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女刑事と吸血鬼 ~妖闘地帯LA  作者: ビジョンXYZ
Case7:『シューティングスター』
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File6:8人目のターゲット

 しかしそんな彼女の決意を嘲笑うように、どれだけ捜査してもそれ以上何の手がかりも得る事が出来ずに日ばかりが過ぎていった。


 そもそも相手が本当に宇宙人だとしたら、まともな捜査で痕跡を発見する事など不可能に近いだろう。どれがその痕跡なのかすらローラ達には判別できないのだから。



 そして無情にも時は過ぎていき、とうとう次の予定犯行日時の三日前を迎えてしまった。いつものパターン通りなら、『シューティングスター』から次のターゲットに向けて殺害予告のメールが送られているはずだ。


 当然だが今までの事件での予告メールも、警察の総力を挙げてその発信元を特定しようと躍起になってきた。だがそれは適わなかった。


 『シューティングスター』はどのような方法でか、人工衛星を経由する中継局の電波に勝手に入り込んで全くデタラメな架空のアドレスを作り上げて、そこから予告メールを発信していたのだ。それぞれの事件ごとにアドレスは全て異なっていて、発信源もランダムのように移り変わり何の法則性も見いだせなかった。


 今までは犯人には相当通信技術に精通したハッカーやSEのような存在が協力しているのではないかと目されてそちらも並行して捜査が進められていたが、今のローラにはそれが全くの見当はずれである事が解っていた。


 恐らく人類より遥かに進んだ文明を持っている社会の一員であろう『シューティングスター』にとって、人間の扱う原始的・・・な通信電波をジャックする事など文字通り朝飯前なのだ。



 そんな訳で結局『シューティングスター』の居所を掴めないまま……ロサンゼルス市警に一本の電話が掛かってきた。


 電話の主はLAに本社を置く大手銀行のCEO、ダグラス・S・ハームズワースであった。『シューティングスター』からの殺害予告メールを受け取ったとの事で警察に保護を求めてきたのだ。



****



「ようこそ、ハームズワースさん。LAPDの警部ハンク・ネルソンです。あなたの身柄は我々が全力をもってお守り致しますので、どうぞ安心してお過ごし下さい」


「あ、ああ……宜しく頼むよ、警部」


 翌日にはLAPDを訪れたダグラス。出迎えたネルソンは、ジョンの言っていた『お偉方に名前と恩を売る絶好のチャンス』に揉み手でもせんばかりの極上のスマイルでダグラスと握手を交わす。


 対してダグラスはやや引き攣った笑顔でそれに応じていた。明らかに落ち着かない様子だ。それも当然だろう。既に7件の殺害予告を全て成功させており、直近の事件では多数のギャングの護衛を物ともせずに打ち破ってターゲットの殺害を果たしている化け物(・・・)のような相手に命を狙われている状況で泰然自若としていられる人間はそうはいない。



 場所はLAPD本部。昨日電話を受けてから緊急で作戦会議が開かれ、警護に万全を期すためという事でダグラスには、殺害予告の日時が過ぎるまでこのLAPDの中で過ごしてもらう事になった。


 流石に警察本部にまで堂々と乗り込んではこないだろうという見通しと、地理的にダウンタウンや繁華街に近い場所で深夜でも人通りが絶えないので、それによって増々犯行の敷居が高くなるはずだという目論見があっての事だった。


 確かに『シューティングスター』が通常(・・)の殺人犯であれば、ネルソンの目論見は功を奏するかも知れない。だがローラは一切楽観的になれなかった。クリスやニックの言葉が思い出される。


 ギャングを打ち破った『シューティングスター』が次に求めるのは警察戦力とのゲーム(・・・)……。その推測が合っているなら、奴はむしろ嬉々として警察署に乗り込んでくるだろう。


 繁華街でどれだけの人間のいる場所であろうと、奴にとっては関係ない。ゲーム終了後は透明になって簡単に離脱してしまう事ができるのだから。


 また作戦会議ではダグラスにこのLAから離れて、何だったら一時外国に避難してもらってはどうかという案も出たが、五件目の被害者の上院議員がまさにそうやってLAから避難しようとして、車でLAから出た瞬間に外から狙撃されて、頭が丸ごと消失・・するという顛末となった。


 移動しながらでは警護も万全には敷けず、また街の外や外国であっても『シューティングスター』が現れないという保証はなく、結局ネルソンの提案した今回の『LAPD本部要塞化作戦』が採用された。



