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Depravity ~戦士の堕落(前編)

 彼等・・の文明を以てしても尚、その終点・・を観測できない深淵なる宇宙……。どこまでも果てしなく続く暗黒の世界の只中に、その宇宙の規模からすればほんの火花のような小さな光の渦が浮かんでいた。


 ルイペ銀河。およそ3500億個の恒星と、その約10倍以上の惑星、そしてそれらを取り巻く衛星や小惑星群からなる10兆以上の星々から構成される巨大な銀河だ。


 そのルイペ銀河の『渦巻き』のやや外側に位置する帯の中。そこだけでも数十億個の恒星がひしめいているが、その数十億の中の一つ、恒星スサキルバを取り巻く11個の惑星の中の一つに彼等・・の母星があった。


 惑星イレフ。スサキルバが発するエネルギーを効率よく享受できるハビダブルゾーンの丁度中間地点にあるこの惑星は、その恩恵によって周辺の惑星よりも早くから生命が誕生し、活発な生命活動と進化を促してきた。



 その生命誕生と進化の時期の早さは、そのまま数億年後の星間戦争(・・・・)の結果に直結した。



 同じスサキルバを取り巻く星系には、イレフの他にも彼等が惑星ラヘ、惑星トルスと名付けたハビダブルゾーン内に位置する惑星が2つあり、そこでも独自の生命が発生していたのだ。


 数億年の進化を経て知的生命体が発生したのは3つの惑星とも同じ。だが他の2星に先んじて知的生命体が誕生していたイレフはその分文明も進んでおり、やがて一早く惑星内に乱立していた国家やコミュニティの統一を果たしていた。


 だが成熟しきった世界はやがて熟して腐っていくもの。母星の資源を枯渇させ、環境の悪化と人口の過密問題を抱えたイレフ人達は他の星に新天地を求めた。そして既に高い水準にあった宇宙航行技術を転用して、他の惑星に侵略を開始したのであった。


 イレフ人はその高い技術と軍事力によって、まだ統一国家すら出来ておらずに幾つもの国家に別れていた他の2星を容易く征服した。イレフ人は異星人達を隷属させ、支配階級として君臨した。



 そしてそこから更にイレフの暦で数千年の時が流れる。その頃にはイレフ人達は自分達がかつて非情な侵略者であった事を都合よく忘れ、イレフ、ラヘ、トルスの3星を母星として認識するようになっていた。


 そして彼等は恒星であるスサキルバのエネルギーを効率的に転用する技術を編み出した事で、飛躍的にその文明を進化させていた。そう……最早ルイペ銀河内であれば遍く探査や調査の手を伸ばせる程に……


 かつて野蛮な侵略者であった事を忘れたイレフ人達は、その高度な文明によって高邁な思想を持つに至り、自分達こそがこの銀河における管理者・・・であり、他の知的生命体がいる惑星を監視し、そこに悪しき(・・・)文明が発展しないように管理する事こそが自分達の使命だと思い込むようになる。


 それは高邁ゆえの傲慢といえた。彼等は他種族にとっての『神』になり替わろうとしたのである。



 だが所詮は高度な文明を持つだけの、一個の生命体である事に変わりはない。中には増長して原始的な他種族を見下す思考の者も出始める。そして彼等を奴隷にしたり、死体をコレクションにしたり、臓器の一部を調理して食したりなど、様々な用途(・・・・・)で異星人達を欲する腐敗した好事家達が蔓延るようになるまでにさして時間は掛からなかった。


 そしてそれら好事家に高値で売る為に、異星人を密猟・・する『狩人』達が現れるようになるのもまた必然であった。


 辺境・・の文明レベルの低い惑星は特に『狩人』の密猟対象になりやすい。母星から遠く離れた惑星を監視する【辺境管理局】も、いつしかこうした『狩人』達の取り締まりが主要任務となっていた。 



