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10.

気が付いたら、私は真っ白な世界にいた。




【いた】という表現はおかしいかもしれない。だって、自分が存在しているという感覚がまるでない。

空間に漂っているような、真っ白な世界そのものが自分のような、まるで目をつぶって思考を巡らせているような感覚に近い。


私はいったいどうしたんだっけ?

確か、結界に魔術をかけようとして。


『それで、魔術は成功。結界は、フェルの魔力全てを纏わせ、自動修復機能が追加された』


そうだった。

私の体と同じ魔術を、結界にかけたのだ。

時間が経ったり攻撃を受けたりして弱くなったら、自動的に時魔術でフルパワーの状態に戻るようにと。


『・・・結界修復するなら、時魔術じゃなくてもいいと思うけどネ』


うーん、それも考えたんだけど。あれ、光と闇の混合魔術だから、自分でコントロールしないと不安なんだよ。それに・・・。


『それに?』


人生最後の魔術になるかもしれないから、やっぱり、時魔術がいいなって。それにほら!これでうまくいったら、私がこんな体になった意味も少しはあったのかなって思えるからさ。

・・・あれ?テン、姿が見えないけどどこにいるの?


『ボクはいるヨ。ただ、フェルの心に直接話しかけているから、姿が見えないダケ』


うん?よく分からないなぁ。

・・・ああ、やることやったら眠くなってきちゃった。

無事結界も強化できたし、思い残すことはないよ。そろそろ、ゆっくり寝ようかな。


『・・・・・・ナイの?思い残す事』


ないよ。だって300年も生きてたんだもん。もう十分だよ。

今なら、ぐっすり眠れそうな気がするんだ。


『フェル、フェル、ダメだよ。思い出して。どうしてこんな魔術を使ったのか。どうして君が、今、こんな行動をしたのか』


ん~?そろそろ、死にたかったから、じゃないかなぁ。

・・・ああ、体が、重くなってきた。


『フェル!真名を、真名を返すから!・・・フェル・テンプスが真名、【フェリシア】。今、本来の持ち主に返す。・・・・・・どうして!?真名を返したのに、フェルが起きない!フェル!フェリシア!・・・ダメだ。精霊(ボク)が呼んだところで、真名は本来の力を取り戻さない。どうしてボクはいつも・・・!』


テン?・・・ど、したの?泣いて、るの?


『・・・フェル、ごめん。ボク、時の精霊なのに、フェルの魔術、解けなかった。何もしてあげられなかった。今だって、何も・・・・・・!精霊なのに、ボクは無力だ・・・』


・・・そんなこと、ないよ。


『でも、』


ずっと、一緒に、いてくれた。300年も、ずっと。・・・楽しかった。うれしかった。ありがとう。


『フェル・・・。フェル!絶対に、絶対に死なせない!ボクの相棒、唯一のパートナー・・・』


テンの気配が遠ざかる。

にぎやかな相棒がいないと、私の世界はこんなにも静かだ。




真っ白で、静かで、誰も何もいない空間。




どれくらいの時間が経ったのだろう。

それは、一分にも、数時間にも感じられる時間の後。


ふいに、体に温かさを感じた。

白い静謐な世界に入り込む、熱と声。


声・・・?




「おい、フェル!フェル!・・・あんた、このまま死ぬ気じゃないだろうな!俺との約束はどうする気だよ!フェル!」




ああ、誰の声だっけ、この声。

低くて男らしい、大好きな声。


思い出したいのに、思い出せない。

忘れている、大切なこと。


「フェリシア・・・?フェリシア、おいフェリシア!目を開けろ、フェリシア!」


ふぇりしあ。

フェリシア?


私の名前。

私の本当の名前。




大好きな声に、本当の名前を呼ばれて、私は唐突にすべてを思い出す。




起きなきゃ。

起きて、きっと心配しているであろうあの人を安心させてあげなきゃ。

ティムにも迷惑かけちゃったし、ミハエルだってきっと気にしてる。

そう、こんなところで寝てられない。




『もう、大丈夫だね』


テン?