****



「くくく……やはりこうなったな。しかもここの守りを固めて要塞化などと……。まさに奴の為に攻略ステージ(・・・・・・)を用意してやっているような物だ」


 再びLAPDを訪れたクリスが、ローラに対して嫌味な笑いを浮かべる。彼の後ろには相変わらずニックとクレアも同行している。どうやら彼のお目付け役も兼ねているらしい。


「クリス……。あなた達は犯行阻止に協力しようって気はない訳?」


 まさに彼と同じ事を考えていたローラは反論を諦め、代わりに鼻を鳴らして皮肉げに口を歪める。クリスは肩を竦める。


「NROはあくまで諜報機関であって司法機関ではない。その言葉は彼等に言ってやったらどうだ?」


 クリスは、後ろにいるFBIの局員たるニックとクレアに向けて顎をしゃくる。ニックはやはり肩を竦めただけだったが、クレアの方は少し心苦しそうな表情になってかぶりを振った。


「ごめんなさい、ローラ……。私の方からFBIの協力を提案してみたんだけど、おたくの警部にすげなく却下されてしまったのよ」


「……はぁ。そうよね。こっちこそごめんなさい、クレア」


 ローラは嘆息した。かの『エーリアル』事件でのグリフィスパークの悲劇でもネルソンは、FBIがいたせいで連携や統制を乱されて結果あのような事態になったと、頑なに自身の非を認めずFBIに責任をなすり付けていたくらいだ。


 ましてや今回の事件は、自身が手柄を独占する(・・・・・・・)絶好の機会だ。ネルソンがこの作戦においてFBIの介入を許すはずがないのは考えるまでもなかった。


「まあ、ロサンゼルス市警のお手並み拝見って所かな」


 ニックが若干面白そうな口調になる。そう言いながらも絶対に警察が勝てるとは思っていないだろう事は想像が付く。好奇心旺盛な彼は『シューティングスター』を……つまり本物の地球外生命体をその目で見れるのが楽しみなのだ。


 不謹慎な態度ではあるが、彼等の協力を断ったのはこちらのネルソンなので何とも言えない。クレアが黙りなさいよ、とでも言わんばかりにニックの脇腹に肘打ちしていた。



****



 いよいよ明日には犯行予告日時となる。今までのパターンから『シューティングスター』は、ターゲットがLAから逃げようとしない限りは必ず予告日時を守ると確信されていたので、今夜は最低限の警備と監視要員だけ残して、他の署員は明日に備えて帰宅を許された。ローラとリンファも同様であった。


「リンファ。あなたはまだ若い。明日は休んだって誰も文句は言わないわ」


 実際作戦の肝はSWATや警備部門が担う事になる。ローラ達にはそこまで出る幕はないはずであった。リンファがいてもいなくても、ネルソンは恐らく気にも掛けないだろう。ローラとしてもまだ『ディザイアシンドローム』事件でリンファが死にかけた時の記憶も新しいので、出来れば彼女には休んでいて欲しかった。だが……


「先輩、そこから先は言いっこなしです。確かに頼りないのは反論できませんが、あの事件では私も今のままじゃ駄目だって考えさせられたんです。まだまだ修行中(・・・)の身ではありますが、私もあの時とは違います。先輩の身も、そして自分の身もちゃんと守って見せます。だから……明日も宜しくお願いします」


「リンファ……?」


 ローラは少し訝しげな視線を彼女に向ける。何か気になる事を言っていたような気もするが、とりあえず彼女に明日休む気はないと知って嘆息した。恐らくローラが何を言っても意見を翻す気はないだろう。


「……解ったわ。ありがとう。でもくれぐれも気を付けるのよ?」


「はい、勿論です! ありがとうございます、先輩!」



 笑顔になって礼を言うリンファと別れて、ローラも自宅へと戻った。戻るとすぐに出迎えがあった。


「おかえりなさい、ローラ。今日は早かったのね」


「ただいま、ミラーカ。そうなのよ。でもまた明日から忙しくなりそう」


 『シューティングスター』事件の捜査が始まって以来、何かと忙しくて時間が合わない事が多かったが、今日は家に居てくれた。それだけでもローラは幸せであった。


 ダイニングでミラーカと向き合いながら簡単な夕食を摂る。ミラーカがローラの好きな銘柄のウィスキーをオンザロックでグラスに注いでくれる。


「あの事件を担当してるのよね? 『シューティングスター』だっけ?」


「まあ、私だけじゃなくて他にも大勢いるけどね」


 ウィスキーでほろ酔いになったローラは、捜査やネルソンに対する愚痴をぶちまける。


「ただでさえジョンを外しちゃったせいで混乱してるってのに……FBIの協力も断ったのよ!? あいつ、『エーリアル』事件で全く学習してないのよ! 人命なんかどうでも良くて、自分の出世や名誉の事しか頭に無いんだわ!」


