表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女刑事と吸血鬼 ~妖闘地帯LA  作者: ビジョンXYZ
Case1:『サッカー』
17/348

Interlude:咆哮

 彼は「飢え」に支配されていた。それは文字通りの飢え……つまり食欲だ。時刻は夜。空には月が輝いていた。


 今彼の前には、露出の多い下品な服装をした女がいた。夜の通りに繰り出して春をひさぐ、いわゆる街娼という奴等だ。貧しく身元も不確かな女や家出少女などが手っ取り早く稼ごうとなる事も多い。客の氏素性も知れない事が多い為、犯罪の温床になりがちだ。



 自分達警察官(・・・)がいくら取り締まっても、後から後から湧いて出てくる。キリがない。そして今まさにこうやって彼の餌食になりかけているのだから救えない。



 暗く、まず人も通りかからないような路地裏。彼の姿を見た女は怯え切っていた。恐怖に目を見開き地面に這いつくばっている。何とか彼から逃げようとしているようだが、腰が抜けて立つ事も出来ないでいる。恐怖の余り声も引きつり、女得意の金切り声を上げる事さえ出来ないようだ。


 好都合だ。彼はニンマリと口の端を吊り上げたつもり(・・・)になった。大きく裂けた口からよだれがしたたり落ちる。それを見た女が、堪え切れずに封印されていた悲鳴を上げようと声を引き絞る。


 だがその口から金切り声が発せられるよりも、彼が女の頭にかぶり付く方が遥かに速かった。凄まじい咬筋力で女の頭蓋骨ごと粉砕して噛み砕く。


 原型を留めない程に『破壊』された女の頭が、まるで出来の悪いホラー映画用の人形みたいにブラブラと揺れたかと思うと、そのまま身体ごとパッタリと倒れ伏した。


 女の頭蓋骨ごと脳を咀嚼した彼は、その狂暴な衝動の赴くままに女の残った身体にかぶり付いた。凶悪な形状の太いカギ爪も駆使して、肉を引き裂き、内臓を喰らい、血をすする。



 彼の『食事』が終わった時、そこにはかつて人間だった残骸・・が転がっていた。彼の口周りは勿論、首や胸に至るまで獲物の血で真っ赤に染まっていた。自らの『狩り』の勲章だ。


 彼はその成果を誇るかのように、天に輝く月に向かって咆哮した。恐らく近場にいる人間には聞こえただろうが構うものか。この咆哮と彼を結び付ける者などいるはずがない。今の自分は自由なのだ。



 刑事・・として、先の見えない殺人事件の捜査を続けなければならないストレス。警察官として常に周囲の目を気にして自分を律しなければならないストレス。口やかましいばかりの妻や反抗的で言う事を聞かない娘に対するストレス。楽しくも無いのに、笑顔を張りつけて近所付き合いをしなければならないストレス。


 何もかもがウンザリだ。そんな彼がこの時ばかりは、全てのくびきから解き放たれて自由になれるのだ。今の彼は万能だった。自分に出来ない事など何もない。馬鹿で鈍い人間達は押し並べて彼の獲物だった。ここは……このロサンゼルスという街は、彼の『狩場』なのだ。


 今は『サッカー』とかいうぽっと出の新参者がのさばっているが、あんなものは「狩り」のなんたるかも知らない素人だ。すぐにボロを出すだろう。と言うより、自分の狩場を荒らされて彼自身が腹を立てていた。近い内に必ず思い知らせてやる。



 そう決意すると、彼は次なる獲物に思いを馳せた。色々試してみたが、獲物はやはり女がいい。それも若く張りのある活力に満ちた女が最高だ。子供だと小さくて肉も薄くて食いでが無い。脂の乗った若い女が最高のご馳走だ。


 そう、例えば……彼と同じ職場(・・・・)に勤める女刑事、ローラ・ギブソンのような女が……


 彼女は最高にホットだ。あの輝くようなブロンドヘアと、髪に負けないくらい輝きに満ちた、人目を引きつけて止まない美しい顔。適度に鍛えられて脂の乗った身体はきっと極上の味だろう。


 あの気の強そうな目が、今の彼の姿を見た時どんな風に恐怖で歪むか想像するのが最近の楽しみだ。いつも彼は職場で彼女に接する度に、自らの「飢え」から来る衝動を抑えるのに一苦労していた。


 彼女は極上のデザートなのだ。そこらの女のように簡単に食い散らかしてしまうのは勿体ない。じっくりと最良の時期を見極めるのだ。





 ローラの事を考えていて、少し周囲への感覚が疎かになっていたのだろう。彼とした事が人間の接近に気付くのが少し遅れた。



「ひっ……!?」



 バタンッ! という何かを落とすような物音と共に、女の息を呑むような押し殺した悲鳴が聞こえた。彼はゆっくりと振り返った。


 露出の多い服装。どうやらこの女も街娼の類いのようだ。持っていたハンドバッグらしき物を地面に落として、口元を押さえて青ざめている。先程の彼の咆哮を聞いて、様子を見に来てしまったのだろう。来なければ死なずに済んだものを……。好奇心は猫をも殺すという奴だ。


 今日の『狩り』は終わりの予定だったが、当然今の彼の姿を見られては生きて帰す訳には行かない。彼は大きく裂けた口を開いた。その口には、たった今喰い終えたばかりの獲物の血で染まった牙が生え並んでいた。

  



 ――夜の路地裏に、獣の咆哮と女の悲鳴が轟く。その一部始終を夜空に輝く月だけが見下していた…………

次回はFile16:泣きっ面に蜂


マイヤーズ警部補に捜査を外され、休暇を命じられるローラ。

更に彼女は同僚のダリオからあらぬ疑いを掛けられて――!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 良いですね! 食い散らかし、咆哮する描写が堪りませんw [気になる点] 署内の深刻な吸血鬼汚染w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