青いうさぎのラズリ
お日さまの、きらきらしている空にむかって、まっしろい花が、ひらいていました。
まっしろい花のなかの、青い宝石のようなみつが、雪の広がる森の空気を、いいにおいで包んでいます。
その年、初めて雪がふった夜にさく、雪むかえの花です。
雪むかえの花のすぐ横で、青色のうさぎ――ラズリは目をさましました。
「うわぁ。どうして体が空の色になってるんだろう? 雪むかえの花のみつの色になってるんだろう?」
右と左の前足を見ても青い色。背中を見ても、おなかを見ても青い色です。
白い雪のなかの青色のラズリは、白い花びらに輝く、青いみつのようでした。
「こんな色じゃ、とても冬をこせないよ……。狼や、きつねに追いかけられて、さんざんな目にあうだけだ……」
ラズリが、ため息をついていると、おじいさんうさぎが通りかかりました。おじいさんは、茶色の夏の毛皮から、すっかり冬の雪色です。
「ラズリ、おまえさん、花のみつをなめたあとに、お日さまの光を、たっぷりあびてしまったな」
「ああ、そうです。ぼくは、みつをなめたあとに、つい眠ってしまったんでした……。花のみつの魔法で冬の雪色になるには、お月さまの光を、たっぷりあびるだけでよかったのに……」
雪むかえの花は、うさぎたちを守るふしぎな花でした。
「ところがおまえさんは、お日さまの光をあびすぎて、雪解け水の色に日焼けしてしまったんじゃな」
「ぼくは、どうすればいいんでしょう?」
青いラズリは悲しそうに、たずねました。
おじいさんは、「うーむ」と考えます。
「むかしは、魔法を洗い流す泉が、いくつもあったが…今は月にしかないじゃろうなぁ」
「月には、どうやって行くのですか?」
「森を出て海へ行くと、竜が住んでおる。わしが生まれる、ずっとずっと前から、月への扉の門番をしているそうじゃ」
「ありがとうございます、おじいさん。ぼく、いってきます」
ラズリは走りだしました。
風のような速さで、青いラズリは木と木の間を、すりぬけます。森が、とぎれました。
雪を舞いあげて、原っぱを、かけぬけます。
しょっぱい風が吹いてきました。
雪におおわれた地面が砂浜にかわって、海が、見わたすかぎりに広がっています。
「うわぁ、ひろーい。森の湖よりも大きいや」
はじめて海を見たラズリは、ちいさくて青い自分が、海のひとしずくのような気がしました。
潮風を胸いっぱいに、すいこみました。
そして、
「竜さん、竜さん! 月への扉を通してください!」
ラズリの呼びかけに、おだやかだった海が激しくうずまきました。
そのうずのまんなかから、森でいちばん大きい木よりも、まだ大きくて太い、緑色の竜が頭をもたげました。
竜は青いラズリを見て、「ふおっ、ふおっ」と笑いました。
「花のみつで日に焼けたうさぎを見るのは、何十年ぶりだろうなぁ。扉を通すのはかまわんが、月で悪いことをしようとしている者は、ドロドロにとけてしまうぞ」
ラズリにむかって、竜は鋭い牙のならぶ大きな口を、ぱっくりとあけました。狼や狐を、いっぺんに十匹は、まるのみできそうです。
「なっ、なんです? なんです? ぼくを食べるつもりですか?」
ラズリは、牙だらけの口のおそろしさに、ぶるぶるっとふるえました。
「月への道は、わしの腹のなかにある。だから悪い心でいると、わしの腹のなかで、とけてしまうのだ」
ラズリの体は、氷のようにカチンコチンです。足がすくんで、前に進めません。
「こわいのなら、月へ行くのは、あきらめるのだな」
竜の目が、「いくじのないやつだ」と言うように、ギロリと光ります。
「い、行きますよ。こわくなんてありません。悪いことをしに行くんじゃないんですから」
ラズリは目をつぶって、竜の口にとびこみました。ごくんとのみこまれて、おなかにおちていきます。
ずーっと、ずーっとおちていくと、白い雲が、ゆっくりとうずをまいていました。ふわふわの雲のうずに、もこもことまきこまれます。
すると次の瞬間には、ラズリは白い竜の口から、ころがりでていました。
「ようこそ、月へ。あなたのめざす泉は、そこの森にありますよ」
やさしい声で言うと、月の門番の白い竜は、空へのぼっていきました。
「ありがとうございまーす! 竜さーん!」
竜に前足をふって、ラズリは森へとかけだしました。
森のおくまでくると、白い水で満たされた泉に、たどりつきました。
泉のそばに、あたたかく輝く桜色のうさぎがいます。近くにいくと、桜色の体には、薄紅の花もようが美しく散っているのが、わかりました。
「あの、桜色のうさぎさん。魔法をとかす泉は、ここですか?」
「はい、そうですよ。わたしも、白い色にもどりにきたんです」
かわいらしい声をきいて、ラズリは、もじもじしてしまいました。
「よかったら、青色のうさぎさんも、ごいっしょしませんか?」
「は、はい、よろこんで」
ラズリと桜色のうさぎは、仲よく白い泉につかりました。
桜色のうさぎは、ラピスという女の子です。
ラピスにたずねられて、ラズリは、青色になったわけを話しました。
「竜さんの口にとびこむなんて、勇気があるんですね」
ラズリはラピスにほめられて、ドキドキしました。はずかしさをかくしたくて、今度はラズリがききました。
「ラピスは、どうして桜色に?」
「わたしは、月の天女さまにおつかえしているんです。松の枝にかけた天女さまの羽衣が、風で飛ばされてしまったときのことです。追いかけた羽衣をつかんだと思ったら、羽衣がふぅわりと、わたしを包んで……」
ラピスは、うふふっと笑いました。
「羽衣のきらめきで、桜色に染まってしまったんです」
「天女さまにおつかえしているなんて、すてきですね」
楽しく話しているあいだに、体はすっかり白い色になりました。
けれどもラズリは、ラピスを大好きになってしまったので、おわかれしたくないと思いました。
ラピスの心も同じです。
うさぎたちは、悲しい気持ちで見つめあいました。
そこへ天女さまが、ラピスの様子を見るために、あらわれました。
うさぎたちの思いを知って、天女さまは、にっこりとほほえみました。
「とても良い方法がありますよ」
ラズリは、ラピスに、およめさんになってもらいました。
夏草の原も、雪に染まった森も、これからは、ずっと、いっしょにめぐります。
(おわり)