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マッチ売りはどこまで長生きできる?

作者: てるてるぼうず

「ふ……とうとうこの日が訪れてしまったか……」


 私が事故で死に、異世界転生してはや十数年。ついに父親から決定的な言葉を口にされる。……つまりすべてのマッチを今日中に売り切れという言葉だ。私がその言葉にある種の死の宣告にも似た恐怖を感じ、毎年の年の暮れになると心が締め上げられるような錯覚に陥るようになったのは私が四歳の頃からだろうという事を記憶している。あの時はまだ今と違って前世の事を良く覚えていた。多分……自身の名前も憶えていたと思う。今となっては名前も生年月日も憶えてはいないが……


「しかし……なんで寄りにもよってマッチ売りの少女として……公爵令嬢は高望みが過ぎたか……」


 私は自嘲ぎみに、そしてニヒルに笑って見せる。この笑いは誰にも知られることはないだろうが……それでも気休めにはなる。さて、私がこのような無味乾燥な性格に育ったのには理由がある。一つはこの異世界転生が私にとって望ましくないものだったという事。二つ目は両親からの……思い出したくもない。最後に自身に待ち受ける宿命だ。


「思えば……気づいてしまった日もこんな雪の降る日だったな……」


 そう……私はあの日気づいてしまった。ごみを燃やそうとマッチに火をつけた時に……炎の中に裕福な家庭の光景が映し出された瞬間に……私はマッチ売りの少女であることに気がついてしまったのだ。子供の頃読んだ事のあるあの有名なおとぎ話……悲劇……その悲劇のヒロインに見事抜擢されたのがこの私という訳だ。ならば多少ひねくれものに育ってもかまわないだろう? 今宵こそが一世一代たった一夜限りの大舞台、報酬は幸せな生活の映像。今日まで良い事はなにもなかった。唯一の慰めはこれから見る婆さんの優しい笑顔。


「……そう簡単に逝くかよ……!」


 私は天に向かって、異世界転生する際に姿も見せなかった、いるかどうかもわからない神に向かって精一杯睨み付けた。私は今日まで遊んでいたわけではない。まあ、遊べる自由などあの親が選ばせてくれるはずもないのだが……とにかく私は、マッチ売りの少女としての能力、つまりマッチを擦ると自身の望む光景が映し出されるという能力を必死に研ぎ澄ましてきた。すべてはこの日の為に。


「……まだ、両親の苦しむ姿、か……」


 おもむろにマッチを擦り、そこから映し出された映像を確認する。何度マッチを擦っても見えてくるのは決まってこの映像だ。自身の幸福よりも他人の、それも憎らしい人間の不幸しか望めない女。それが今の私の心の質……魂のランクという奴だ。今死んだら間違いなく地獄行きだろう。これを後数時間のうちに心優しい綺麗な映像に変えろと言うのだから今年の主演女優賞は頂いたと言っても過言じゃないな。


「落ち着け……いつものように心を凍てつかせろ……氷の感情を……そうだ……」


 一度深呼吸し、再びマッチを再点火させると、そこに映し出されたのは煌々と明かりのついた豪邸だった。恐らくは次あたりでこの豪邸の内装……部屋の中が映し出され、最初に暖かいストーブ、次に七面鳥の丸焼きが映し出される事だろう……それはマッチ売りの少女という物語が開始されている事を意味していた。


「やってやる……やってやるぞ……!」


 私は自身に言い聞かせ、マッチを売るように宣伝した。しかし普通の宣伝ではない、それでは凍え死んでしまうのは『もうすでに知っている』よって私は工夫を凝らした売り方をしなければならないのだ。


「さあ、さあ、お立合い。ここにあるのはマッチだがただのマッチじゃない! え? じゃあなんだっていうとこいつは望みを映し出す魔法のマッチ! 試しに擦るとあら不思議! なんと一面に広がる花畑が見えるじゃないか! こいつは何とも珍しい世にも奇妙な望みを映すマッチ! 世の常なら高値で売れるが今夜は泣く子も笑う聖夜の日! 今宵限りの出血大サービスだ! 通常価格で売ってやろうじゃないの! さあ、並んだ並んだ!」


