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女刑事と吸血鬼 ~妖闘地帯LA  作者: ビジョンXYZ
Case7:『シューティングスター』
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File24:北欧の妖精

 そして犯行予告当日。ルーファスが殺害予告の事を秘匿している事もあって、今までの襲撃当日と比べると穏やかとさえ言える静けさであった。


 場所はルーファスの自宅。広い敷地は大立ち回りするのにも充分な面積がある。もし『戦闘』が始まれば、間隔が広いとは言っても隣家にその騒音を聞きつけられる可能性が高いが、何の予備知識も無ければ本格的な騒ぎになる事はないだろう。事がルーファスの家の敷地内で起こっている限り、他人が勝手に敷地内に踏み入る事は出来ないのだから。




「うぅ……未だに夢を見ている気分です。まさかあのルーファス・マクレーンの自宅に自分がいるなんて……」


 夜の11時を回った時刻。庭園のベンチに腰掛けたヴェロニカが、自分で言っている通りの夢見心地な表情と口調で喋っている。


 隣に座っているローラは苦笑した。特にヴェロニカは映画が好きで自分もその道に携わりたいと映画学科に通っている身なのだ。当然ルーファスの出演作は全て観ているらしく、自身の緊張や興奮を紛らわす為か、先程までずっとローラに対してルーファスの出演作に関する蘊蓄を語っていた。


「しっかしホントに100万ドルなんて貰えるのか? 凄ぇなぁ。アタシらのバンドの機材を全部新調しても1万ドルもいかないぜ? 100万ドルなんて何に使っていいのか想像も出来ないよ。どっかのデカい会場借り切ってライブでもやるか?」


 庭園を散策していたらしいジェシカが戻って来た。ミラーカも一緒だ。


「駄目よ。あなた達の分は弁護士に預けて信託という形にするから。そんな勿体ない使い方はさせないわよ?」


 報酬に浮かれるジェシカに対してミラーカが釘を刺している。


「ちぇっ! でもまあ、いきなり100万ドルなんて渡されても確かにどうしていいか分かんなかったから、そうしてくれて助かるよ」


 ジェシカが舌打ちしながらも肩を竦めていた。それを聞いてローラもホッとした。余り欲の皮が張っていたらどうしようかと思っていたのだ。


「そうね。でも全ては今夜を乗り切ってからよ。今は『シューティングスター』への対処を考えましょう」


 ローラがリーダーとして浮ついている皆の気を引き締める。そう。全ては明日の朝を無事に迎えてからの話だ。ミラーカが神妙な表情で腕を組む。


「……結局あのクリスから連絡は無かったのね?」


「ええ……。でも彼の死体がどこかで発見されたというニュースも来ていない。彼はきっとやり遂げてくれるわ」


「……彼を信じてるのね」


 ミラーカがやや複雑そうな表情で呟く。ミラーカが教会でクリスと反目し合ったという話はジェシカから聞いていた。ミラーカがそんなに感情を露わにしたという話を聞いて嬉しさを感じる反面、クリスが未だに自分に対して特別な感情を抱いている可能性があると知って、ローラは何とも言えない煩悶さを感じていた。


「信じてるというか……そう祈ってるのよ。他に有効な手段が見つかっていない現状だしね」


 ローラはわざとはぐらかすように言った。クリスの事を黙っていた後ろめたさもあって、余りミラーカとこの話題を続けたくなかった。



「じゃ、じゃあ具体的な作戦を立てましょう! 『シューティングスター』を直に見た事があるのはローラさんだけです。何かいい案はありませんか?」


 ヴェロニカが手を叩いて話題を変えた。ローラも頭を切り替える。クリスから音沙汰がない以上、こちらはこちらで出来る事をやるしかない。


「そうね。まず奴の戦力だけど……」



「――その話には俺達も混ぜてもらっていいかな?」



「……!」

 この屋敷の主である男性の声が聞こえて、ローラ達は慌てて立ち上がって出迎えた。彼女らの現在の雇い主(・・・)でもあるルーファスだ。傍らにはシグリッドが追従している。


