1.
新しく連載始めます!
今回は見切り発車です。
最後まで頑張ります!
今より、ほんの少し昔のこと。
ここカリム王国に、時の魔女と呼ばれる偉大な魔術師がいた。
魔女は、今までの誰よりも強い魔力を持ち、いくつもの属性の魔術を操る、大変強い魔術師だった。
しかし彼女が『魔女』と呼ばれたのは、それだけが理由ではない。
彼女は年を取らなかった。
いつまで経っても、少女のままの姿なのだ。
そうして、その魔女は、300年もの長い時を生きていた。
彼に出会う、あの日まではーーーーー。
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「みーつけた!ドルク様っ!!」
「うげっ」
可愛らしい声とともに背中に衝撃を受け、ドルクはつい叫び声をあげた。が、それくらいの衝撃で倒れるほどやわな鍛え方をしているわけではない。ただ、飛びついてきた相手が問題なのだ。
「あぁん!さすが黒の騎士団団長ドルク様!私が全体重をもって押し倒そうとしてるのに、びくともなさらないんですのね!」
「おいお前いい加減にしろようっとうしんだよ毎日毎日」
背中にひしっとしがみついている人物の首根っこをつまみ上げ、自分の目の前に持ってくる。
目が合うと、染めた頬に手を当てた奴にそっと視線を逸らされた。
「いやですわ、そんな熱い目で見ないでくださいまし・・・」
「見てねぇよ迷惑だって言ってんだろうがふざけんなよ仕事の邪魔だ」
「あら、今は休憩中だと副長にちゃんとうかがってから参りましたのよ?」
「ヴェルゼイ・・・あの野郎・・・!」
ドルクの脳内にはいつもニコニコ笑みを絶やさない、一見すると優男風だがその実誰よりも腹黒い副長の顔が浮かんだが、今目の前の人物にそれを言っても仕方がない。
「休憩中だろうが何だろうが迷惑だ。とっとと魔術師棟に帰れ」
「いやですわ!ドルク様がわたくしとお付き合いすることに同意してくださらないと帰りません!」
「誰がするか!」
つい大声を上げたドルクを見て、びくっと体を震わせるのが見えた。いくらなんでも女に大声を出すのはまずかったか、とドルクが反省しかけたところで、
「す・て・き・・・」
「は?」
女、といっても見た目は少女が、両手を組んで目を潤ませながらドルクにずいっと迫ってきた。
「今の怒鳴り声!痺れますわかっこいいですわ!低くて渋いいいお声が、おなかにずどんと響きますわ!やっぱりあなたが私の運命の人!だからお付き合いいたしましょう!ね?ね??」
ぐいぐい迫ってくる少女に、ドルクはついにブチ切れた。
「いい加減にしろ!おととい出直してきやがれ!!」
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「いやー。今日も頑張ってますねーフェル嬢は」
「あいつに嬢なんてつける必要ねぇだろうが。ったく、毎日毎日絡んできやがって・・・」
休憩時間をつぶされ、いらいらしながら団長室の執務机に乗った書類を手繰る。
体を動かすことは得意だが、こういう書類仕事は全然分からない。
剣の腕だけではなく頭も切れる副長がいなかったら、黒の騎士団は壊滅していただろう。
「そもそも、最初に絡んでいったのは団長のほうですからね?」
「分かってるよ。ちくしょう、時間を戻せるなら戻してぇよ。まさか、こんなことになるなんてな・・・」
それは先日の、戦の祝勝会でのこと。
十数年という長きにわたっていた隣国との小競り合いがようやく終結し、国王から祝いの宴席が設けられたのだ。
久々のめでたい席に、気が緩んだのだろう。そこでドルクは、多少飲み過ぎてしまった。
そしてたまたま、端の席に座ってちびりちびりと酒を傾ける、頭からローブを被った小さい人影を見つけたのだ。
「おいお前、ガキはジュースでも飲んでろ」
こちらからはローブで表情が見えないが、どう考えてもその体の大きさでは大人とは言い難い。
しかしドルクの声を聞いても、その子どもはふいっと顔を逸らし、またちびりちびりと飲み始めた。
「おい。お前だよお前。ちゃんと年長者の話は聞けよ!」
グイッと肩に手をかけると、はずみでフード部分が取れ、見事な銀髪が見えた。
「銀・・・?」