 彼――ドルハルェイもそんな管理局の一員として、『狩人』を取り締まる任務に誇りを持つイレフ人の1人であった。といってもまだ彼は正式な管理局の局員ではなく、正局員を目指して厳しい訓練を積んでいる、見習いである準局員の立場ではあったが。




*****




 母星イレフの4つある衛星の一つ、衛星クルベスレフ。そこには大規模な管理局のアカデミーがあった。そのアカデミーの中にある第二バトルフィールドでは、この日も『狩人』を模した実体ホログラムを用いた実戦訓練の真っ最中であった。


 無数の不規則な障害物が乱立する視界不良のフィールド。ドルハルェイはそんな障害物の一つの陰から自分を狙う無機質な殺気を感じた。


「……!」

 彼は素早く身を翻す。『狩人』のホログラムから放たれたビームが一瞬前まで彼の立っていた空間を射抜く。彼は素早く触角を動かし念覚・・を集中する。そして放たれたビームの軌跡から敵の隠れ場所を特定。こちらからも牽制の銃撃を放つ。


 敵は物陰に身を潜ませたまま姿を現さない。懸命な判断だ。姿を見せれば念動銃にロックオンされてしまう。この施設のホログラムは相変わらず良く出来ている、と彼は満足げに思った。


 このまま牽制の撃ち合いをしていても埒が明かない。それでは得点・・を稼げない。このフィールドで戦っているのは彼だけではない。他の連中(・・・・)に遅れを……いや、差をつける為には自分から積極的に仕掛けていかなければならない。


 ドルハルェイは意を決すると、敵のいる地点の周囲に何発もの念動銃を撃ち込む。彼の銃撃によって破壊された小さな障害物が倒壊し、派手な破砕音と破片をまき散らす。


 それを目くらましとして彼は障害物から障害物に飛び移りながら、敵の潜伏地点に近付いていく。今までの訓練なら敵は五感までしか使えなかったのでこれで行けたが、今回からホログラムのレベルが上がっており敵は実際の『狩人』のように第六感覚である念覚まで使用してくる。つまり……


 ドルハルェイが近付くと敵のホログラムは既にそこにはおらず、こちらを狙撃できる別の障害物の陰に移っていた。敵の念動銃がドルハルェイに向けられるが……


「……!」

 そのホログラムのいる場所に向かって、別の障害物が倒れ掛かってくる。彼が事前に予測して時間差で倒れるようにしていたのだ。


 敵は障害物をよける為に飛び退った。結果としてドルハルェイの前にその姿を晒す事になる。彼は素早く現れた敵をロックオンしてビームを放つ。だが同時に敵も銃口を向けてビームを放ってきた。


 互いのビームが撃ち合って相殺される。一瞬まばゆい光がその場を支配した。しかし彼は一切怯む事無く、素早くブレードを抜いて敵との距離を詰める。


 敵もそれに反応してブレードを展開しようとするが、彼の方が速い。敵が彼の姿を視界に収めた時には、彼のブレードが敵の首筋を薙いでいた。


 ホログラムの映像が乱れて消え去る。これで4体目(・・・)だ。訓練終了までもう少し時間があるので、もう1体くらい稼いで(・・・)おきたい所だが……


 その時、彼の頭上に影が舞った。別の『狩人』のホログラムだ。隠れて隙を窺っていたらしく、既にブレードを抜いている。不意を突かれた形のドルハルェイだが、怯む事無く応戦しようとして――



 ――別の粒子ビームがそのホログラムを貫いた!



