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女刑事と吸血鬼 ~妖闘地帯LA  作者: ビジョンXYZ
Case2:『ルーガルー』
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File9:闇夜の殺戮者

 ローラは改めて静まり返った夜のゴルフ場を見渡した。中心街の明かりは遥か遠くだ。人通りも無くただ木々が風に揺れる音だけが響く。そんな景色を見ているとつい、あの寂れた街外れの墓地での悪夢の一夜を思い出してしまう。そして同時に忘れられない1人の女の姿も……


「……ッ」


 ローラは頭を振って雑念を振り払う。今は任務に集中しなければならない。一瞬の気の緩みが命取りになるかも知れないのだ。クレアと共に現場を調べている「振り」を続ける。



 それから30分程の時間が過ぎただろうか。精神的には異様に長く感じる30分であった。



「……中々現れないわね。時間的にはもう現れてもおかしくない頃のはずだけど……」



 クレアがボソッと呟く。若干苛立ちが増して来ているようだ。栄転のチャンスとやらが掛かっているからだろう。ローラも次第に不安になってきた。『ルーガルー』だって毎日『狩り』に勤しんでいるという訳ではない。もしかして今日は『オフ』の日だったのでは? と思い始めた頃だった。




 ――獣の唸り声が聞こえた。これは……この声はマコーミック邸で聞いたものと同じ――




「ア、アッカーマン捜査官……」

「ええ……遂に、現れたわね……」



 2人の女は即座に警戒態勢を取って周囲に視線を巡らせる。ザシュ……と地面を踏みしめる音が鳴る。弾かれたようにそちらに視線を向けた2人の目が緊張に強張る。


 居た。


 大きな木が何本も立ち並ぶ木立の中から巨大なオオカミの貌が月明りの中に覗く。身体は木立の闇の中に隠れていて全容は見えない。だが間違いない。奴はマコーミック邸で遭遇した『ルーガルー』本人だ。


 その目ははっきりと2人の女を見据えていた。大きく裂けた獣の口の端が吊り上げられる。凶悪な牙が垣間見えた。


「……ッ!」


 あの時の恐怖が甦ってきて、膝が震えて力が抜けそうになる。今は1人ではないし、周囲にはFBIの部隊も控えているはずなので大丈夫だと思っていたが、どうやらそう簡単に克服できる物ではないらしい。


 クレアは銃を抜きつつ、襟元に取り付けたインカムで指示を出す。



「狙撃班。標的が現れたわ。ありったけの麻酔弾をプレゼントしてやりなさい」



 ローラも慌てて銃を抜いて、狙撃が開始されるのを待つ。




 ………………




 何も起こらない。銃声の一つも鳴らない。クレアが苛立ったようにインカムに怒鳴りつける。



「何やってるの!? 標的が来ているわ! 早く撃ちなさいっ!」




 ………………




 やはり、何も起きない。周囲は静まり返っている。



「い、一体何が……何故……」



 クレアが動揺する。するとそれを見越したように――



「グッ……グッグッグッグッ!」


「――ッ!?」



 奇怪で耳障りな重低音の笑い声。これは……やはりマコーミック邸で聞いた『ルーガルー』の笑い声だ。木立の闇の中から頭だけを覗かせた狼男が嗤っていた。それは明らかに嘲笑の意図を含んだ嗤い声であった。


 『ルーガルー』が木立の中から進み出てくる。月明りや僅かな街灯の光に照らされて身体全体が明らかになる。7フィートを超える長身に筋肉の盛り上がった600ポンドはあろうかという巨体。


 全身は黒っぽい剛毛に覆われて、四足獣が無理矢理二足歩行をしているかのような奇怪な体型。手や足の先は凶悪そうな太い鉤爪が備わっている。


 その異形の姿は怪異そのものだが、そこまではローラもマコーミック邸で一度見ている。そして今重要なのはそこではなかった。



 『ルーガルー』がその太い手で掴んで、引きずっている「モノ」…………



「な……そ、そんな、馬鹿な……!」



 クレアが絶句する。『ルーガルー』は、特殊な対弾装備に身を包んだ男の頭を掴んで引きずっていたのだ。男の着ているベストの背中には「FBI」の文字が……。周囲に潜ませていたはずのFBIの部隊員に相違なかった。引きずられるままの男は完全に事切れているようだ。


 『ルーガルー』が持っていた男の身体をローラ達の足元に投げつける。まるで糸の切れた操り人形のように不自然に四肢を投げ出しながら、男の身体がローラ達の足元に転がる。


「ひっ……!」


 クレアが小さな悲鳴を漏らす。男の顔は完全に潰れて原型を留めていなかった。そしてクレアの合図に1人の狙撃班も反応しなかったという事は恐らく……



「せ、制圧班! 制圧班っ! 非常事態よ! 構わないからコイツを射殺しなさいっ!」



 狂ったようにインカムに怒鳴りつけるクレア。




 ………………




 何も、起きない。誰も……反応しない。



「あ……あ……そ、そんな……」



 クレアの呆然とした呟き。『ルーガルー』の口の端が再び嘲笑するように吊り上がる。夜の闇で遠目には良く解らなかったが、近くまで来た『ルーガルー』の身体は、至る所が返り血と思しき赤い液体でべっとりと染まっていた。


 それでローラは確信した。全滅したのだ。恐らく1人ずつ、反応する暇も無い程一瞬で殺されたのだろう。ゴルフ場を包囲するように散らばって配置されていたので、奇襲による各個撃破に対応できなかったのだ。