「隊長!こんなところでいたんですか!酔ってふらふらしないで下さいよ・・・って、えええ!」
探しに来たヴェルゼイが、目の前の銀髪とドルクを見、素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと団長!誰に絡んでるんですか!よりにもよって・・・。あの、申し訳ありません、フェル様。うちの団長がご迷惑をおかけしたのでは・・・」
急にへこへこと頭を下げ始めた部下を見て、ドルクは面白くない気持ちになった。
確かに、銀髪の人間など見たことはない。この国の人間はたいてい茶色かこげ茶、黒だ。
だが、そこまで媚びへつらうほどのものではないだろう。
「なんだよヴェルゼイ。誰だコイツ」
「ちょっと黙っててくれますか団長。申し訳ありません、本当に。教育がなってなくて・・・お恥ずかしい限りです」
「おいヴェルゼイ」
「すみません、酔っぱらいの戯言だと思って、水に流してくれると助かります」
「おいってば」
「うるさいですよ団長!アンタのせいで謝ってるんだから少しは黙っててくださいよ!」
「だって誰なんだよコイツ」
その時になってようやく、ドルクは相手の顔を見た。
見事な銀髪の間から覗く顔は、まだあどけない。どう見ても子どもだ。
くりっとした目、小さい鼻、赤く色づいた唇、ほんのり桃色の頬・・・可愛らしい少女である。
「あんた、なんでこんなところにいるんだ?」
「団長少し黙っててくれますかマジで」
「だってこんなガキがいるところじゃねぇだろここは。誰かの身内か?」
「だから!このお方が、今回の戦の立役者、偉大なる時の魔術師フェル・テンプス様ですよ!」
ババーン、と音が聞こえそうなほど大仰な手ぶりで部下が目の前の少女を紹介したが、酔ったドルクにはいまいちピンと来ない。
「魔術師?このちんまいのが?」
「いい加減その口縫い止めてあげましょうか団長」
「ちょうどいいや。俺は常々、魔術師に一言モノ申したくてたまらなかったんだ」
「ちょ、何言う気ですかマジでやめてくださいよ」
手近なイスを引いて少女の前に座るが、特に表情を変化させることなく、一言も発さず、相変わらずちびりちびりと酒を飲んでいる。
「何だよその態度は。俺はな、魔術師ってやつが大っ嫌いなんだよ」
「うっわ初っ端から嫌いって・・・!」
「何なんだよ魔術とかめっちゃくちゃ便利じゃんかよ俺も使ってみてぇよ何でおれは魔力持ちじゃないんだよ羨ましいぞコンチクショー!!」
「・・・ただの妬みですか」
いい感じに酔いが回った頭では、常には働いている理性のブレーキなどないに等しい。
素面では到底言わないようなことも、勢い余ってするすると口から飛び出していく。
「いいよなぁ魔力持ちだったら将来は約束されたようなもんだしよ。稀有な存在だから国で保護して衣食住の保障に職業の斡旋まで・・・。あれだっけ、血統とか関係ないんだっけか?」
「魔力持ちになるかどうかですか?研究が進められていますが、いまだに何の法則性も見つけられていないそうですよ」
「そうだよなー。なろうと思ってなれるものじゃないんだよなー。でもかっこいいよなー。火ボバーンとか水ドシャーッとか」
「酔ってますか団長5歳児化してますよ」
「いいじゃねぇかっ!昔っから憧れてたんだよ!!」
赤ら顔のドルクに妬みだか憧れだかをぶつけられた当の魔術師は、相も変わらず無表情のまま、ようやく彼の目を見た。
そして初めて、その口を開く。
「いいと、思います?魔力持ち」
「当ったり前だろーよ!今回の戦だって、アンタが出たからあっという間に丸く収まったんだろ?これ以上犠牲者が出ずに済んだんだから、万々歳だ」
そう言って、ジョッキをグイッと呷るが、いつの間にか空になっていた。
「おいヴェルゼイ、もう一杯持って来てくれよ」
「飲み過ぎですよ団長。今日はもうおしまいです」
「何だよお前は俺のおかんか。飲む!飲ませろ!!」
「やめ、やめろ!この馬鹿!」
ヴェルゼイにしがみついて酒を強請っているうちに、いつの間にか少女は姿を消していたが、その時は何も気にしなかった。
が、再会は思いのほか早かった。
翌日、二日酔いの頭を抱えて団長室に向かう廊下で、急襲を受けたのだ。
「ドルク様!あなたが好きです!私とお付き合いしてください!!」