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Recollection ~深き追憶(後編)

後編です。

前編からお読み下さい。

 そこは治安の悪いサウスロサンゼルス地区の只中にある古びた家屋だった。道路の脇にはゴミが散乱し、建物の壁にはギャングが描いたのか派手な落書きなどがあった。


 アルファーロ兄弟が住んでいたスキッド・ロウに比べればマシと言えるが、それでもお世辞にも住みやすい地区とは言えなかった。



「ち、ギャング共が……。そんなに誰か殺したきゃ、自分達の庭の中で互いに撃ち合ってりゃいいんだ。『外』に出てきて『人様』に迷惑掛けるんじゃねぇってんだ」



 グロリアの家を見張りながらダリオが車の中でボヤく。ダリオ自身、メキシコ移民の出身で決して恵まれているとは言えない環境だったが、だからこそ人並み以上の努力をして今の職と生活を勝ち取った。


 それだけに、貧困を『言い訳』に現状から抜け出す努力を一切せずに、安易に暴力や犯罪に走る連中が大嫌いであった。


「…………」


 ローラは何も言わずに、グロリアの家を注視し続けていた。明らかに肩肘を張っているというか、身体に余分な力が入りすぎていた。



(大分緊張してるようだな。まあ張り込み自体初めてだろうから無理もねぇが。……新人らしい所もあるじゃねぇか)



 ましてや自分が提案した場所なのだ。当たってくれと思って緊張するのは当然だろう。だがダリオの心中は複雑であった。


 勿論一刻も早く犯人を逮捕したいと思う気持ちは当然ある。だが反面、外れてくれという気持ちもあった。そうすれば少なくとも今回はローラは危険な目に遭わずに済む。


「おい、気持ちは分かるがもう少し肩の力を抜け。張り込みなんざ長丁場になる事が殆どだ。最初からそんなに力入れてたら、いざって時にはヘトヘトになってるぜ?」


「……! あ……は、はい。済みません……」


 言われてようやく自分が極度に緊張している事に気付いたようだ。


「まだまだ先は長い。張り込みは焦ったら負けだぜ」


 そう言ってダリオはローラに後ろの座席に置いてあった包みから、途中で買ってきた食べ物を渡す。ダリオの大好物の、たっぷりとサルサを振りかけたタコスだ。


「腹が減ってると余計気が急くってモンだ。これでも食って落ち着け」


「……あ、ありがとうございます」


 意外と素直に受け取った。もしかしたら腹が減っていたのかも知れない。その綺麗な口を精一杯開けてタコスに齧り付く姿にダリオは目を細めた。


(……ホント、外見はいい女だよな。こんな立場と場合で無けりゃなぁ……)


 そう考えると、少し惜しいと思うダリオであった。





 そうしてすっかり夜も更けた深夜といってもいい時間帯……。グロリアの家に動きがあった。


「……! おい……」


 交代で仮眠を取っていたローラを静かに起こす。ローラもすぐに覚醒して身を潜ませる。



 グロリアの家のドアが開いて、中から男が出てきたのだ。男はしばらく周囲を警戒するように見渡したかと思うと、身を屈めるように素早く通りに駐車してある車まで走り寄った。


「ありゃあ……」

「はい。ヘラルド・オブレゴンですね」


 ヘラルドは車を開けると後部座席で何かを探っているような動作をしていた。すると家のドアからまた別の男が顔を覗かせ、小声でヘラルドを急かすような様子を見せる。


「……ルイ・アルファーロだな」

「そのようです……」


 アルファーロ兄弟の兄の方だ。やがてヘラルドの捜し物が終わったらしく、彼は車を閉めると小走りに家の中に駆け戻った。その手には家から出た時は持っていなかった銃が握られていた。


 そしてドアは再び閉められ、家には静寂が戻った。だがダリオ達は見てしまっていた。



「…………」


 最早疑いようがない。ローラの『推理』は的中していた。だがそれは取りも直さず、ローラが『危険』に晒される事も意味していた。


「……犯人は発見した。無線で応援を呼ぶぞ」


 するとローラは信じられない物を見るような目でダリオを見てきた。


「待ってください。大勢でゾロゾロ駆けつけたら、最悪逃げられてしまいます!」


「マット達ならそんなヘマはしねぇ! 確実に包囲する方が重要だろうが! 黙って従えっ!」


「目の前に犯人がいるんですよ!? 私達は刑事じゃないんですか!?」


「刑事の前に1人の人間だ! もし奴等が破れかぶれに発砲してきたらどうする!? 何かあってからじゃ遅えんだぞ!?」


「……ッ!」


 ローラが何かに思い至ったようにダリオの顔をまじまじと見つめた。見るからにタフな刑事であるダリオがこんな及び腰になっている事に不審を抱いたのだ。そしてその『理由』に思い至った。ダリオはそれを見て取った。



