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女刑事と吸血鬼 ~妖闘地帯LA  作者: ビジョンXYZ
Case2:『ルーガルー』
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Interlude:狂気

 ロサンゼルス市内にある医療センターに勤める医師、クラウス・ローゼンフェルトは、今自分にまたとない好機が訪れている事を自覚していた。


 彼が主治医となって担当している患者……。今巷を騒がせている連続殺人鬼『ルーガルー』によって重傷を負わされた刑事・・


 胴体に深い裂傷を負って、未だに意識不明の重体である。若く、健康で、特定の病歴もない。鍛えられた体力のある肉体。重傷を負っていて意識がなく、それでいて(・・・・・)死んではいない患者……。


 しかもカルテによると親兄弟は亡く結婚もしていない。それはつまり、何か(・・)あっても騒ぎ出すような家族がいないという事だ。まさに被験体・・・として理想的だ。


 警察官であるという事だけが厄介ではあるが、どの道被験体には訓練を受けている体格の良い軍人か警官が理想なので、そのリスクは避けて通れないものと割り切るしかないだろう。



 既に祖父・・には理想的な被験体が見つかった事を連絡してある。間もなく例のモノを持参してここにやって来るはずだ。


 クラウスは興奮で高まってくる動悸を自覚した。自分はもうすぐ歴史的な科学実験に立ち会う事になる。いや、祖父が患者に近づいて何かすれば目立ってしまうので、実際の作業・・は自分が行う事になるだろう。


 データは完璧だ。既に種々の動物実験にも成功している。後は……「人体実験」を残すのみだ。これは計画・・を完遂させる為には避けて通れない過程だ。



 人体実験……その響きだけで、クラウスの内に再び名状しがたい興奮が湧き上がる。21世紀の現在、生きた人間を用いた科学実験の類いは、人道的な観点から世界的に禁止されている。


 全く馬鹿げた話だとクラウスは思った。犠牲なくして科学の進歩はあり得ない。人体実験が最も効率的な実験である事は疑う余地もないだろう。人道的観点? そんなものクソくらえだ。


 一般人では難しいだろうが、刑務所には救う価値も無いような罪深い犯罪者達で溢れかえっているのだ。あいつらを使えばいい。選り取り見取りだ。社会のクズ共を税金で養ってやる理由がどこにある。それなら人体実験に協力させた方が余程有意義という物だ。


 それか不法入国で違法に滞在している難民共を使ってやるのもいい。法を破って勝手に入ってきている時点で奴等に人権などない。本来何をされても文句は言えないはずだ。


 下らない倫理観が科学の発展を阻んでいるのだ。資本主義となって市民の発言権が強くなりすぎた事も原因だろう。


 だが自分達は違う。そんな下らない枷など取り払って、真なる科学の可能性を追求するのだ。少なくとも自分はそのつもりだ。祖父に協力しているのもそれが理由だ。



 祖父は第三帝国・・・・の狂気の栄光に未だ取り憑かれたままだが、クラウスにとっては自分が生まれる前に滅びた政党に畏怖や愛着など持ちようもない。祖父の妄執自体はどうでも良かった。


 だがそれで良いのだ。思想は違っていても目的さえ同じなら協力し合う事は出来る。その意味では祖父とクラウスは、目的達成の為にお互いを利用し合う関係だと言えた。





「クラウス、待たせたな。被験体は?」


 その老人は職場のクラウスの部屋を訪ねると、挨拶もなしにいきなり本題に入ってきた。クラウスは苦笑した。元々こういう人だ。


 クラウスの祖父、エルンスト・ローゼンフェルト。年齢は既に90を越えているはずだが、その眼光は些かも衰えていない。背筋も伸び、足取りも確かだ。一見して彼が100歳近い老人であると解る人間などいないだろう。


 怪物……いや、或いはその妄執が彼を支え、活力を与えているのかも知れない。



「未だ意識は戻らず……これがカルテです」



 クラウスも祖父に倣って寄り道無しで話を進める。カルテは本来守秘義務があり、外部の人間に公開してはならないのだが、クラウスはお構いなしにエルンストにカルテ情報を渡していた。エルンストも当然のようにそれを受け取り、内容を確認していく。



「ふむ……確かに、理想的・・・だな」



 カルテに目を通したエルンストはそのように呟いた。


「では……」

「うむ、これで行こう」


 エルンストは持っていたブリーフケースを開ける。中には栓のされた小さな試験管のような物が何本も収められており、その内の一本を取り出す。試験管の中には薄い緑がかった液体が満たされていた。


