6.
ちらりとですが、不妊についての記述があります。
魔術に因るものですが、気になる方はご注意ください。
(・・・・・・・・・・・・・・・・の1個目と2個目の間の文章内にあります)
最初に気付いたのは、おなかがすいていないことだった。
魔力が開花して倒れ、二日ほど眠り続けていたというのに。
それは開花の影響なのだろうと気にしないでいたら、今度は眠れないことに気が付いた。
そういえば、トイレに行きたくもならない。
何か嫌な予感がして、相棒のテンに聞いてみても、そんな事例は聞いたことが無いという。
とにかく、魔力が開花した者は王都に行く決まりがある。フェルも旅支度を整え、出発した。
1週間ほどが経って気付いた。
爪が伸びていない。
相変わらず、食べ物も飲み物も必要としない。睡眠すらも。
自分の体が、何か得体のしれない物になってしまった気がする。
ある日、テンがぽつりと言った。
『フェル。キミの体は、時が止まってしまったようだ』
・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・そう簡単にはいかないか」
城の地下にある、物置と化した部屋で、フェルは独りごちた。
ずいぶん前に諦めた探し物を、先日再び始めたところだったが、そう簡単に物事は進むわけもなく。
ここ数日は夜通し探しているが、手掛かりになりそうなものは何も見つかっていない。
「そろそろ時間かな」
埃っぽい部屋から出て、フェルは浄化の魔法をかける。
そのまま、国王の私室に赴いた。
ドアの前の侍従に顔パスで案内してもらう。
部屋の主はのんびりソファに座って、お茶を飲んでくつろいでいた。
「来たか。フェルも飲むか?」
「いらない。もったいないから」
「そうは言うが、祝勝会の時には相当酒を飲んだんだろう?」
「『たまには祝勝会にも顔を出せ』って言ったのはそっちじゃない。ああいう場では飲まない方が浮くの」
さっさと向かいのソファにゆったりと座る様は、どちらが部屋の主か分からなくなるほどなじんでいる。
「最近、うまくいってるようじゃないか」
紅茶のカップを優雅に傾けながら、ミハエルが切り出した。
「何が?」
「裏庭の逢瀬。黒の団長に春が来たと騎士たちが騒いでおったよ」
「・・・まあ、前よりは近付けたけど。ただのお喋り仲間、ううん、魔術のことを気軽に聞ける先生くらいなポジションね」
「それでも、嫌いなやつとは話すまい」
「・・・まあ、ね」
最初は、少しでも話ができればと、体当たりでぶつかってみた。
案の定、迷惑がられたが、ドルクは攫われたフェルを心配してくれた。
他人の心無い言葉に傷ついていることにも、気付いてくれた。
そうして、二人で話す時間を手に入れた。
ドルクと過ごすあの時間はとても穏やかで、フェルにとって大変居心地がいい。
色気は全くないが、魔術の話を聞いている時のドルクは目がキラキラと輝いており、かなり可愛いとフェルは思っている。
でも、本当はもっと近付きたい。
手を繋ぎたい。抱き締めてほしい。好きだと、自分だけだと、言ってほしい。
ドルクに、一人の女として見てほしい。
しかし本気でそうアプローチするためには、まだ越えなければならない壁がある。
大きな、とてつもなく大きな壁。
ソファに沈み込みながらため息を吐く魔女に、国王は本題を持ちかける。
「だから、自分にかけられた魔術を解く方法を探しているのか?」
「・・・気付かれてたか」
「当たり前だ。これでも国王だからな」
わざと偉そうに言ったミハエルに、フェルは弱弱しく笑みを向ける。
「見つかるか、分からないんだけど・・・。今のままじゃ、ドルクの隣に立つことはできないから」
「・・・そんなことはないだろう?」
「あるよ。見た目の問題もそうだし、同じ時を生きられないのもそう。それにきっと・・・今の私は、子を成せない」
「・・・本当に?」
驚きを隠せず問う国王に、魔女は「たぶん」と言った。
「試したことないから分からないけど。食べ物すらなかったことになっちゃうのに、子種をもらったところで実るわけがないでしょ。そもそも月の物が無いし。その前に、この体に欲情しないか!まともな男は」
あえて明け透けに軽く語ってはいるが、それは逆にフェルの不安の強さを表していた。
「子がいなくとも、幸せに暮らしている夫婦はいるぞ」
「知ってる。でも、夢だったんだ。好きな人と一緒になって、その人の子を産んで・・・。昔々に見た、夢。それに、子ども云々は置いといても、時が止まっている私は、ドルクと共に老いることはできない。また、見送ることになるでしょう?」
「フェル・・・」
「何かきっと、あると思うんだ」
まっすぐミハエルを見つめるその金茶の目は、不安に塗れながらも、まだ諦めていない。
「・・・もし、元に戻ったとして。お前を、あいつが受け入れるかは分からんぞ」
「それは、分かってる」
「もしその時は・・・俺のところに来い。側室の席は空けてある」
「・・・は?」
いきなり飛び出た誘いに、思い切り不敬な返しをしてしまったが仕方ないだろう。それくらい、国王の言葉は突拍子もなかった。