「おい、いいから――」

「――あなたが行かないなら、私1人でも行きます」



 逆に意固地になったローラは、ダリオの返事も待たずに車から滑り出た。

 

「おいっ! ……クソ、あの馬鹿っ!」


 悪態を吐きながらダリオも急いで車を降りる。既にローラは銃を抜いて家の近くまで忍び寄ってしまっている。今から押し問答しても下手すると犯人達に気付かれてしまう。


 ダリオは舌打ちした。まさにこの事態を恐れていたというのに。ここに至っては腹を括るしかない。


 ローラに追い付いて、身振り手振りで指示をする。自分が正面から乗り込むから、ローラは裏に回れという指示だ。これだけは絶対に譲るつもりはない。と言っても裏も犯人達の逃走ルートになる可能性が高い為充分に危険なのだが。ダリオは心の中で再度舌打ちした。


 ローラもダリオの決意が固い事を見て取ったのか、それとも先輩の意見を無視して勝手に飛び出した後ろめたさからか、その指示には従ってくれた。


 ローラが裏手に回った事を確認して、ダリオは正面ドアの横に張り付く。



(頼むぞ……抵抗なんかするんじゃないぞ)


 心の中で祈ってから、意を決して全力でドアを蹴り破る。



「ロサンゼルス市警だ! 全員両手を頭に置いて床に伏せろっ!!」



 蹴破った先はすぐリビングになっていて、そこに2人の男が居た。ルイとリコのアルファーロ兄弟だ。


『サツだっ! 畜生、見つかった!』

『だから早く場所を変えようって言ったんだ!』


 兄弟がスペイン語で喚く。勿論ダリオには何と言っているか丸わかりだ。


『さっさと床に伏せろ、クソッタレ共っ!!』


 ダリオもスペイン語で怒鳴りながら銃を振って再度指示する。弟のリコは慌てて指示通りに床に伏せる。だが兄のルイは持っていたコップの中身――コーラか何かのようだ――をダリオに向かってぶち撒けた!


「……!」


 ダリオが液体から庇うように一瞬顔を背ける。その僅かな隙にルイはズボンの後ろに挟んでいた銃を取り出し――――



 ――バァンッ!!



 乾いた銃声が響き渡る。



 胸部に銃痕を穿たれたルイが血を吹きながら崩れ落ちた。リコが悲鳴を上げる。


「くそ、馬鹿がっ!」


 悪態を吐くダリオ。その時奥の部屋からヘラルドが飛び出してきて裏口側に逃げる。手には銃も持っている。


 舌打ちして後を追おうとするダリオ。その時――



「動かないでっ!!」



 ローラだ。両手で拳銃を構えてヘラルドに突きつけている。ヘラルドは反射的に銃口をローラに向けようとするが……


「待って、ヘラルド! 話をしましょう! グロリアは……病気なんでしょう?」

「……!」


 ヘラルドの動きが止まる。同時にダリオの動きも。


(病気だぁ? 何の話だ!? いや、それより何やってる! 危ねぇだろうが! 早くそいつを確保しろ!)


 咄嗟にそう思ったが、今ヘラルドを刺激するとその拍子にローラに対して発砲しかねない。


「医者にかかるお金は愚か、満足に薬を買うお金さえ無い……。だからこんな事をした。そうなんでしょう!?」


 ローラの『説得』が続く。図星だったようで、ヘラルドの顔がどんどん青ざめていく。


「銃を置いて投降して。そうすればグロリアは警察で保護するわ。事件の『参考人』として特別に治療が受けられるのよ」


「……! ほ、本当に……?」


 ヘラルドが初めて反応した。ローラが頷いた。


「ええ、本当よ。そうですよね、部長刑事?」


「あ? あ、ああ、お前らがこれ以上抵抗せずに大人しく投降すれば、事件の背景を聞くためにグロリアにも聴取する事になるからな。病気で聴取出来る状態じゃねえってんなら、検察の方で治療費は負担されるはずだ。今回だけはな」


 するとそれを聞いたヘラルドが銃を床に落として、膝を着いた。


「わ、解った、投降する……。グロリアは風邪を拗らせちまって、熱が全然下がらないんだ。頼む、彼女を助けてくれ。何でもするから……」


 ヘラルドはいつの間にか泣き出していた。ローラはゆっくりと彼に近付いた。


「ええ、約束するわ。……あなたには黙秘する権利がある。あなたの言ったことは、何であれ、法廷で不利に扱われるおそれがある。あなたには……」


 ローラがミランダ警告を読み上げながらヘラルドに手錠を掛けている。それを見届けてダリオは張り詰めていた大きく息を吐きだしてから、自分もリコに同様の措置をしていった……