 私がマッチに火をつけながら売り文句を宣うと、興味を持った奴がちらほらと炎を見つめる。しかしながら私のところに来て買おうとしないのはやはり胡散臭いと思っているのだろう。それもそのはず、こんなみすぼらしい衣服を着た私がこんな素晴らしい物を持っているはずがない。しかしながら映し出される映像は間違いなく他の人間にも見えている。これは以前近所のガキどもに見せて確認済みだ。


「おお、何だあれは」

「面妖な」


 やはり食いつきが悪いな。


「ようし試しにそこのお兄さん! 試しに一回擦ってみな! いやいやお代を取ろうなんてそんなケチな事は言わないよ!」

「ええ、拙者でござるかぁ?」


 マッチ売りの少女の舞台って確か混乱期のアメリカだよな……? いや、異世界なんだから深く考えても無駄か。私の前に男がやってくる。


「さあ、望みは言わなくていい。私の手を握り強く願うんだ。そうすりゃ望んだものが映される!」

「じゃあ、ここはひとつ騙されたと思って……」


 男が私の手を握ると、私はマッチを擦る。そう……これこそが私が研ぎ澄ました事で啓いた能力の更なる扉。自身の心を見つめた者の顔を映す水面のように静かにさせることで可能となる新たなる境地、他人の望んだ映像を映し出す能力!


「貴方の望みはこれですね?」

「おお! 正しくこれは垂涎の免許皆伝の書!」


 ……やっぱこいつ西洋人じゃねえな?


「おお、これはもしやすると」

「いや、もしくは怪しげな魔術の類なのでは……? これは騎士様を呼んだ方が……」


 ちっ、やっぱ警戒心が強いな。しかし足を止めている連中も多くいるのも確か……一つ、あと一つ何かきっかけがあれば。


「ほう、面白いマッチだ」

「あ、試してみますかい?」


 今度は黒い帽子をかぶった女が興味を示した。私はすかさず商売人よろしく愛想笑いをしながら接客する。


「うむ。これで妾の望むもの、この世で最も美しきものの姿……すなわち妾の顔が映れば信じようぞ」

「何言ってんだこの婆……?」

「何か?」

「いえなんでもございませんマダム!」


 私は焦りながらも咳払いすると、急いでマッチを擦る。


「ほう……! 確かにこれは紛れもなく妾の美しき美貌……!」

「へへっ、信じていただけやしたか」

「素晴らしい! ではこのマッチを……むう!?」


 上機嫌だった婆の顔が急変する。


「へ? 何か変な物でも?」

「ぐううぅ……っ! この、妾の隣に映っているこの顔! 忘れもしない白雪姫! まさか! この妾が潜在的に我が美貌に比肩しうると恐れているのか!? この娘を!」


 え? こいつ今白雪姫って言った? マジで? こいつ王妃様? というか繋がってんの? アンデルセンワールドとグリムワールド。


「おお……なんと可憐で美しき少女か……」

「黙れっ! ええい、このマッチは買うてやろう! 釣りは要らん! ……まずは妾自身の心を正常に戻さねば……美しき美貌は美しき精神に宿るもの……故に妾は美しい……誰よりも、この世の全てより」


 そう仰いながら王妃様は幾枚かの金貨を投げて渡すと、マッチ箱を五から七個ほど掴み、そのまま雑踏の中へと消えて行った。


「わ、私も買うぞ!」

「お、俺もだ!」


 そのしばらくの間、白雪姫の顔見たさに男どもが集る。理由はどうあれこれだけ売れるとなると白雪姫様様という奴だ。……そろそろここから離れるか……望みを写すのは私の固有能力で買った奴にその能力が発現する証左はまったく存在しない。まがい物だとかあらぬ疑いをかけられる前に逃げるか。


「売り切れたみたいなんで今宵はこれにて失敬!」


 金を握りしめながら全速力でその場を離れた。


「ひい……ふう、みい……へ、へへへ! マジかよ……!」


 人気のないところで儲けを数えると生まれて初めての純粋な喜びからくる笑顔が零れる。まさかマッチごときでここまでの儲けが出るとは……! やっぱ能力と頭は使いようだな。まだマッチ箱は47箱残っているが、これだけの金があれば全部売れたどころじゃない。へそくりをしてもバレないってレベルだ。残ったマッチ箱なんて捨ててさっさと家に帰るか。