『もう、ボクがいなくても大丈夫だ、フェル。いや、フェリシア。大切な人を、思い出したのなら』


テン。テン。

あなたのことも大切なの。大切な、私のパートナーだよ。


『知ってるよ。でも、キミは魔術よりも何よりも、大切なものを見つけたでしょう?だから、今度はそれと共に生きて』


テン。


『大好きだよ、フェル。ボクは、君の幸せを、ずっと祈ってるから』




真っ白な私の世界が、光り輝く。

その眩さは、遠い遠い昔にも一度、見たことがある。




輝く光の中、テンがこちらを見て、ニカッと笑った、気が、した。




・・・・・・・・・・・・・・・・




「・・・シア!フェリシア!フェリシア!」

「・・・ん・・・?ひゃあっ!」


ゆっくりと目を開けると、すぐ目の前にドルクの顔があり、フェリシアは状況が呑み込めずに驚きの声を上げた。


「え、ドルク・・・?」

「気が付いたか!・・・この、このっ・・・!」


今にも怒鳴らんばかりのドルクが急に、くしゃりと顔を歪めた。


「え、ドルク、大丈夫?どこか痛いの?怪我した?」

「それはこっちのセリフだ馬鹿野郎!あんな冷たくなって・・・本当に、死ぬかと思ったんだからな・・・!」


ぎゅうっと抱きしめられ、肩に顔を埋められる。

抱き締める強さとは裏腹に、細かく震えていることに気付き、フェルの心は申し訳なさと共に嬉しさで満たされた。


「ごめん、ドルク。心配かけたよね。もう二度としない」

「当たり前だ馬鹿野郎!」


くぐもった怒鳴り声は少し濡れていた。

ドルクの頭を撫でようと腕を上げたとき、フェリシアは自身の変化に初めて気が付いた。


「・・・髪・・・」


呟きが聞こえたからだろう。ドルクも顔を上げた。目が潤んで、鼻が少し赤いのはあえて指摘しない方がいいだろうと、フェリシアは心の中だけで思うことにした。


「さっき、あんたの名前を呼んでいるときに突然変わったんだ」

「ああ・・・懐かしい。私、元はこの色だったの。魔力が強すぎて、髪の色まで変わっちゃって」

「あの銀髪、生まれつきじゃなかったのか。・・・キラキラして綺麗だったけどな」

「ふふ、目立って嫌だったよ。・・・そっか。元に戻ったか」


本当は、目覚めたときから気が付いていた。今まで自分を取り巻いていたものが無くなっていること。自分の周りに確かにいたはずの、にぎやかな存在がいなくなっていること。




本当に、魔力が無くなったらしい。




「・・・ねえ、この色はダメかな?」


ありふれた茶髪を少し摘んで見せると、フェリシアの頭なら鷲掴みにできそうな大きな手が、髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。


「バーカ。お前の色なんだろ?・・・似合ってる」

「ドルク・・・」

「ほら、さっさと降りるぞ。弟子の野郎が心配してるからな。あとあんた、弟子の躾はもう少しきっちりやっとけよ。急に攻撃してきたぞアイツ」


早口で言いたてるドルクの頬が赤く染まっている。

それを見て可愛いと思うのは、おそらく自分だけだろう。


「あ、じゃあ魔術で・・・」


言いかけて、慌てて口を閉じる。

もう、使うことはできないのに。


「ごめん、なんでもない。さ、行こうか」


歩き出そうとすると、ドルクに肩を掴まれた。


「え?」


そのままぐるんと視界が回ったかと思うと、すぐ上にドルクの顔があった。普段なら、身長差でそこまで近くなることはないはずなのに。


「え?え!?」

「さっきまで死にかけてたんだ。おとなしくしてろ。暴れたら肩に担ぐからな」




どうやら、ドルクに横抱きにされているらしいとフェリシアが気が付いたのは、ドルクが危なげなく階段を降り始めてからだった。




・・・・・・・・・・・・・・・・




「痛っ!」

「おい、またか!」


包丁を置いて指を口に含むと鉄の味が広がった。


「バカ、まずは水で流せ!」


無理矢理手を引っ張られ、水道で傷口を洗う。最近すっかりフェリシア専用となった救急箱から消毒薬と小さな包帯を取り出すと、ドルクは慣れた様子で手当てをし始めた。


「まさか、あんたがこんなに料理が下手とは思わなかった・・・」

「ドルクは上手だね」

「上手っつーか、戦場だと自分たちで飯も用意するからな。嫌でも慣れる。・・・もう少し気を付けろよ。傷だらけじゃねぇか」


ドルクの言葉通り、フェリシアの両手にはすでにいくつもの治療中の傷があった。両手だけではない。両ひざも転んですりむいているし、脛はぶつけて青痣ができているしで、フェリシアはかなり満身創痍だった。