****



 グロリアの家の周辺に何台もの警察車両が集まって、俄に騒がしくなっている。


 逮捕されたリコとヘラルドはパトカーに乗せられている。ダリオが射殺したルイの遺体が警官達によって運び出され、奥の部屋に寝ていたグロリアもまた担架に乗せられ、そのまま救急車に運び込まれていた。


(あの救急車の金さえ、ヘラルド達には払えないんだろうな……)


 その光景を見ながらダリオはボンヤリとそんな事を考えていた。



「ロドリゲス部長刑事」


 グロリアに何か話しかけていたローラが、彼女が救急車に運ばれるのを見届けてから、ダリオの所に戻ってきた。


「……何で応援を待たなかった?」


「それは……」


「犯人に逃げられるかも、なんてのは建前だろ? お前はただ自分の手柄が欲しかった。実績が欲しかったんだ。そうだろ? 自分が探し当てて張り込みもしたヤマを、他の奴に横取りされたくなかった。そうなんだろ?」


「…………」 


 ローラは肯定はしなかったが、否定もまたしなかった。ダリオは深く息を吐いた。


「今回は確かにお前さんのお手柄だ。だがな、毎回こう上手く行く事ばっかじゃねぇ。仲間と足並み揃えられねぇんだったら、出世どころかいつ死んだっておかしくねぇ。それを本当に分かってるのか?」


 あんなやり方ばかりしていたら間違いなく寿命を縮める。ダリオはローラに死んで欲しくなかった。


「……申し訳ありませんでした。でも私は――」


「でもは無しだ。いいか? 今度こんなスタンドプレーしてみろ。警部補に、お前には刑事としての適性が無いから殺人課は辞めさせるべきですって報告しなきゃならなくなる。そうならねぇ事を祈ってるぜ?」


「……!」


 ローラが顔を強張らせる。ダリオは例えこの美女に嫌われても、そう報告してやるのが本人の為にも良いかも知れないと思うのであった……





 しかしそんなダリオの思惑を外して、ローラはその後も無茶な捜査で実績を上げ続け、異例の速さでダリオと同じ階級にまで出世してしまった。


 ダリオは何度も警告したがローラに改善の傾向は見られず、マイヤーズ警部補もローラのスタンドプレーに頭を悩ませつつも、実績を重視してローラを異動させる事は無かった。


 警告の度に反抗して、むしろダリオに見せつけるように無茶をして、尚且結果を出してしまうローラの事を、いつしかその実力と熱意は認めながらも非常に憎たらしく思うようになり、何かと突っかかるような関係になってしまったのだった。




*****




「…………」


 は、まどろみから覚醒した。夢を見ていたようだ。懐かしい……決してもう二度と戻る事はない日常の日々……。


 彼は周囲を見渡した。海の中(・・・)にある大きな岩の窪み。最近の彼のお気に入りの寝場所(・・・)だった。


 海の中はとても落ち着く。本来なら空腹・・になるまではずっとここに居たい気分なのだが、今日はそうも言っていられない。



 あの忌々しい……『創造主』の命令で、これから特に食うわけでもないのに大勢の人間を殺さなければならないからだ。



 そいつらは何でも彼の事を捕獲、もしくは殺害するつもりで待ち構えているらしい。彼としてはご苦労な事だとしか思わなかったが、『創造主』が彼の能力を知りたいから、敢えて姿を現して皆殺しにしろと命令された。 


 何度か反抗しようとしたが、何故か『創造主』の命令には逆らえなかった。折角この海の中で自由を得たと思ったのに、何故あんなつまらない人間達の言う事を聞かねばならないのか。


 理不尽な状況に彼は怒り、いつか『創造主』を出し抜いてやろうと心に決めていた。



 そう思った時、先程の夢の中に出てきた美女の事を思い出した。同時に彼女を守る黒い髪の美女(・・・・・・)の事も……


 彼の中にとある考えが閃いた。上手く行けば彼はこの苦役・・から解放されるかも知れない。


 今から赴くこのつまらない作業・・を終えたら、早速計画(・・)を練ってみよう。



 彼は心に浮き立つ物を感じながら、殺戮の宴へと泳ぎ出すのであった…………


次回よりCase4『エーリアル』編開始となります。

お楽しみに!

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