「……へっへっへ……これだけ金があれば……待てよ……?」


 突然私は歩くのをやめた。何故私はわざわざ家に帰ろうとしているのだろうか? あんなところに帰ったところでましな生活は待っていない。……仮に渡されたマッチ箱の金額をあの二人に渡したところで私に何かおこぼれがあるのか? あるはずがない! マッチ売りの少女の死を悲しんだのは偶然見かけたもっともらしいご身分の憐憫だけだ! あの二人の涙は作中微塵も描かれてはいなかった!


「……望みを映す……か」


 私は意を決したように、『まるで今初めてマッチを擦ってその光景に驚く無垢な少女』のようにマッチに火をつけた。そこに映し出されたのは優しいお婆さんの笑顔ではなかった。ましてや両親のもがき苦しむ醜い姿でもなかった! 目も眩むような爛々と輝く金銀財宝が映し出されていたのだ!


「ふっ……こんな荒唐無稽な、非現実な物を見て胸が高鳴るとは……とっくの昔に消えてしまったと思っていたのに、無味乾燥な心ばかりだと思っていたのに……まだ、残っていたんだな……私の中にも! 欲望の炎が!」


 もはや私の心に一片の曇りもなかった。私はこれからこの金と能力を利用し、巨万の富を手に入れる。恐らく……今の私の顔はもはや悲劇のヒロインなどと言う陰りは微塵もなく、先ほどの王妃様のように醜く歪んでしまっているだろう。……素晴らしい話ではないか。少なくとも私は間違いなく宿命を超えたのだ! ここから先は私だけの運命なのだ!


「まずは見た目からだ……こんなみすぼらしい格好では足元を見られるばかりだからな」


 思い立ったが吉日。すぐに私は普通の仕立て屋に向かい銭貨を払って多少マシな服を買った。そして着ていた服をマッチで焼き払い、少し上等な服屋でいい服を金貨で払い、お釣りをもらう。再び多少マシな服を焼き払って、良い服を着て最後に高級店に行って上等な服を買った。これで誰からも足元を見られることはなくなったはずだ。


「クックック……狙うは最上の獲物……向かうか……! 王妃様の棲む城に!」


 王妃様は自身の美しさに大変ご執心の様子だった。思えばあの時炎に映し出された顔も随分と若いころの顔だった。私のこの能力を以てすれば王妃様の歓心を買う事は容易いだろう。私はすぐに城に向かった。


「門番から門前払いを受けると思ったが……滞りなく王妃様との拝謁が叶うとは……存外楽な道のりかもな」

「現れおったなペテンの娘め!」


 ようやく来たか……案の定ご立腹の様子だな。


「はて? 私がペテンとはいったいどういった訳でしょうか?」

「しらじらしい台詞を! あのマッチはすべて普通の物ではないか! 妾を謀った罪……万死に値する!」

「それは違いますれば、あれは望みを写すマッチなのですよ?」

「だからこそ貴様は偽りを!」

「いえ! 偽りは申しておりません! あれは間違いなく望みを写すマッチです!」


 私は王妃さまに対し毅然とした態度で言葉を返す。


「ならば何故妾の顔が映らん!」

「それは……迷いがあるからかと」

「……なに……?」

「失礼ながら、王妃様の心に乱れが見えます。もしや……確認のためにお使いになられたのでは?」

「……!」


 そりゃあそういう気持ちが混ざるのは当然だろうな。本当に自分の美しさに確信があれば自身に比肩しうる白雪姫に対し上から目線で称賛しても嫉妬したりはしないだろうからな。


「ならば真実(まこと)の望みをお見せしましょう……真の望みを!」


 私はマッチを擦り、恐らく過去その領域に達した事は瞬間的にもないであろう程に美化された王妃様の姿を望み、見事それを映し出して見せた。


「こ、これは……! これこそ正しく妾の!」


 ここから先は楽だった。何せ必要な物はマッチだけ……ただそれだけで相手の望む幻を見せられるのだ。そうなれば物好きな金持ちはこぞって集まってくる。そしてそいつらに会えるだけの適当な地位はもう手に入れた。後は私だけが持つべき巨万の富を手に入れるだけだ。


