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女刑事と吸血鬼 ~妖闘地帯LA  作者: ビジョンXYZ
Case8:『カコトピア』
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Interlude:暗躍

 モンロビア・キャニオン・パークで死闘が繰り広げられていた頃……


 それとは対照的に静かな夜を迎えているビバリーヒルズの高級住宅街。その更に丘の上の一等地に建つ一軒の豪邸があった。


 広い庭園や敷地を備えたその家の持ち主は……世界的に有名なハリウッドスターのルーファス・マクレーン。


 その知名度や資産に比して私生活は非常にストイック、悪く言えば偏屈として知られており、その広い屋敷に客人が招かれる事も滅多にない。


 半年ほど前に屋敷に何人かの美しい女性が出入りしていたという目撃情報が寄せられ、隠された愛人かと一時期メディアの注意を惹いた事もあったが、結局その後同じ女性達が目撃される事はなく、噂は徐々に立ち消えになっていった。


 そんな静かな夜を迎えるルーファス邸に現在、もしマスコミが知ったら様々な憶測が入り乱れるであろう極めて珍しい種類の客人が滞在していた。



 その客人――LAPDの警察本部長ジェームズ・ドレイクは書斎にある来客用のテーブルに、屋敷の主であるルーファスと差し向かいで腰掛けていた。テーブルには高価なワインセットが置かれ、ルーファスとドレイクの手には上等な赤ワインが並々と注がれたグラスが添えられていた。


「今頃はあの女吸血鬼(・・・・)が苦境を迎えている頃であろうな。くく……お前の出した援軍(・・)は間に合うと思うか、オーガよ? 私は少々分の悪い賭けだと思っているが」


 ドレイクがグラスに注がれたワインを転がしながら少し意地の悪い笑みを浮かべて、向かいに座るルーファスを見やった。問われたルーファスは肩を竦める。


「さてな。間に合わねば所詮その程度の存在だったという事だ。だが、もし間に合う事があればその時は……」


「……完全なる『蟲毒』の完成だな」


「ああ……」

 ルーファスは頷いた。その時こそ遂に自分達が表舞台・・・に出る時だ。


「しかし我々に直接的な介入を禁じて、後は全て成り行きに任せよとは閣下(・・)は何を考えておられるのか。もしそれで『蟲毒』が死ぬような事があれば、これまでの苦労が全て水の泡だと言うのに」


 ドレイクが一転して嘆息した。それはルーファスも同じ思いだ。だが、


「あのお方の気紛れは今に始まった事ではあるまい。ただそれだけではなく……閣下は『特異点』の影響力の強さを試されているのかも知れんな」


「ふむ? 我等が介入しない状況でも、どの程度事象を操作(・・・・・)出来るのか、という事か?」


「恐らくだがな。そして閣下は自らの作り出した(・・・・・・・・)『特異点』の力に絶対の自信を持っておられるようだ。だから『特異点』が自力・・でどこまで影響力を及ぼせるのか、好奇心が働いたのだろう」


 ルーファスの推測にドレイクはかぶりを振った。


「雛の自立を見守る親鳥といったところか。大変な親をもってしまったという点では『特異点』に同情を禁じ得んな」


 ドレイクはそう言ってルーファスに視線を向けた。


「親娘と言えば……シグリッドだったか? 今まさに『蟲毒』の援軍に向かわせているあのトロールの娘……。どうするつもりなのだ、オーガ? お前の正体や目的の事は知らんのだろう?」


「……ああ、そうだな」


「『蟲毒』が完成したとなればもう今までの生活は続けられん。近い内に必ずあの娘と訣別する時が来るぞ。前から聞きたかったのだが、そもそも何のつもりであの娘を引き取ったのだ? しかも戦闘訓練まで受けさせて……」


 ドレイクの当然の疑問にルーファスは微かに苦い笑みを浮かべた。


「何のつもり……か。そうだな。俺もある意味ではサリエルと同じなのかも知れん」


「何?」



「サリエルがあの女吸血鬼や『特異点』に何かと便宜を図っているのと同じだ。俺もシグリッドに……期待・・しているのさ」



「……?」

 ドレイクが首を傾げる。ルーファスは再び苦笑した。


「おい、余り首を傾けると取れるぞ(・・・・)、デュラハーン。まあシグリッドの事はただの気紛れと思ってくれて構わん。もしその時(・・・)になって、あいつが俺に敵対する道を選ぶなら容赦なく叩き潰す。だから余計な心配は無用だ」