「いやいや何言ってんの。私、王妃様と争う気さらさらないし。って言うかあんたのこと好きじゃないし」
「そうか。私は好きだぞお前のこと。何せ初恋の人だからな」
「ああ、そう言えばその手の冗談、昔はよく言ってたよね。もういい歳になったんだから、そう言う軽率な発言は控えてください王サマ。今日の用はそれだけ?だったら私、行くね。まだ探したい所があるの」
そう言うと時の魔女は、さっさと立って扉を開けて出て行ってしまった。
「冗談じゃ、ないんだがな」
一人残された男は、ぬるくなった紅茶を啜りながら、初恋の人が出て行った扉を見つめた。
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昼夜問わず、フェルは探していた。
自分にかけられた魔術を解く方法を。
魔力が開花した日。あまりに膨大な魔力は暴走し、危うく持ち主であるフェルをも滅ぼす勢いだった。
テンが急いで契約をし、魔力をすべて時魔術に変換した。そこまではよかった。
暴走した魔力はおさまらず、フェルの体を直撃した。
そうしてフェルの体の時は止まった。
正確に言うと、時が進まなくなった。
開花したあの時点から、フェルに何か異常があると、自身の魔術で勝手に時を戻してしまう。
例えば、ご飯を食べたとき。怪我をしたとき。髪の毛が伸びたとき。
体はそれを【異常】と判断し、開花した時の状態に体を戻してしまうのだ。
つまり、常に魔力によって、フェルの体はある一定の状態に自動で戻るようになっている。
幸いだったのは、精神まではそこに影響されなかったことだ。
新しく学んだことまで【異常】と判断されていたら、生活することもできなかっただろう。
あくまでこの魔術は、フェルの肉体面にのみ働くらしい。
フェルの桁外れな魔力量により、この尋常では無い魔術も成り立ってしまっていた。
普通の魔力量なら、生き物の時間を戻すなど、たった一度でも難しいだろう。
「あとはあれね。契約相手が時の精霊でよかったよ。火とか水とかだったら、私の体はどうなってたか・・・。もしかしたら、自分の体におさまらなくて、村ごと火の海とかだったかもしれないしね」
冗談めかして傍らの精霊に話しかけるが、いつもと違い何も言い返してこない。
目を向けると、どこかぼんやりとしているテンの姿があった。
「テン?どうしたの?」
『ん?ううん、なんでもないヨ』
「もう疲れた?テンは休んできていいよ」
フェルの体は疲れるということがない。
新しくたくさんの知識を詰め込んだ時は、頭がパンクしたような気持ちにはなるが、それは心の問題であって、体が疲れているわけではない。
睡眠は必要ないし、眠りに落ちることはできない。
だから、300年間ずっと、夜が長かった。
精霊であるテンは、人間のような生活リズムがあるわけではないが、やはり睡眠は必要なようで、時折フェルと離れ、どこかで眠っているようだ。
おそらく、眠れないフェルに悪いと持っているのだろう。テンは、フェルの前では眠らない。
『フェル・・・』
「ん?何?」
『本当に、普通の体に戻りたいノ?』
「・・・戻りたいよ。ずっと、ずっと戻りたかった」
『前も、解除の方法を探してたけど、こんなに真剣じゃなかったヨ。うーん、真剣だったけど、ここまで鬼気迫ってなかったヨネ。・・・黒のアイツのせい?』
テンの言うとおりだった。
フェルは昔、解除の方法を探したことがある。
それは、初めて持った弟子の死がきっかけだった。
我が子のように思っていた弟子が死んだとき、強い喪失感と、「これからずっと誰かを見送っていくのか」と言う恐怖に駆られ、元に戻る方法を探した。
しかし、どんな魔術書を読んでも、どんなに名高い魔術師に会っても、そんな魔術は聞いたことが無く、誰も解呪の方法を知らない。
結局、その時は諦めたのだ。
もしかしたら何かの拍子に、戻れるんじゃないかと淡い期待をして。
もちろん、そんな奇跡は起きず、今まで長い生を生きて来たわけだが。
「・・・初めてなの」
『何が?』
「初めて、ドルクは私を見てくれた。初めて、普通に話してくれた。【時の魔女】じゃなくて、私に。300年も生きてきて、初めてだったの。だからきっと、この人を逃したら、もう二度と、そんな人には会えない気がする」
『・・・』
「それに。もう、この国のために十分やれることはやったもの。そろそろ、自分のことだけを考えて生きたいの。・・・我儘かな」
『フェルは、自己犠牲が過ぎるヨ。そんなこと、我儘のうちにも入らないデショ。・・・ねえフェル、もしかしたら元に戻れるかもしれない』
散々望んでいたはずなのに、突然告げられた言葉の意味を、フェルは瞬時に理解できなかった。
ぱちぱちと瞬きをしてようやく、テンの言葉が浸透する。
「え・・・本当に!?」
『その代わり』
テンは、すっと飛んできて、フェルの顔の前で止まった。
その目は、まっすぐに相棒の目を見つめている。
『死ぬかもしれない。それでも、その方法を、試す気はある?』