 『ルーガルー』には最初から罠を見抜かれていたのだ。如何なる手段で見抜いたのか。オオカミ宜しくその嗅覚で嗅ぎ分けて察知したのか、それとも或いは……


 考えている暇はない。同じく周囲に控えていたはずのジョンの安否を確認する手段もない以上、今のローラに出来る事は、とにかく何としてもこの場を切り抜ける事だけだ。


「逃げるのよっ!」


 クレアに警告しつつ、『ルーガルー』に向かって発砲する。確かに着弾したはずだが、狼男の身体は僅かに揺らいだだけだった。


「……ッ!」


 呆然自失していたクレアだが、ローラの警告と銃声にハッと正気を取り戻すと、自身も牽制の銃撃を加えつつ離脱を図ろうとする。腐ってもFBI捜査官だ。訓練で身に着いた動きは自然に出る。だが人間相手なら充分なその身のこなしも、この怪物にとっては児戯に等しいだろう。


 当たった銃弾を物ともせずに、狼男が跳躍した。人間離れした挙動で自身の身長程の高さを軽々と飛び上がると、放物線を描くようにして一気にクレアとの距離を詰めた。


「ひぃ……!」


 息を呑んだのも束の間、一瞬で巨体に圧し掛かられてもつれ合うように転倒してしまう。上から押さえ込まれて全く身動きが出来なくなってしまったようだ。その目が恐怖に見開かれる。『ルーガルー』の牙が並んだ顎が大きく開かれた。


「ッ! アッカーマン捜査官……!」


 ローラは一瞬逡巡する。このままクレアを見捨てれば、彼女が襲われている隙に自分は逃げ延びる事が出来る。FBIを犠牲にしてでも生きて帰れというマイヤーズの命令が頭をよぎる。だが……


「くっ……!」


 気付いたら身体が勝手に動いていた。今にもクレアにかぶり付こうとしていたオオカミの頭めがけて、銃の引き金を絞る。


「グッ……!?」


 『ルーガルー』が初めて痛痒を感じたかのように僅かだが怯んだ。それに勇気付けられてローラは引き金を引き続けながら、『ルーガルー』に向かって近付いていく。


 着弾ごとに狼男が煩わしそうに頭や身体を振る。そしてキッとローラの方に視線を変えて睨み付けてきた。



「ゴアァァァァァァァッ!!!!!」

「――ッ!」



 その凄まじい威嚇の咆哮に、ローラはまるで正面から強烈な突風が吹き付けたような衝撃を感じ、身体中が痺れるような感覚を味わった。


(え……な、何これ……!)


 足がガクガクと震え出し、力が入らなくなる。立っていられない。その場に両膝を着いた内股の姿勢でしゃがみ込んでしまうローラ。腰にも力が入らずどんなに頑張っても立ち上がる事が出来なかった。それだけではない。手に持っていた銃を水平に構えて撃つ事さえ出来なくなっていた。一瞬で金縛りにあったかのようである。


 遥かに格上の生物からの本気の威嚇に当てられ、ローラの生物としての生存本能や闘争心が萎えてしまったのである。そうとは知らないローラは、必死に身体を動かそうと無駄な努力を続けていた。


 ローラの動きを封じた事を確認した『ルーガルー』は、改めて押さえ込んでいるクレアに目を向けた。元々押さえ込まれて動けなかった彼女だが、今の威嚇によって更に金縛りになってしまっていた。最早100%助かる道は無い。クレアのまなじりから涙がこぼれ落ちる。


 『ルーガルー』のあぎとが再び開かれる。男の隊員達はただ殺しただけのようだが、クレアの事は喰うつもりだ。もうローラにもそれを止める術は無い。目の前で残酷な『食事』を見せられる事になる。



(だ、ダメ……やめて……助けて。助けて……誰か! ミラーカッ!!)



 ローラに出来る事はただ助けを求める事だけだった。だがその願いを聞き届ける者は誰もいない。……そのはずだった。




 ――シュッ!!




 何かが空気を切り裂くような鋭い音。


「……!」


 『ルーガルー』が顔を上げて、自分に向かって(・・・・・・・)飛んできた何かを掴み取る。それは……先の尖った鋭い木の枝(・・・)であった。


 ローラは何が起こったかも解らず咄嗟に木の枝が飛んできた方向に視線を向けて……目を瞠った。そこには、彼女が最も会いたいと願った人物。今この瞬間に助けを求めたまさにその人の姿があった。



「あ……う、嘘……これは、奇跡、なの……?」



 夜の闇に溶け込むかのような艶やかな漆黒の長い髪。対照的に闇から浮き上がる白いおもては、人間とは思えない程に蠱惑的な美貌。そしてその優美な身体を包むのは、やはり黒光りするレザーのボンテージファッション。その右手には既に東洋の『刀』が抜き放たれ臨戦態勢にあった。



「……全く。やっと仕事・・を終えて戻ってきてみれば……今度は一体何に(・・)巻き込まれているのかしら、ローラ?」


「ミ、ミラーカ……ッ!!」



 そして今再び、人知を超えた怪物達の闘争の幕が切って落とされようとしていた――――

次回はInterlude:狂気


狂気を秘めた医師クラウスの元に、重傷を負った1人の刑事が担ぎ込まれてくる。

クラウスは祖父と図って、禁断の人体実験に手を染める――!


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