「……!」


 ホログラムは残像を残して消え去る。ドルハルェイは素早く念覚を集中させて周囲を探る。すると……


「よう、ドルハ。優等生のお前が油断するとは珍しいなぁ? 減点にならずに済んだんだから、俺に感謝しろよ?」


「……ルェフトスリクか。余計な真似を」


 障害物の上の高台から飛び降りて彼の前に立ったのは、別の訓練生であった。お調子者な性格で、生真面目なドルハルェイとはウマが合わないがその実力だけは認めていた。有り体に言えば彼とは成績トップを争うライバル同士であったのだ。


 いや争っていると思っているのは彼だけで、ルェフトスリクの方は余裕の体であったが。


「そう言うなって。お前は個人で先走りすぎだ。お前は確かに優秀だが、1人で出来る事は限られてる。それじゃ誰も付いてこないぜ?」


「ふん、大きなお世話だ。付いてこれないような奴は最初から役立たずだ。必要ない。……後、何度も言っているが人の名前を馴れ馴れしく省略するな」


 彼のにべもない態度にルェフトスリクは苦笑した。


「相変わらずお堅いこって。さあ、まだ訓練終了までには時間がある。俺と組もうぜ。そうすればもっと効率的に敵を倒せる」


「お断りだ。俺は誰の手も借りん。その上でトップの成績を残してこそ俺の実力を認めさせられる」


 彼はハイ・ハウスのルェフトスリクと違って、イレフ人としては下層階級であるロー・ハウスの出身であった。必ずエリートに成り上がってみせるという上昇志向は誰よりも強かった。馴れ合いごっこならそれが好きな奴等だけでやっていればいいのだ。


 それだけ言い捨てると、後は振り返る事無く次の敵を求めてフィールドの奥地へと駆け去っていった。




 そして訓練終了後、フィールド全体を監督していた複数の教官によって順位が発表された。ドルハルェイも含めた、訓練に参加した全員が固唾を飲んで壇上の教官を見上げる。今回の訓練結果は今後の管理局への配属にも重要な影響を及ぼすとされていたので、皆真剣だ。


 ドルハルェイの撃破数は全部で6体。2位(・・)であった。では1位は……


「ルェフトスリク! 9体(・・)! 戦術を活用した見事な内容だった」


「……!?」

 絶句するドルハルェイの目の前で、教官によって表彰されるルェフトスリク。


「どーもどーも。でも皆の協力があってこその成績ですよ」


「…………」


 (彼から見れば)能天気な様子で表彰されて笑っているルェフトスリクを、彼はまるで射殺さんばかりの目で睨み上げるのだった……



****



「くそう! 何故だ! 俺の方が奴よりずっと優秀なはずなのに……。何故勝てん! あんな要領ばかりいいだけの不真面目な奴なんぞに……くそっ!」


 訓練の翌日は休日となっていた。彼はアカデミーを出て、管理局が運営するクルベスレフの一般開放エリアまで足を運んでいた。この衛星には管理局の局員や訓練生だけでなく、他の産業に従事する一般民やその家族たちも居住している。


 その為この巨大なコロニーの中には一つの街が形成されており、居住区だけでなく種々のショッピングモールや娯楽施設、外食施設などが一通り揃っていた。そんなエリア内にある低価格で味もそこそこだが、量だけは多いと評判の大衆食堂の一角でドルハルェイは腐っていた。


 色々な負の感情が渦巻いていた。元から恵まれた家庭環境で育ってきたエリートに、下層階級である彼はどう足掻いても勝てないのか。誰よりも、勿論ルェフトスリクよりも努力を重ねてきた自負がある。だがそんな物は英才教育と元から生まれ持った才能の前には無力なのか。


 彼は腐ると同時に、耐えようのない虚しさも感じていた。そんな風に彼がジャンクフードを腹に詰め込みながら沈んだ気持ちに浸っていると、こちらに近付いてくる気配があった。



「やっぱりここにいたのね? 面白くない事があるとやけ食いする癖、治ってなかったのね」


「……っ! ンリーカ…………何の用だ。お前に断言しておきながら結局トップを取れなかった俺を笑いにでも来たのか?」


 やや不貞腐れ気味に顔をそらすドルハルェイ。近づいてきた女――ンリーカは、そんな彼の様子に苦笑しながら対面の席に座った。


 食堂にいた他の客や従業員の目線が彼女に集中するのが解った。それも当然だ。ンリーカは一言で言えば非常に美しい女だったのだ。手入れを欠かさない触角も艶々に輝いていて妙な艶めかしさを醸し出している。