「マ、マ……マクレーンさん!」


 ヴェロニカの声が上擦る。


 屋敷に呼び寄せた際に顔合わせと自己紹介は済ませてあったが、当然というかそれだけでヴェロニカの緊張が解れる事はなかったようだ。


 因みに今日を無事に乗り切ったら、ルーファスの直筆サイン入りパッケージの『フュータルチェイサー』のBDを貰う事になっていた。ヴェロニカはそれを一生の宝物にすると舞い上がっていた。


「ははは、いいんだよ、皆。どうか楽にしてくれ。君達には俺の命を預ける事になるんだから、変な遠慮や気遣いは無用だ」


 ルーファスは笑ってベンチの一つに腰掛ける。それを受けてローラ達もベンチに座り直す。因みにシグリッドはルーファスの後ろに立って控えたままだ。改めて彼女に目をやって気付いた。衣装がメイド服ではなくなっている。


 スポーツブラのようなタンクトップとショートパンツ姿の上から、軽装のプロテクターのような物を身に着けている。胸や腰、肩や脛、前腕部といった部分を覆っているが、それ以外の部分は素肌がむき出しで、見ようによってはかなり煽情的な姿だ。


 物静かでクールな印象のシグリッドがそんな恰好をしているとギャップが著しい。


「あ、あの、ルーファス? シグリッドさんのその姿は……?」


「ああ、まあ……君達が警護に就くという事で、どうせ抗うなら彼女も君達に協力させようと思ってね」


「彼女も? でも……」


「――そういう事なら、まず彼女の正体・・を教えてもらえないかしら? なるほど、魔力はそれなりにあるようだけど、どんな力を持った存在なのかも分からない相手と共闘は出来ないわ」


 ローラが何か言い掛けるのを遮ってミラーカが質問する。シグリッドが人外であるという事は見抜いても、具体的にどんな種類の魔物なのかは分からないようだ。


 因みにジェシカとヴェロニカの能力については顔合わせの際に説明してある。



「……君達、トロールって聞いた事があるかい?」



「トロール? ……って、あの『指輪物語』なんかに出てくる?」


 ヴェロニカが映画好きらしい回答をすると、ルーファスは苦笑しつつかぶりを振った。


「そう。あれで有名にはなったけど、ここで聞いてるのはこの現実世界におけるトロールの事だ」


「この現実世界……?」


 ローラやヴェロニカも首を傾げる。ジェシカは勿論だ。


「……トロール。もしくはトロル。スカンジナビア半島を中心に、主に北欧の寓話に多く登場する伝説上の妖精、または巨人の事ね」


 そんな3人の様子にミラーカが溜息を吐きつつ回答した。ルーファスは今度は頷いた。


「そうだ。北欧に伝わる伝承上の巨人……。だがそれが伝承上の存在ではなかったとしたら?」


「……!!」

 4人とも瞠目した。その視線が黙ったまま佇んでいるシグリッドに集中する。彼女は自分の事が話題になっているのに、一切の無表情を保っていた。


「まさか……彼女は?」



「トロールは『男』しかいないようでね。彼女はトロールと人間の女性の間に生まれた、言ってみればトロールハーフという訳だ」



「……!」

 トロールが実在した事自体はそこまで驚きではない。何といってもローラ達はこれまでにも幾多の人外の存在と実際にまみえてきているのだから。『エーリアル』のように過去に実在した神獣も見ている。


「……だとすると、あの『エーリアル』の『子供』達に近い存在って事ね」


 丁度同じ事を考えたらしいミラーカの言。幸いというかトロールのハーフは『子供』達と違って、母親の影響が色濃く出るらしい。


 しかしそんな数奇な生い立ちを持つシグリッドと、ハリウッドスターのルーファスとの接点が全く浮かばない。彼等はどんな経緯で出会って、ルーファスはどのようにしてシグリッドの正体を知ったのか、そして何故人外と知った上で使用人として雇うに至ったのか……。興味は尽きない。


次回はFile25:頼もしい味方?

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