「そうねぇ……。しかもあなたの話や事件の詳細を聞く限りだと、恐らくその出世や名誉さえ失墜する事になりそうね」


 ミラーカが色っぽく溜息を吐く。そう……一番の問題はそこだ。ローラの予感ではネルソンは確実に失敗する。その結果ただネルソンが失墜するだけならむしろ大歓迎というものだが、その代償としてターゲットになったダグラスや、その警護に就く事で巻き込まれる警官達の命が失われるのだ。


 それが解っていながらローラには何も出来ない。その無力感がもどかしかった。難しい顔で唸るローラに、ミラーカが懸念した表情を向ける。


「ローラ……気持ちは解るけど神ならぬ身で……いえ、神でさえ全てを救う事は出来ないわ。あなたは既に現状で最善を尽くした。後は彼等の無事を祈る事と、自分自身の命を守る事に専念するべきよ」


「……!」

 それもまた重大事項であった。メインではないとは言え、作戦に参加するからにはローラ自身にも命の危険は伴う。リンファに言った事はそのままローラにも当てはまるのだ。


「100%大丈夫……とは言えないのが辛い所ね。正直何が起きるか全く予測が付かないわ」


 宇宙人の襲撃など予測の付けようがない。ミラーカは解っているというように頷く。


「勿論そうでしょうね。刑事の仕事に危険は付き物だもの。私も今更あなたを止めたりはしないわ。でも無茶だけはしないって約束して。例えば……誰かを庇って『シューティングスター』の前に敢えてその身を晒したりとかの無茶をね」


「ミラーカ……ええ、約束するわ」


 土壇場になって本当にその約束が守れるのか。それはローラ自身にすら解らなかったが、それでもここでミラーカと約束しておく事で僅かでも抑止力となるなら……。恐らくミラーカもその為に約束させたのだ。



「でも、大勢の武装したギャング達を正面から短時間で全滅させてターゲットを殺した、か……。私に同じ事をやれと言われても難しいでしょうね。時間制限がないのならともかく、5分ほどで、となると……可能な者は限られてくるわね」


「ええ、そうなのよ……」


 ミラーカの言葉に頷く。ローラも検視局で同じ事を考えた。それが出来るのは今まで戦ってきた名だたる怪物の首魁達だけだ。戦果だけ見るなら『シューティングスター』は彼等と同格(・・)という事になる。それはつまり……


「これも……『黒幕』が関係した事件なのかしら?」


 当然その疑問が出てくる。ローラはかぶりを振った。


「何とも言えないわね。そもそも『ディープ・ワン』以降の事件でも『黒幕』が関与しているという証拠は、あの『死神』しかない訳だし……」


 『死神』が現れた4つの事件は、恐らく『黒幕』が関与している物と推測された。それ以前の『ルーガルー』や『サッカー』では死神こそ現れなかったが、『黒幕』が直接的に関与していた証拠がある。



 今回の事件でも『死神』が現れるのか否か……それが一つの指標にはなりそうだ。



「……『黒幕』が関わっていようといまいと、『シューティングスター』が恐ろしい相手なのには違いないでしょう。念のため私も控えておいた方が良いかしら?」


 ミラーカの提案。『エーリアル』事件の時はローラの方からそれを頼んだのだが……


「……いえ、大丈夫よ。さっき約束もしたし、今回は私も本当に無茶はしないつもりだから。それに広い自然公園と違って警察本部内じゃ、流石に誤魔化しが効かない可能性も高いしね」


 どこで誰にミラーカの戦いを目撃されるか解らない。それにまたそれこそ『エーリアル』の時のように、ミラーカ自身にも危険が及んでしまうかも知れないのだ。


「そう……解ったわ。じゃあ私はあなたの無事を祈ってるわ。くれぐれも約束は守ってね?」


 ミラーカもとりあえず納得してくれたのか、そう言って肩を竦めた。


「ええ、ありがとう、ミラーカ。勿論よ」


 ローラもホッとして頷いた。ミラーカの護衛を断ったのはそれらが理由なのは間違いないが、もっとより深い部分で何となく彼女に、クリスの存在や彼との関係を知られたくない、そして逆にクリスに今のミラーカとの関係を知られたくないという心理が働いていたのもまた確かであった……


次回はFile7:ジャーナリスト魂

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