「……多くの考古学者、聖職者、権力者の望みを映してきた……なかなかご立派な志を持つ者も多かった。しかし、いるものなんだよな、夢を追い求める奴は」


 そう、私が望みを映し続けてきたのは小銭稼ぎの為ではない。もっと壮大な富、それも確実に存在する財宝を確認するためだったのだ。だからこそ、絵空事ではない、漠然とあったらいいな程度の望みしか持てない貧民ではなく、あるかないかの信憑性を鑑みて、明確なヴィジョンと計画性のある有識者の望みをの確認したのだ。その結果、ある三つの共通する映像がそれぞれ二十種類以上顕現したのである。つまりその三つは存在が確実視されている財宝という訳だ。すべての映像を記憶しているのは、というか見たことがあるのは私だけだ。私だけがあの財宝を本気で信じている奴がどれだけいるかを知っている。


「……まずは同志を募らなければな」


 望みを映し続けて五年は経った。それまでの間に見つけた、本気で絵空事を信じている奴は全員覚えている。何故本気で信じているとわかるかなんて愚問だ。自己の望みを偽れる人間なんていない。私ですらが相当な修練を要したのだ。自分が本当に望んでいるのは何か? それを真剣に考えるまでもなく手に入る天上人には到底出来ることではない。そもそも自分の望みを隠す理由がない。私に会いに来ている時点でな。


「歴史的、神学的、そして地理数学的観点から遺跡がある可能性が高いのはこの山周辺か……」

「はい。ここは一度も捜索隊が派遣されていません地域ですので」

「ん? おい! ここに何かあるぞ!」


 山頂付近を捜索していると、同志の一人が私達のことを呼びかける。


「なんだ? 何を見つけた?」

「これは……入り口か?」

「入り口だ……入り口だ! 見つけたぞ! やっぱり本当にあったんだ! 我々の考えは正しかったんだ! ははは!」

「だ、抱きつくな!」


 いきなり私に抱きついてきた伯爵に大声で怒鳴り散らす。


「ははは! つい嬉しさのあまり! 失敬失敬」

「たく、あまりはしゃぐな。これが遺跡の入り口と決まったわけではない上に、それに目当ての財宝があるとも限らんのだぞ?」

「まったくもってその通り! 流石は魔術師様、お若いのに冷静であらせられる!」

「当然だ。そもそも私は乙女ではない」

「はっはっは」


 おい、なに笑ってんだこの伯爵? 私がそんなにおかしな事いったか? おい! なんで周りまで笑ってんだ! 私がいつ大爆笑ギャグをかました!?


「顔が赤いですぞ若き魔術師様」

「馬鹿な!」


 私は思わず後ろを振り向いてしまった。確かにこの伯爵はおちゃらけてはいるが、端正な顔立ちな上に年も近い。なんでも親が早くに亡くなって、それで家督を継いだが莫大な遺産を持て余して放蕩三昧を繰り返していた、私とは真逆の人間なのだ。そのくせ夢ばかりはでかく、今回の探索に必要な費用のほぼすべてを負担している超が付くほどのお人好しだ。要するに私とは性格も価値観も真逆の男。そんな男に顔を赤くするなどあり得ない話だ。利用するだけ利用して終わりさこんな男は。


「どうなさいました? 進みましょう」

「わかっている!」


 ぶっきらぼうに答える。なんなのだこの胸の高鳴りは? ……そうだ、もうすぐ目当ての財宝と出会えるかもしれないというのだ。それに期待しているのだろう。私も伯爵と大して変わらんな。……いや、そんなはずはないと自分に言い聞かせて先に進む。流石に中は暗いな……こういう時は松明に灯をともそう。私はマッチを擦る。……そういえば、随分と久方振りだな、真っ当な理由でマッチを擦るのは。


「……!?」


 私はマッチを投げ捨てると火を足で踏みつけて消した。


「どうしました?」

「いや、……何でもない。松明はお前が火をともせ」


 馬鹿な……なんだ今のヴィジョンは……? あり得ない、そんなはずがない! 何故……何故今更になって『暖かいストーブ』が映し出される!? これではまるで……違う! これは予兆だ! 恐らく私の身に危険が、死が近づいてきているからこんなものが映し出されるに違いない。