 クラウスは思わず生唾を飲み込む。この100ml程度の少量の液体に、彼等の未来が詰まっているのだ。



「それが……」


「うむ、〈完成品〉だ。これが出来上がってそう日も置かずに理想的な被験体が現れるとは……。どうやら運命とやらが私の計画の完遂を望んでいるのやも知れんな」


「…………」



 クラウスは神だの運命だのといった抽象的な概念は好きではなかった。それは余りにも非科学的だ。だがここで祖父と運命論について議論する気はない。今重要なのは祖父が手に持っているモノだ。



「どれくらいの量を注入・・すれば?」


「勿論全てだ。丁度100mlになっている。一度に全てを注入するのだ。出来そうか?」



 主治医の立場であれば患者に近づいて輸液をいじってもそこまで不自然ではないだろう。ナースの目さえ掻い潜れば問題ない。



「いけると思います。と言うかやり遂げますよ。科学の発展の為にもね」


「ふ……そうだな。これはお前の言う所の『科学の発展』にも寄与するだろう。では、任せたぞ」



 クラウスは慎重に試験管を受け取る。万が一にでも落として割った日には目も当てられない。





 祖父と別れたクラウスは時間を見計らって患者の病室に赴いた。ナースの巡回は終わった後で、上手い具合に他に人の姿もない。やるなら今しかない。


 未だに目を覚まさない患者。クラウスはモニターをチェックする。バイタルはやや低いながら安定してはいる。問題なしだ。


 彼は点滴のバッグに近づくと、素早く作業・・を行う。バッグを一瞬だけチューブから外し、エルンストから受け取った〈完成品〉をバッグの輸液の中に混ぜ入れる。そして素早く元に繋ぎ直す。


 緑の液体はすぐに輸液に溶け込んだ。これで後は徐々に被験体の体内に注入されていくはずだ。



 クラウスは仕事をやり遂げた興奮で、激しく息が乱れた。胸の動悸が治まらない。今自分は偉大な一歩を踏み出したのだ。愚かな世間がこの一歩を評価する事は決してないだろう。それどころか彼がやった事が知られれば、それこそ彼自身が刑務所の世話になる事になってしまう。


 なので自分達の功績だと世に発表する事は出来ない。だがそれで良いのだ。この成果は自分達だけが知っていればいい。


 彼は直にTVのニュース等で自分達の実験の成果を知る事になるだろう。その痕跡を辿っていくだけで、充分な研究資料となる。そしてその実験結果と資料を元に……計画・・を完遂させるのだ。その時初めて世間は自分達の偉大さを知る事になる。


 まだ見ぬ……そして必ず訪れるであろう未来を想像し、クラウスは1人悦に入りながらニヤニヤと笑い続けるのだった。



****



 数日後。絶対安静だった1人の患者が夜中に突如目を覚まし、病院から脱走すると、そのまま忽然と行方を眩ましてしまった。同日夜から翌日未明に掛けて、海のある方向に一目散に駆けていく不審な人影の目撃情報が相次いだ。


 その人影に関して、人間とは思えない程の巨体だったとか、背中にまるで背ビレのような形の大きな瘤があっただの、頭の形が人間ではなかったとか、終いには青っぽい鱗が全身を覆っていただのという荒唐無稽な目撃情報ばかりが寄せられたのが奇妙であった。


 またそれと同時に原型を留めない程に「破壊」されたホームレスの死体が見つかった。その死体が見つかった場所は、ちょうど不審な人影が脱走して行った進行方向と重なっていた。


 滅茶苦茶に食い荒らされていた事から『ルーガルー』との関連性が疑われたが、歯型や傷跡の形状などが明らかに異なる点と、女性しか食わない『ルーガルー』との手口の相違が指摘された。


 海に向かったと思われる不審な脱走者の情報はそこでパッタリと途絶える。この奇妙な出来事は警察やマスコミの注意を引いたが、今はよりセンセーショナルな『ルーガルー』事件の真っ只中であった事も手伝って、すぐに忘れられた。



 世間が、そして警察がこの出来事の事を思い出すのは、もうしばらくのちの事であった……

次回はFile10:女吸血鬼の帰還


ヴラドの封印を無事に終えたカーミラは、ローラとの約束を守るべく再びLAの土を踏む。

だが彼女は夜になって急激に膨れ上がる禍々しい気配を察知する――

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