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女刑事と吸血鬼 ~妖闘地帯LA  作者: ビジョンXYZ
Case8:『カコトピア』
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File16:ブラック・ウィドー


「おや、おや……。招かれざる美女が3人(・・)も。これは思わぬ収穫というべきでしょうかな?」


「……っ!」

 暗闇の向こうから唐突に聞こえてきた男の声に、ブリジットの脚が止まる。カーミラ達は咄嗟に身構えた。


 ブリジットが走り去ろうとしていた方角からそれを遮るように姿を現したのは、何体かのジャーンを引き連れたアラブ系の容姿の男であった。


 ジャーンを引き連れている事、ヴェロニカから聞いた容姿に合致する事、そして何よりもその身から発散される『陰の気』からしても間違い様がない。


「ミ、ミラーカさん! こいつです! こいつがカロリーナを……!」

「ええ、そのようね……。ようやくお出ましね」


 彼女達の敵意の視線に、男は気障な動作で一礼した。



「あなたは初めましてというべきですかな? 私の名はムスタファ・ケマルと申します。短い間ですが、以後お見知りおきを」



「ムスタファ・ケマル?」


 カーミラが再び眉根を寄せる。やはりどこかでその名を聞いたような気がしたのだ。だがそれはブリジットの時よりも更におぼろげで全く思い出せなかった。吸血鬼の記憶は本人が重要と認識した物は劣化しないのだが、それ以外の些末な記憶は人間と同じように忘却の彼方へ押しやられる。というより、そうしなければ脳がパンクしてしまう。


「カロリーナはどこにいるの!? 彼女を返して!」


 ヴェロニカの必死の叫びに注意を取り戻したカーミラは、改めて目の前の男――ムスタファに意識を集中させる。


「ふぁはは、言ったでしょう? 利用価値がある内はお返し出来ませんと。ご安心ください。まだ手を付けてはいませんよ。まだ、ね」


「……っ」


 人を食ったようなムスタファの態度にヴェロニカが唇を噛み締める。カーミラが刀を構えたまま進み出る。


「じゃあ力づくで聞かせてもらう事になるけど……その前に、彼女はただ居合わせただけで何の関係も無いわ。帰してあげなさい」


 恐怖に身を竦ませているブリジットに顎をしゃくる。だがムスタファは悪意に歪んだ笑みを浮かべる。


「わざわざ迷い込んだ子羊を何もせずに帰してやるほど、私がお人好しに見えますか? ここに居合わせたのは運が悪かったと諦めて頂きましょうか」


 ムスタファの身体から魔力が噴きつける。どうやらブリジットも完全にターゲットになってしまっているようだ。カーミラは再び舌打ちした。


「そういう事なら仕方がないわね。一気にケリを着けさせてもらうわ。行くわよ、ヴェロニカ!」


「は、はい!」


 カーミラは一足早く刀を構えて突撃する。ジャーン達が奇声を上げながら飛び掛かってくる。


「邪魔よっ!」


 カーミラが刀を振るう度に、ジャーンが斬り裂かれて消滅していく。ヴェロニカも後方から『弾丸』で援護してくれる。その甲斐あって僅か10秒程度でジャーンを殲滅できた。だが……



『ふぁははは! やる物ですなぁ!』

「……!」


 その間にムスタファは変身・・を完了していた。カーミラの目の前には直立した人間サイズの、人と蝿が融合したような醜い怪物がいた。これがムスタファの霊魔(シャイターン)としての姿らしい。 


 そのインパクトのある外見にヴェロニカやブリジットが青ざめるが、カーミラは些かも怯まずに自らも戦闘形態へと変身して斬り掛かった。ブリジットの目はあるが今更な話だし、悠長に手を抜いて戦っていられる相手ではない。


「ふっ!!」

 鋭い呼気と共に薙ぎ払いを仕掛ける。だがムスタファはその斬撃を跳び退って回避。他のシャイターン達に比べると小柄だが、その分スピードや小回りに優れているようだ。


 僅かに開いた距離を利用してムスタファがその口吻から液体を吐きつけてきた。緑がかった見るからに剣呑な液体だ。そうでなくとも醜い蝿の口吻から吐き出された液体など被る気はないが。


 横に跳ぶようにして素早く液体を回避。地面に付着した液体は焼け付くような音と共に、土や石を焦がす。どうやら溶解液の類いらしい。


 カーミラが回避した所にムスタファが間髪入れずに追撃しようとする。その脇から生えた触腕が蠢いて――


『……!』

 何かに気付いたムスタファが飛び退る。一瞬前まで奴がいた場所をヴェロニカの『弾丸』が抉った。その間に体勢を立て直したカーミラが即座に反撃を開始する。


 戦闘形態となったカーミラが繰り出す連撃。ムスタファは回避しながらも反撃を繰り出そうとするが、その度に的確なタイミングでヴェロニカの妨害が入る。2人の連係プレーにムスタファは次第に余裕がなくなり追い詰められる。そして遂に……