「では、先に進みましょう」


 家来に先陣を切らせて入り口に入り中を探検する。しばらく歩くと部屋のようなものにたどり着いた。


「この部屋はいったい……どんな用途で作られたものなのでしょうか?」

「実に興味深い……石碑を解読する限りでは宝のありかを示しているようだが、間違った道には罠が仕掛けられている事を意味している」


 そうか、ならば誰かに先を越されていない限り財宝はあるという事だな。


「さて、ではどの道を行くのが正しいと思う?」

「ふうむ、まだ解明されていない謎も多いですし、一つとは決めかねますが……この二つのどちらかでしょうな」


 初老の歴史研究家は夥しい数の道から二つ選んだ。どちらかが正しいのだろう。


「試しにマッチを投げてみるか」


 私はマッチを擦って片方の道に投げ捨てた。その時に『七面鳥の丸焼き』が見えたが、見ぬふりをして投げ捨てた。


「……火が消えましたな」

「ああ、空気が薄い事を意味している。向こうへ行けば息が出来なくなっていただろうな」


 あるいは何かガスでも発生しているのか、とにかく片方は誤った道というのが分かった。


「ではこちらが」

「そうとも限らん」


 クリスマスツリーの幻影を眺めながらもう片方の道に投げ捨てると、その幻影はしばらくの間残り続けた。


「こちらは通れそうだな」

「進みましょう」


 その先にあったのは大小さまざまなアンティーク調の置物や食器など、そして大量の財宝が散乱していた。


「は、ははは……やった、やったぞ! これで、これで私も大金持ちだ!」

「これは……まさか、こんな事が! 陶磁器を作れるほどの技術が存在したのか!? これ程の精巧な細工を……歴史的発見だぞこれは!」

「やったな! 財宝は本当にあったんだ!」


 それから私達は無邪気に遺跡の中ではしゃぎ続けた。歴史的発見、巨万の富、果てしない浪漫、各々がそれぞれの理由で喜びを分かち合った。いつの間にか私は涙を流していた……どんなに辛い事があっても出てこなかったのに。……わかっている。これは財宝を見つけたから涙を流しているわけではない事を。一緒にバカ騒ぎ出来る奴がいるのが嬉しいのだろう。かつての私では、本来のマッチ売りの少女では決して手に入れる事の出来ないもの。


「とりあえず、財宝をいくつか持って城に帰ろう」


 私達が宝を持って城に帰ると、城も街も大騒ぎになっていた。まるでこの世の終わりが来たかのような恐慌具合だ。道行く人に尋ねると白雪姫が行方知れずとなったらしい。どうやら向こうの話がとうとう始まってしまったようだ。王妃様の身に何かあれば後ろ盾を失った私はたちどころに失脚してしまうだろう。彼女とは特に仲良くは無かったし、それに私は王妃様の手下だ。快く思ってはいまい。確か落ちは白雪姫と王子の結婚披露宴の席で王妃は真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされ、死ぬまで踊らされるんだったか? ははは、それじゃ私への恩情は期待できんな。……今のうちに逃亡の準備をしておくか。


「白雪姫様が……なんという事だ」

「必ず生きて戻ってくるさ。そして真実を白日の下に晒すだろう。それまでにこっちも終わらせるか」

「終わらせるとは?」

「いや、何でもない」


 私はマッチに火をつけ、エンディングを流す。まったくいい気なもんだよこのばあさんは。こっちは人生の分岐点に立たされてるって言うのに。……って、元からこのばあさんはそうか。


「魔術師様も白雪姫様をお探しに?」

「そうだな。とりあえず救出すれば情けの一つも……出来なかったら辞職して田舎にでも隠れ住むか」

「辞めてどうやって生活を?」

「その時は……マッチでも売るさ」


 まったく、かつてあれほど欲しがっていた地位も富も失おうというのに私ともあろうものが暢気なものだ。なあに、元に戻るだけだ死ぬと決まったわけじゃない。ちょっと長い夢を見ていたと思って諦めよう。実にいい夢だった。

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