3.
少し間が空いてしまいました。
すみません!
お楽しみいただけたら嬉しいです。
彼女が生まれたとき、精霊たちの間では、それはそれは噂になったものだ。
『ねえねえ、昨日生まれたーーーーーのところの女の子、すっごい魔力持ちになるよ!』
『私も見に行った!あれはすごいね、500年に一人の逸材じゃない?』
『いやいや、俺の見立てでは、今までに類を見ない魔力量だよ』
『なんにせよ、開花するのが楽しみだね』
人間はある程度の年齢になると、突然魔力が開花する。人間側からすると、『ある日突然』魔力持ちになるのだが、精霊たちは、生まれた瞬間からその人物が魔力持ちになるかどうか分かる。
しかし、そんな精霊たちにも、将来有望なその子がこの後どんな目に遭うかは分からなかった。
そう、誰も想像し得なかったのだ。魔力が強すぎることが引き起こした悲劇を。
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「これが、先の戦の報告書で、こちらが今度行われる騎士団合同演習の計画書です」
ヴェルゼイが差し出してきた書類を見て、団長室の椅子に座ったドルクはうんざりとした顔をした。
「またやるのか・・・金はともかく、銀は黒の騎士団とまともにやる気はないだろう?意味あるのか?」
「そうですね・・・部下たちにとっては、演習と言う大義名分を得て、普段溜まっている不満を直接相手にぶつけてストレスを解消できる絶好の機会なのですが」
「それで俺の方に文句が来るんだからな。部下のストレスは減っても俺のストレスは増えるばかりだ」
カリム王国には、3つの騎士団がある。一つは、王宮警護や王族の護衛が主な任務の金の騎士団。もう一つは、貴族の子弟たちで構成される銀の騎士団。そして最後が、ドルク率いる黒の騎士団。
金の騎士団は、その任務の重要性もあって、身分もさることながら実力も重視されており、平民のドルクにとって付き合いにくい相手であることには変わりはないが、気の悪いやつらではないと思っている。
黒の騎士団は、騎士とはついているが平民の荒くれ者の集団に近い。城下町の警邏や土木作業の手伝い等、騎士らしくない仕事も幅広く請け負う。気性は荒っぽいが、根はいいやつばかりで、町に根付いた任務が多いため、城下町の人々からは慕われている。
もちろん、先の戦では、前線に出て戦った。そういう、危険で泥臭い仕事は、すべて黒に回ってくる。
問題は銀の騎士団だ。
跡取りにはならない、貴族の次男や三男などが集まった騎士団なのだが、いかんせん身分主義思想が強い。早い話が、ほぼ平民で構成されている黒の騎士団を下に見てくるのだ。
そのくせ、実力は大したことが無い。きちんと実力があれば、金の騎士団に抜擢されるからだ。つまり、銀の騎士団は、金になる実力のない、なりそこないの集団なのである。当然、任務内容も、ぬるいことばかりしている。
そんな3騎士団の合同演習を思い、ため息を吐く団長に、優秀な副長は新たな書類を一枚差し出した。
反射的に受け取ったドルクは、一番上の文を読んで声を荒げる。
「なんじゃこりゃあっ!」
「何って、フェル・テンプス様の調査書ですよ。仮にも黒の騎士団団長に近付いてますからね。一応、調べさせてみました」
「余計なことを・・・」
確かに、急激に距離を詰めてくる人間には裏があるかもしれないことは、ドルクにも分かる。仮にも騎士団団長だ。政治的な思惑で近付く者もゼロではない。
が、これはそんな真面目な話ではない。
今まで商売女以外に相手にされてこなかった上司に熱烈アタックをする奇特な女性について、ヴェルゼイ自身が興味を持ったから、勝手に調べたのであろう。
フェルと言ったら、あの祝勝会の翌日から毎日毎日突撃してきて「ワタクシとお付き合いしてください」と鬱陶しいことこの上ない。
仕事の邪魔だけはしたことがないが、逆に言うと仕事をしていないときは常に寄ってくるのだ。正直、面倒くさい。
さっさと捨てればいいものの、目の前にあるとつい目が文章を追ってしまう。
その中に、気になる単語を見つけ、つい声を出してしまった。
「年齢、300歳以上・・・?」
「あまり女性の年齢を知って驚くのは如何なものかと」
「だってこれ・・・本当か?」
「さあ。記録を辿るとそうなるというだけです。もしかしたら、代替わりして、名を継いでいっているのかもしれませんし。ああ、あと別件が。最近、団長の周りをちょろちょろと目障りなネズミが」
「ああ、それは気付いていた」
気付いたのはフェルといたとき。どこからか視線を感じたのだが、そんなことが数回続いた。
こんな仕事をしているため、恨みはごまんと買っているのでこういったことは日常茶飯事だ。
ただ、今回のは殺気がないため、とりあえず放置していたのだが。
「まだ調査中ですが、ソブリュート家の者ではないかと」
「・・・何・・・?あの腐れ貴族のか?」
副長が挙げたのは、国内でも悪名高い伯爵家の名だ。証拠がないために捕まえることができないが、裏で様々な悪事に一枚かんでるともっぱらの噂である。
「ええ。確証は得ていませんが」
「・・・あまり俺とは関わりはなかったはずだが。引き続き、調査を頼む」
「分かりました。少し休憩にしま、」
「ドールークーさーまっ!」
