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7.

珍しく、フェルが仕事終わりに呼び出してきた。

昼間の休憩中に会うことが多かったので、夕方会うのは変な感じがするな、とドルクは思う。つまりそう思うくらい、昼間はしょっちゅう会っているということなのだが、ドルクの考えはそこまでは至らない。


いつもの裏庭、空が橙色に染まる中に、フェルは立っていた。


「珍しいな、どうしたんだよ」

「ごめんね、突然。どうしても今日中に、会っておきたくって」

「別にいいけどよ。んで?何か用があったんだろ?」


フェルはじっとドルクの顔を見たかと思うと、ふい、と目を逸らした。


「何だよ?」

「あの、あのね、」


そう言うと黙ってしまう。珍しく歯切れの悪いフェルに、ドルクは心配になった。


「どうした?具合でも悪いのか?」


額に手をやり熱を測るが、特に熱くもなく、むしろ夕方の風に当たってひんやりとしているくらいだ。

多少顔が赤いような気がするが、体調が悪そうな様子はない。


「違う、あの、元気、だから、大丈夫。・・・明日、休みだって聞いて」

「ん?ああ、ヴェルゼイが言ってたか?」


戦中はもちろんだが、戦が終わった後も、やれ報告書だなんだと事務仕事がたまっており、かつ通常の訓練なども相まってなかなかゆっくりとした休みが取れずにいた。

部下たちを順繰りに休ませ、ようやく明日は団長の番となったのだ。


「んで?それがどうした?」

「あのね、明日・・・・・・もし、会えたら、私とデートしてほしい!」


見上げてくる金茶の瞳は、不安の中にほんの少しの期待が入り混じって、すでに少し潤んでいた。

何故かドルクはその視線をまっすぐ受け止めることができずに、憎まれ口を返してしまう。


「やだね。あんたとデートするくらいなら、花街のオネーチャンと遊んだほうが時間を有効に使えるだろ」

「そっか・・・そうだよね、ごめん、変なこと言って」


いつもなら言い返しそうなものだが、この日は違った。フェルのしおらしい態度に、逆にドルクの方が慌ててしまう。


「冗談だ!なんなんだよ今日は。分かった分かった。明日な」

「いいの?」

「いいも何も、あんたが言い出したんだろうが。あー、朝早いのはやめてくれ。久々の休暇だから。あと、人混みもできれば避けたいんだが、」

「ありがとドルク!やった!すっごく楽しみ!」


ピョンピョン跳ねんばかりに喜ぶフェルを見て、知らず笑みがこぼれているが、ドルク本人は気付いていない。


「おい、『会えたら』ってどういう意味だ?会えない可能性もあるのか?」

「・・・あ、うん、ちょっと今夜、忙しくなるから・・・会えなかったら、中止ね」

「中止?延期じゃなくて?」


先程とは打って変わって、フェルは急に静かになった。


「ううん、中止。・・・明日会えなかったら、多分、もう会えないから」

「何か言ったか?」

「何でもない」


そう言い張る少女は、張り付けたような笑顔でゆっくり首を振った。


「おい、さっきから変だぞあんた。何かあったのか?」

「・・・あー、ちょっと今日、難しい魔術掛けるから、緊張してるのかも」

「へぇ、【時の魔女】でも緊張するほどの魔術なのか」

「まぁね。・・・だから、ドルク。うまくいくように、おまじないしてくれない?」

「は?俺が?俺、魔力ゼロだぞ」

「知ってる。・・・・・・・・・キス、して?」


顔を真っ赤にして、手をもじもじと動かしながら、銀髪の間から目を覗かせる魔女を見て、ドルクは固まった。


「・・・は?」

「ダメ・・・だよね。ご、ごめんね、珍しく弱気になってるっていうか、ちょっと緊張しすぎておかしくなってるんだ、ごめん、今のは忘れて、」


手をぶんぶんと振ってその場から逃げ出そうとするフェルの腕を軽く掴み、引き寄せる。

そのあまりの細さに、壊してしまうのではないかと不安を感じる。

ただの、幼い、少女にしか見えないのに。




この両肩に、どれだけのものを背負って生きているのだろう。




腰をかがめて、その額に口づけると、フェルはしばらく固まっていたが、状況を把握したのか次第に顔が朱に染まっていく。


「い、いま、おでこ、え、えぇっ!」

「・・・んだよ、不満か?」