『ぎぇっ!?』


 苦し紛れに反撃しようとした触腕の一本をカーミラの刀が切断した。思わず苦鳴を上げて硬直した所に、カーミラがその眼前に刀を突き付ける。



『……っ!』


「勝負あったわね。命が惜しければカロリーナの元まで案内しなさい。そうすればこれまでの罪状・・によっては殺さないであげてもいいわ」


『く、くく……これは参りましたねぇ。しかし、罪状、ですか。どうやらあなたは話に聞いていた(・・・・・・・)通りのお方のようで。やはり我々(・・)とは相容れない存在のようですね』


「何を言って…………っ!?」



 ――ビシュッ! ビシュッ!



 闇を割るような鋭い飛来音。カーミラは反射的に刀を煌めかせて、飛来した物を弾き飛ばした。それは大きく太い……『針』のような物であった。


「これは……!?」


『ふぁははは! 仲間・・がいるのはあなた達だけだと思いましたか!?』


 その隙に虫翅を振動させて一気に後方へ飛び退るムスタファ。しかしカーミラにそれを追撃する余裕はなかった。針が撃ち込まれてきた暗闇から、何か大きな物が飛び出して彼女に襲い掛かってきたからだ。


「……ちぃ!」

 カーミラは咄嗟に刀を薙ぎ払う。するとその大きな影は驚異的な身のこなしで刀を掻い潜って、その鮫の口(・・・)を開いて彼女の脚に噛み付いてきた! 


「く……!」


 カーミラは本能的に脅威を感じ、大きく飛び退って回避した。距離を取った事で改めて新手の敵を視認できた。


 それは成体のライオンほどの大きさの四足獣であった。しかし体毛は一切生えておらず、代わりに固そうな鱗に覆われていて、その頭には鮫そのものの頭部が付いていた。


 カーミラはその外見的特徴に覚えがあった。


(こいつ、まさか……ナターシャが言っていた……!?)


 ストーン・キャニオン湖に潜む怪物。だがここからは大分距離があるはずだし、そもそもそちらにはセネムが抑えに向かっているはずだ。何故この怪物がここにいるのか解らず一瞬混乱するカーミラ。



『くくく……ご紹介しましょう。はフォルネウス。我々の心強い同志の一員(・・)ですよ』



「……!」

 動揺するカーミラを楽しそうに見やりながらムスタファが喋る。そうしている間にも鮫の怪物――フォルネウスが再び襲い掛かってくる。





「ミラーカさん!」


 ヴェロニカが彼女の援護をする為に力を高めると、


『おっと、邪魔はさせませんよ? あなたは私と楽しい時間を過ごしましょうか』


「……っ!」

 ターゲットを変えたムスタファが立ちはだかる。ヴェロニカは応戦を強いられ、カーミラの援護が出来ない。


「く……邪魔よ!」


 ヴェロニカは咄嗟に溜めが少ない『衝撃』を放って牽制するが、ムスタファはその軌道を見切って素早く身を躱す。


『ふぁはは。あなたの戦い方は見切ったと言ったはずですが?』

「くっ!」


 早くカーミラの援護に行きたいのに出来ない状況に歯噛みする。まずは何とかして独力でこのムスタファを倒さねばならないようだ。


 逸る心を抑えて意識を切り替えるヴェロニカ。だがその時……



「ひ、ひぃ!? た、助けてぇっ!」

「っ!」


 戦闘の余波を受けてパニックに陥ったらしいブリジットが、ヴェロニカの後ろに隠れようと走り寄ってきた。まさか払いのける訳にも行かずに、仕方なく彼女を背中に庇う。


「ラングトンさん! 危ないので私の側から離れないで下さい!」



「あ、あぁ……ありがとう! ありがとう…………とっても優しくて馬鹿な(・・・)お嬢さん」



「え…………っぁ!?」


 ――チクッ


 首筋に小さな痛みを感じた瞬間、そこから何かを一気に注射された。ヴェロニカが愕然として振り向くと、そこには空の注射器を手に酷薄な笑みを浮かべるブリジットの姿が。


「な……な、に……を……?」


 急激に呂律が回らなくなる。同時に身体中の力が抜けて意識が遠のいていく。


(ミ、ミラーカ、さん……。に、逃げ、て……)


 ブリジットに何かの薬を注射されたらしいと理解して、これが周到に準備された罠であった事を悟ったヴェロニカだが、それをカーミラに警告する事も出来ずに意識を失ってしまった……


次回はFile17:トライ・ビースト

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