第三話 天邪鬼な感情
「・・・」
朝焼けの斜光を背に浴びて走り去って行く湊の姿は心に苦虫を一ダース噛み潰したような不快感を覚えた。
手汗が止まらない。指先からぽちゃりと垂れそうになるほど緊張していたのに話は呆気なかったのだ。
(みっ・・・ことォォオォ!)
視界が砂嵐に飲み込まれたかと錯覚しブラックアウトしそうになった。
道行く人々は素知らぬ顔で顔をじろじろ眺めてくる。
笑おうと顔が苦笑いを作ろうと口角を上げた。
でも、辛くて、さ。湊は私より未琴を優先するの?
死ねば良いのに。
「ふぅ・・・。っ!!!」
校門ではよれたジャージを着た教師が荷物検査を渋々行っていたが素通りした。
まあそんな雑多な小事件もありながら学校での一日が始まったのだ。
下駄箱に自分宛のラブレターがわんさか届く夢は見飽きた。空虚でつまらない学校に求めるのは何ぞや。
友達が居ないから雑談する人さえ居ないのだから自らに恋慕を寄せる人など居ないと分かったのは最近だ。
「おはようごさいまず・・・」
ハゲ面疑惑の校長先生が丁度目の前の廊下を通りかかったので嫌々挨拶をした。
白髪染めをしたが脇がまだ染めきってない奇怪な頭を見て苦笑いを堪えるのは日常茶飯事なのだ。
「おうおはよう!××さん。朝早くから元気ですね」
また、ノイズが走った。回りが砂嵐に囲まれた様な感じ。
「えぇ」
「それじゃあこの辺で」
無理やり話を切って教室へ向かった。この学校、港川中学生は二棟あって今居る教室棟と理科室などがある教科棟があり渡り廊下で繋がれているのだ。
駆け足ぎみで階段を上がり二階の教室へ向かう。
長い長い廊下は気が遠くなりそうな年月の重みが漂っていた。
カラカラカラ・・・。
「ふぅ・・・」
引き戸を開けるとフレグランスの香りが鼻をついた。
斜光に照らされた黒板。古びたロッカー。
あと少しでさよならなんだね。
一人しか居ない教室で私はうんと伸びをした。
背骨がポキッポキと音を立てた。
そそくさと自分の席に座り本を一心不乱に読破する。
これが私の学校での生活スタイルだった。
校庭を眺めると、一人、また、一人と校舎に入るのが見えるだろう。時計の針は八時ピッタリ。
無音の教室は厳かな気配を漂わせていた。
「カラカラカラ」
「ん?」
この時間帯は私しかいないはず?っ!
「おはよう。××。一人?」
「うん。おはよう。湊」
脊髄の反射で咄嗟に言葉を返せたがギリギリだった。
汗に濡れたうなじ。少し気だるげな瞳。
厚い胸板。喉から手が出る程、ホシイ、と思った。
「ふーん。あのさ、うん・・・」
「何?」
「俺、実は観に行きたい映画があってさ。初恋フレンドなんだけど・・・。来週空いてる?」
「うん。まぁ・・・」
「良かった!じゃあさ、学校で話すと嫌み言われそうだから電話番号教えるわ」
「・・・うん!」
脳内が砂糖と水飴とショ糖で充たされそうだ。
照れた湊も可愛いよ。いや、守りたい、この笑顔。
そうして、朝の空虚な心に風穴を開けたのは、湊だった。