「いやー、今まで勝手に治ってたから、怪我とかって注意する必要が無くって・・・」

「頼むから!もう少し!注意力っつーもんを持て!!」

「はーい、ごめんなさい・・・」




結局あの後、下まで降りたフェリシアを待っていたのは愛弟子との感動の再会・・・ではなく、横抱きのまま現れた師匠に対する心底嫌そうな顔をした弟子の姿だった。

それはまるで、両親のラブシーンを見てしまった思春期男子のような反応で、「このまま帰って寝ていいっすか?」と一人だけ離脱しようとしたほどだ。

なんとかドルクが宥めて、魔術でミハエルと連絡を取ってもらい、フェリシアの体を心配したドルクとミハエルにより、フェリシアは王宮の客室に強制収容。

翌日は宮廷医師やら国家魔術師やらに念入りに体を調べられ、【何の変哲もない魔力無しの健康体(少し痩せ気味)】という診断をもらってようやく部屋から出してもらえた。と言っても、どこに行くにもドルクがついてきたが。

銀髪ではなくなったフェリシアが【時の魔女】フェル・テンプスだと気付くものは誰もいなかった。しかし、【時の魔女】時代におこなってきた様々なことにより、妬みやら嫉妬やら逆恨みやらを買っているのに、今のフェリシアは身を守る術をもたない。そのため、常に護衛が付いた方がいいという結論になり、しばらくはそのまま王宮生活。

数ヶ月も経つころ、ようやく国王からお許しが出て、フェリシアは王宮を出られることになった。

しかし、やはり一人にしておくのは心配だと、あれよあれよという間に今度はドルクと同居することに。

これに関しては、ドルクが嫌がると思ったのだが、その決定を聞くなり「妥当な判断だな」とあっさり受け入れ、フェリシアの方がまだどこかで、これは自分に都合のいい夢なんじゃないかと疑っているというありさまだ。

こんな時ばかり無駄にやる気になるミハエルにより、城下町に二人で住むのには少し広めの家を用意され、今はそこでドルクと二人で住んでいる。

最初の頃こそ、報復を心配して、ドルクは一歩もフェリシアを外に出してくれなかったが、フェリシアに誰も気付かないと分かると、日常の買い物くらいは外出するようになった。


「だから言ったでしょ?大丈夫だって」

「そうは言ったって、髪の色以外は同じなんだから気付くだろ?」

「気付かれないよ。そもそも、【時の魔女】フェル・テンプスの顔を真正面から見た人なんて、ミハエルと、ドルクと、ティムくらいなんだから。あとは気付いて、黒の副団長くらいでしょ。みんな、恐れ多いのか目なんて合わせてくれなかったし、後はローブのフード被ってることも多かったからね」

「まあなんにせよ、危険が少ないのはいいことだ。・・・だからって油断するなよ?お前は今は魔術が使えないんだから」

「分かってるよ」


あのにぎやかな相棒も、体を巡っていた魔力も、今はもう何も感じない。


でも、それでも。


「ねえドルク」

「あ?」

「私ね、今まで生きてきて、今が一番幸せだよ」


そう言って魔女だった少女は、心の底からの笑顔を見せた。




・・・・・・・・・・・・・・・・




今より、ほんの少し昔のこと。

ここカリム王国に、時の魔女と呼ばれる偉大な魔術師がいた。

魔女は、今までの誰よりも強い魔力を持ち、いくつもの属性の魔術を操る、大変強い魔術師だった。




しかし、魔女は彼に出会い、恋をした。

全てを捨ててもいいと思えるほどの恋だった。

だから、彼女は捨てる決意をした。

今まで自分を守ってくれていた【魔術】そのものを。




そうして魔女は、ただの少女になった。

少女は無力なただの少女だが、それでも彼女は幸せだった。


恋した彼と共に生きる。

それこそが、彼女の長年の願いだったのだからーーー。

本編完結です。


一応おまけを予定していますが、いつ投稿できるか分からないので、一度完結設定にしておきます。

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