ばぁんとドアが勝手に開き、残念ながら見慣れてしまった少女が、いつもの野暮ったい、魔術師のフード姿で飛び込んできた。
慌てて、今見ていた書類を他の書類の中に紛れ込ませる。
「邪魔。帰れ」
「いやですわ冷たいですわ!句読点入れても5文字なんて寂しいですわ!もっと構ってくださいましっ!」
「ウザい。消えろ」
「あ、2文字増えましたわ!」
少女特有の高い声でキャーキャー騒がれ、ドルクは余計に精神が疲労するのを感じた。
「毎日毎日、人が休憩取ろうとすると押しかけて来やがって・・・国家魔術師ってやつはそんなに暇なのか!?」
「ワタクシ、国家魔術師ではないんですのよ?王様と直接契約をしてるので。そんなわけで、国家魔術師のように、時間に縛られることなくドルク様のところに馳せ参じることができるのでございます!」
「全っ然うれしくねぇよ・・・!なんだよ直接契約って・・・!」
道理で、いつでもどこでも現れるわけだ、と理解する。
普通に働いている国家魔術師なら、こんなには自由に出歩けないはずなのだ。魔術師にしかできない仕事が山のように溜まっていると、もっぱらの噂だから。
「あんた、すげぇ魔術師なんだろ?こんなところで油売ってないで、もっとやることあるんじゃねぇのか?」
「ここに来ること以上に大切な用事なんてありませんわ!それに、雑事は弟子がきちんと済ませているはずですし」
そのころ魔術師棟では、師匠にすべてを押し付けられた哀れな弟子が、唸り声を上げながら仕事をこなしていた。
「そんなことよりドルク様!今日こそ仰ってください!ワタクシと交際すると!」
ずいっと迫るその顔は、どう見ても幼い少女のそれで。
しかし、先程の調査書に書かれていた年齢を思い出し、疲労も相まってドルクはイライラとした気持ちをそのままぶつけた。
「いい加減にしろよ。俺をからかってるのか?本当はあんた、300歳以上なんだろ?なんでそんなナリしてるんだよ。あんたの趣味か?生憎、俺の趣味には合ってねぇが」
「いえ、この姿は、私本来の・・・」
「何が本来だよ。魔術ってのは便利だよなぁ。好きな見た目に変えられるんだろ?せっかくなら俺好みな女になってきてくれりゃあいいものを」
フェルの顔色がさあっと青ざめたことに、ドルクは気付かずまくし立てる。
「300年も生きてるんだもんな。変化を解いたらよっぼよぼのばばあが出てくるんじゃねえのか?」
「団長、それは言い過ぎです!」
見るに見かねて、控えていたヴェルゼイが口を出してきたが、すでに遅かった。
フェルは扉に背を向け、走り去ってしまった後だったのだ。
「団長」
「んだよ。いい加減、ウザったくなってたところだったんだからちょうどいいじゃ、」
突如。
強い殺気に体が震え、放たれた方向を見るも、そこには何もなく。
しかし殺気は間違いなく、そこから出ている。
二人ともが1ミリも動けないままでいると、ふっと空気が軽くなり、殺気が消えた。
「・・・何だったんだ、今のは」
「さあ・・・?とにかく、女性にあれは大変失礼です。謝ってきてください」
「はぁ?なんで俺が」
「アンタのせいなんだから当然でしょうが。今頃、どこかの隅で泣いてるかもしれないですよ?」
蹴り出されるように団長室を追い出され、仕方なく魔術師棟に向かう。
フェルの行く先など分かるはずもなかったが、他にいそうな場所が思いつかなかったのだ。
黒の騎士団の部屋から魔術師棟は、城を挟んで反対側にある。
「何で俺が謝らなきゃいけねぇんだよ・・・!」
徒歩では意外にかかる道のりを、ぶつくさと文句を言いながら歩く。
城の敷地内では役人やら侍女やら騎士やら、様々な人物が入り乱れている。ここまで多いと、いくら護衛がいると言っても王族は危険ではないかとドルクなどは思うのだが、そこは問題ないらしい。
王族に強い悪意を持っていると、フェルの結界に阻まれて城内に入ることはできないと、先程の報告書に書いてあった。何も仕事をしていないわけではなかったらしい。
何気なく周りを見ると、城門に向かって行く荷物を積んだ馬2頭を見つけた。
よく王族お抱えの商人が、新商品を売り込みに来ているので、おそらくその類だろう。乗馬している男たちも、商人風の格好をしている。
しかし何か違和感を感じ、ドルクは立ち止まって注視した。この手の勘は、無視しないほうがいい。
「荷物・・・」
馬に乗っているものは、かなり大きな袋が一つ。細長いものを、抱えるように持っている。
「商売に来たのに、あれだけか?」
ドルクが見ていることに気づいたのだろう。慌てたように、二人の男が二頭の馬を操って、走り出した。
その時、急ぎすぎたせいか、荷物の位置がずれた。落としそうになり、慌てて抱え直した袋から見えたのは、ドルクにとっては最近お馴染みになってしまった銀髪だった。
それにあてはまる人物は、この国では一人だけだ。
「あいつ・・・強い魔術師じゃなかったのかよ!」
男たちを追いかけようとするが、さすがに馬相手では追いつけるわけがない。騎士団から応援を呼ぶことも考えたが。
「ここからなら、魔術師棟の方が近い!」
確か、弟子がいると言っていたはずだ。魔術師に協力を仰げば、居場所も特定できるかもしれない。
「ったく、手間かけさせやがって!」
ついた悪態は、しかし嫌に緊張を孕んでいて、ドルクの余裕の無さを表しているかのようだった。