 彼女もまた管理局の準局員――訓練生であった。ドルハルェイとは幼馴染の間柄で昔はなんとも思わなかったのだが、最近急激に美しく成長した彼女を前にすると妙な動悸を感じるようになった。



「まさか。ちょっと心配になって探してただけよ。あなたは昔から思い詰めるタチだったけど、これで管理局を辞めるなんて言わないわよね?」


「見くびるな。ルェフトスリクにしてやられた事は認めるが、そもそも俺が管理局に入ったのはこの手で『狩人』共を取り締まる為だ。辞めろと言われても辞めるものか」


 彼は最高評議会の掲げるイレフ人の『本当の使命』に大いに共感していた。原始的でともすれば悪の道に走ってしまう未熟な異星人たちを監視し導く事こそが自分達の役割なのだ。自らの使命を忘れ、欲望に支配された『狩人』共や奴等の『取引相手』共は、あってはならないイレギュラーな存在であった。


「それを聞いて安心したわ。そうよね。あなたの『狩人』嫌いは昔から筋金入りだったものね」


 ンリーカは肩の力を抜いて笑った。ドルハルェイが管理局を辞める事はないと聞いて安心しているのは本当のようだ。



「…………」


 ふと、彼はンリーカと2人きりである事に気づいた。アカデミーでは妙な噂が立つのを厭うて、彼女を食事に誘うどころか、声すら中々掛けられないのが現状であった。最近彼女はルェフトスリクに言い寄られている事が多く、彼は内心では非常にやきもきしていたのだ。


 そう考えると今の状況は偶然が生んでくれた格好のチャンス(・・・・)だ。正確には食堂の他の客や従業員がいるが、管理局の同僚達でなければ関係ない。


「ンリーカ、お前は……俺に管理局を辞めて欲しくないのか? 何故……辞めて欲しくないんだ?」


「……っ!」

 ンリーカは息を呑んだ。それから少し顔を青くして(※イレフ人の血液は青い)視線を逸らした。


「それを、私に言わせる気? 私の気持ちには気づいてると思ってたんだけど……はぁ、鈍感なのも昔からだったわね」


「……っ!」

 今度は彼が息を呑む番だった。彼女の言う通り、彼はお世辞にもその辺の機微に聡いとは言えなかったが、それでももう立派な大人だ。昔とは違う。彼女の言葉と態度に自信を持った彼は、昨日の訓練など比較にならない程に緊張しながらも意を決した。



「……ンリーカ。その……好きだ。俺の、伴侶になっては貰えないだろうか?」 



 こんな場末の食堂の中でどうかとは思ったが、今を逃したら恐らく伝える機会がない。彼は思い切って踏み込んだ。もし承諾してもらえるなら、アカデミーを卒業した暁には必ず正式に結婚を申し込む。


 因みにイレフ人は家事や育児などは全て惑星トルス出身の奴隷階級であるピール達をレンタルして代行させられるし、出産に関しても婚姻登録さえすればマタニティラボを利用できるようになるので、結婚しても仕事を辞めて家に入る事などしなくていい。職場結婚はイレフ人にとって男女共に何ら負担にはならず、頻繁に行われていた。



 果たしてンリーカの反応は……


「やっと……やっと言ってくれたわね。ずっと待ってたんだから……馬鹿」


 感極まった彼女はその場で涙をこぼして顔を伏せてしまう。想い伝わって彼女から了承の返事を貰えたドルハルェイは、天にも昇る心持ちとなった。訓練でルェフトスリクに負けた事などすっかり頭から吹き飛んでいた。


 故に気づかなかった。食堂の入り口から、偶然その場を通りかかってンリーカ達の姿を見かけて覗き見していたルェフトスリクの取り巻きの1人に、今の告白の現場を見られていた事に。


後編に続きます。

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