「ふむ……お前がそう言うなら、まあいいだろう。ところでそのサリエルはどうした? 随分遅いな」


 会話に名前の出た、彼等のもう1人の同胞・・であるサリエルについてドレイクが言及すると……



 ――コンッ、コンッ



 書斎の扉をノックする音が聞こえた。シグリッドが戻って来るには早すぎる。というより扉の向こうから感じる気配で誰かは明らかだ。ルーファスは肩を竦めた。


「噂をすれば、だな。入れ」


 彼が入室の許可を出すと書斎の扉が開いて、1人の男性が部屋に入ってきた。やや白髪混じりの50絡みで落ち着いた雰囲気の男性であった。



「やあ、遅れて済まないね、2人共」


「警察署以来……いや、その姿(・・・)で会うのは久しぶりだな、サリエルよ。しかしお前がこの騒動に直接巻き込まれたのには笑えたぞ?」


 ドレイクが揶揄すると、サリエルは微苦笑してかぶりを振った。


「まさか彼女・・が私の所を指定するとは思わなくてね。私にも予測できなかった。これも或いは『特異点』の力の一端なのかも知れないね」


 サリエルは静かに笑いながらドレイク達が腰掛ける同じ卓に着いた。ルーファスがスッと目を細める。


「ほぅ……お前が『特異点』にあの浄化の力を得られるようお膳立て(・・・・)したのも、その力の一端とやらの影響か?」


 ルーファスの射抜くような視線に、しかしサリエルはとぼけたような表情で返す。


「さて、何の事かな? 閣下にオスマン帝国の魔神を推したのは、あくまであの女吸血鬼との因縁で『蟲毒』化を促しやすいと判断したからだよ。そしてまさか私の力とあの魔神の力が合わさる事で、500年の時空を遡行する事が可能などと予測できるはずもないが? そういう意味では確かに君の言う通り、『特異点』の力が働いた結果かも知れないね」


「…………」


「閣下がそれについて言及していないのだから、君にとやかく言われる筋合いはないと思うけどね。第一あのトロールの娘を育てている君こそどうなのかな? もし彼女と敵対したとして、君に彼女が殺せるのかい?」


「……当然だ。何も問題はない」


 先程ドレイクともした問答を繰り返すルーファス。サリエルがしたり顔で頷いた。


「なら私だって同じさ。彼女があの浄化の力を得たのはあくまで想定外の偶然。もしその時(・・・)になれば私とて贄の回収(・・・・)に手を抜くつもりはないよ」


「……ふん、その言葉忘れるなよ?」


 ルーファスが鼻を鳴らしてようやく矛を収めた。ドレイクが若干居心地悪そうに咳払いする。



「その件についてはもう充分だ。それよりお前は閣下から『特異点』の仲間をもう1人呼び寄せるように言われていたはずだが、そちらはどうなっている?」


 ドレイクに問われたサリエルが肩を竦める。


「ああ、それならもう手配済みだよ。もうすぐにでもこの街に到着するはずだ。本人は偶然だと思っているだろうがね。後は向こうが勝手に『特異点』に連絡を取るなりして話が進むだろう」


「そうか……。しかしあのメネス王を封印(・・・・・・・)した事で、まさかあのような副次効果・・・・を得られようとは、本人も想定外だったろうな」


 ドレイクがしみじみとした様子で呟くと、ルーファスが再び鼻を鳴らした。


「ふん、それもまた『特異点』の力の影響だろう。仲間という名の、自らを守る為の戦力・・を作り出し無意識に集めているのだ」


「おや? そうなると君の娘(・・・)もその戦力として『特異点』に取り込まれつつあるんじゃないかな? 或いは……それこそが君の狙い(・・)なのかな?」


「……! 貴様……余計な詮索は邪推にしかならんぞ?」


 サリエルの揶揄するような指摘にルーファスの声が怒気を孕む。だが再びドレイクが仲裁する。


「よせと言っているだろう! とにかくあのペルシアの女戦士の件も含めて、これで閣下から言付かった役割は全て果たした。後は一切介入する事無く、成り行きに任せよというご命令だ。お前達もそれで良いな? 仮に『特異点』やトロールの娘が危機に陥っても介入は厳禁だぞ?」


 ルーファスは現時点(・・・)ではシグリッドを保護している立場だし、サリエルもまた『特異点』の親代わり(・・・・)であり、尚且つ『死神』としてこれまでに彼女達を陰からサポートしてきた経緯がある。変な所で親心・・を出されても困るので念入りに釘を刺しておく。

  

「ああ、解っている」

「勿論一切手出しはしないよ」


 ルーファスがうっそりと頷き、サリエルは苦笑して軽く手を挙げた。とりあえずはこれでいいだろう。ドレイクは息を吐いた。



 話が纏まった所でサリエルが席を立った。


「さて、それじゃ私はそろそろ失礼させてもらうよ。慌ただしいけど、現在あまり長時間留守に出来ない環境なのでね」


「ああ、確かに……そうだな。いつ巡回のナース(・・・)が来るかも知れんからな。空のベッドを見られたら面倒だ」


 サリエルが現在置かれている環境を思い出したドレイクは納得して頷いた。


「そういう事だね。じゃあ私はこれで。ちゃんと約束は守るので安心してくれ」


 それだけ言い置いてサリエルは書斎から退室していった。すぐにその気配が消えてなくなる。それを確認してドレイクも飲み干したワインのグラスを置いて席を立ち上がった。


「どの道お前の娘が間に合っていれば、ぼちぼちあの女吸血鬼を伴ってこの屋敷に戻ってくる頃合いだろう。今の段階で顔を合わせる訳には行かんから私もここらで失礼させてもらおうか」


「ああ、それがいいだろう。こっちはこっちで上手くやっておく」


 ルーファスは見送りに立ち上がる事も無く自然体で頷いた。


「では、さらばだ」


 そしてドレイクも書斎から退室すると、あっという間に気配が消えてしまった。




「…………」


 再び1人になったルーファスはしばらく何事か考えているようだったが、やがて屋敷に近付いてくる2つ(・・)の気配を察知してその口の端を吊り上げた。ほぼ同時に彼の携帯にシグリッドから着信が入った。


「……よくやったぞ、シグリッド。お前は俺の自慢の娘だ」


 彼は自分が賭け(・・)に勝った事を知った。これでもしかしたら彼の望み(・・)は叶うかも知れない。


 彼は久しく感じていなかった心が沸き立つ感覚を覚えながら、シグリッドからの電話を取った……  


次回はFile21:訣別と責務

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