サマには感謝してる。・・・どうしても居場所がほしかった私に、それを与えてくれた」
「こちらの恩恵の方が明らかに多いがな。城の結界に、戦の時の助力、国造りでも相当頼っている。望むなら、いくらでも贅沢な暮らしができるというのに」
「・・・そんなものいらないよ。私がほしかったのは、生きる意味と平穏な生活。・・・まあ、平穏かどうかはちょっと怪しかったけどね」
少し皮肉気な視線を受けても、国王はニヤリと笑うだけだった。
「戦があってもギリギリまでは頼らなかっただろう?」
「頼りにされても困るよ。私は、英雄になりたいわけじゃない」
「無欲だな、フェルは」
「そんなことないよ。・・・じゃあ、私、そろそろ行くね」
「結界をどうにかするんだろう?立ち会ってはいけないのか?」
扉に向かっていたフェルの足が止まった。
今代の王はフェルが魔術を使う姿が好きで、先王に立ち会いを許可されてからは欠かさず見に行っていた。
まだ幼いミハエルが、目をキラキラと輝かせながら食い入るように魔術を見ていた姿を、昨日のことのように思い出す。
「だめ。今回は危険が伴う可能性があるから」
「・・・そうか」
それだけ伝えると、魔女は扉に手を掛けた。
「ミハエル」
「何だ?」
「・・・ありがとう」
「・・・ああ」
ミハエルが返事をしたときには、すでに、魔女の姿はそこには無かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ねえ、そういえば今更なんだけど、契約が終了した精霊ってどうなるの?また別の人間と契約するの?」
窓辺で月を観察している相棒に声をかけると、顔をこちらに向けることなく返事が返ってきた。
『ああ、ボクらは精霊樹に還るネ』
「精霊樹に、還る?」
『そ。そもそも人間との契約は、精霊樹に栄養を送るための手段だからサ。人間が魔術を使うと、精霊樹にも魔力が送られる。だから精霊樹は、精霊たちを人間のもとに遣わせる。そして精霊が役目を終えたら、一旦精霊樹に戻って、まっさらな状態に還る』
「それって、」
『ああ、誤解しないでネ。人間の死とは違うヨ。僕たちは死ぬことはない。記憶とかは、全部なくなっちゃうけどね』
何でもないことのように言う相棒を見つめるが、相変わらず月を見つめたままだ。
「・・・テン・・・」
小さく呟くと、ようやくフェルの顔を見た。
『やだなぁ。今、やっぱりやめようかなーとか考えたデショ?ダメダメ、ボクもう挨拶回りしてきちゃったんだから。今更やめたってなると、余計気まずいってバ。ボクに恥をかかせないでくれる?』
「でも・・・」
『あのねぇ、普通だったら長くても精々80年ぐらいのところをだヨ?ボクは300年も働いちゃってるわけ。超過勤務に過重労働、温厚なボクじゃなかったらボイコットものダヨ?そろそろここいらで、ゆっくりのんびり、南の温かい島で長期のバカンスを楽しむくらいしてもいいと思うワケ。だから、ほら、さくっと始めようヨ。ちょうど、月が綺麗だからさ』
姿かたち自体は似ているが、精霊は、人間とは感覚が微妙に違う。
テンは本当に、まっさらな状態になることを気にしていないのかもしれない。
それでも、フェルがそのことを気にすると分かっているからこそ、こんな言い方をしてフェルが落ち込まないようにしてくれるのだろう。
その心遣いが、胸に沁みた。
テンに言われて窓から空を見上げると、ちょうど月が雲から顔を出したところだった。
先日新月を迎えたばかりの月は、今夜はとても細い姿だ。
その頼りなさに、フェルは苦笑いを零す。
まるで、うまくいく可能性はこの細さのようにほんの少ししかないと言われているようだ。
そんな根拠のないことを考え、軽く頭を振ってその考えを追い出す。
いけない。気持ちを強く持たなければ、成功するものも失敗に転じてしまう。
もう一度月を見上げ、気持ちを立て直す。
細くとも十分輝いて見える月が、見守ってくれている。
右手でおでこをそっと触り、その手に静かに唇を寄せる。
大好きな人につけてもらった、大切なお守り。
「さて、それじゃあ、始めますか」