「い、いいいえええぇ、だ、ダメ元っていうか、絶対無理だろうけど言わずにはいられなかったっていうか、でもせっかくしてくれるなら唇がよかったなっていうか!」

「バーカ。口は将来の恋人のために取っとけ」


そう自分で言っておいて、ドルクは胸がちくんと痛んだ。

その【将来の恋人】は、もっとフェルに似合いの、同じ魔術師とか、見た目年齢が近いとか、そういう人物なのだろう。

間違っても、ごつくてむさい自分のような男ではないはずだ。


フェルは両手でおでこを押さえてあわあわしていたが、ドルクの言葉で少し冷静になったようだ。


「ありがとう、ドルク。これで思い残すことはないよ。これから準備しなくちゃいけないから、じゃあ私、行くね。バイバイ」

「え、おいっ」


フェルはすいっと指を動かしたかと思うと、風に乗り、ローブをはためかせて行ってしまった。

夜が訪れた空は薄暗く、あっという間に魔女の姿は見えなくなる。


「・・・バイバイって何だよ。『また明日』じゃねぇのか?」


独り言ちながら、騎士団の宿舎に向かう足取りはなんとなく重い。


思えば、今日のフェルは最初から変だった。


どこか落ち着かず、言いにくそうにしているかと思えば、「デートしたい」だなんて急なお願いをしてくる。

いつもの軽口に言い返さず、まるで懇願するかのようにキスを強請る。

それに、最後の「バイバイ」と言う言葉。


「あーもう!何なんだよあいつは!」


自分の部屋の前に着いているのに、フェルの様子が気になって部屋に入る気にならない。


「ったく・・・なんで俺がこんなに気にしなきゃいけないんだよ」


ぶつぶつ言いながらも、今来た道を取って返す。


準備をすると言っていた。

魔術を行使するのは、もっと後の時間なのだろう。

今すぐ会えば、邪魔にならないだろう。

そう、それに、明日の集合場所も時間も、何も決めていない。


そんなことを言い訳にしながら、足は自然と魔術師棟に向かう。


ただ、このまま会わずにいると後悔しそうな、そんな気がして。




・・・・・・・・・・・・・・・・




「・・・いない・・・?」


フェルの部屋をノックするも誰も出ない。

念のため、ドアの取っ手を動かしてみたが、魔術で鍵がかかっているらしく、ぴくりとも動かなかった。


「弟子もいないのか」


ここに来れば会えると思っていたのに当てが外れ、ドルクは途方に暮れる。

このまま戻る気にもならないが、かと言って場所に心当たりがあるわけでもなく。


「フェル様に何かご用でしたか?」


廊下に突っ立っていると、ローブを深くかぶった男が声をかけてきた。いでたちからして、魔術師なのだろう。


「ああ、いや、急ぎの用事ではないから構わないんだが・・・」

「そうですか、それならよかったです。フェル様、今日から長期休暇を取られたようですから」

「・・・は?長期休暇?」

「ええ、何でも魔術研究のために遠方に旅立つとか・・・今夜にでも」


男の言葉で、ドルクに衝撃が走った。


今夜?旅立つ?遠方に?では、俺との約束は?


混乱した頭の中に浮かぶのは、先程まで会っていたフェルの顔だった。

どこか切羽詰まったような顔。デートを了承した時の満開の笑顔。額にキスを落としたときの、真っ赤な顔。


なぜあんな約束をした?今夜発つなら明日会えるはずもないのに。

会えないと分かっていたから、「バイバイ」なのか?

・・・待て、あいつ、何て言った?「今夜、難しい魔術をかける」って言ってなかったか?


フェルと話した一言一句を思い出しながら、思考を組み立てる。


それがどんな魔術か分からないが、もしかして危険が伴うのではないだろうか。

だから、「明日会えるか分からない」と言ったのではないか。

だから、おまじないとしてキスを強請ったのではないか。


心臓が、どくどく音を立てる。

とてつもなく嫌な予感がする。

ドルクのこの手の勘は、残念ながら外したことが無い。




会わなければ。今すぐ、探し出さなければ。




ドルクは走って、魔術師棟を出た。


その後ろ姿を見ながら、一人残された男はローブを外す。

出てきたのは、この国で一番の権力者の顔。


「フェル、お前はもっと、人を頼るべきだ。・・・できれば俺を、頼ってほしかったがな」

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