第二話 捧ぐ恋慕と狂気
私の朝は妄想から始まりを迎える。
今時期なら炬燵に潜りながらお握りを緩慢に食したり、蜜柑を食っているのだ。
炬燵で湊と呑気に蜜柑を食う妄想。
足先が冷たいな。と他愛ない言葉を交わし会う日々。
ずっと、観ているだけでも良かったのに。
狂気という名の恋情が心を支配する。
シナプス・末端細胞から甘美な痺れと堕落した殺害欲望がアドレナリンと混じりあいながら脳髄を満たす。
眼はトロンと虚を見つめ口角は緩慢に弛みきっている。
でも、眼の中の瞳は決して表情を顕にしない。
心を閉ざしきった瞳は喜怒哀楽さえも表情に出さなかったのだ。
自分の欲望には立ち向かえない。それは人間の本能だ。
だからそれに私は、刃向かわない。いや刃向かえない。
「護りたい。外敵・天敵・悪意を向ける愚者からも」
制服にだらだらと着替えながらも脳内で殺害計画は着々と確実に進行している。
嫌いだから憎む。邪魔だから殺す。殺したいから、惨殺したい。
少し焦げた食パンを牛乳で一気に胃に押し込んだ。
「お母さん。学校、行ってきます」
湊に逢える。
それだけで、口角はいつの間にかえくぼが出来るまで引き上がっていた。それだけ、湊への愛情は、誰よりも強いの。
人は天の上に人を作らず・・・。といった福沢諭吉の御言葉があるだろう?
あれは心清き、濁りを知らぬ人間が言える精一杯の憐れみにしか聞こえなかった。
学校では細かすぎる程の学級内階級が根を張るし狂った異端者が王座に君臨する。
小さな社会と大人は叱るが中学生にとっては今いる社会なのだ。
その小さな小さな社会の中で私は恋してしまった。
何故冴えない君を好きになってしまったのだろうか。
何故あと一ヶ月で転校する君に恋慕を抱いてしまったのか。自問自答の無限ループに陥った。
日輪が少し昇った頃。
昨日の豪雨の残滓が微かに肌にこびりつく。
道端の朝露に濡れた若草は日光に照らされ若々しさを想わせた。
「はぁ。独りぼっち。か」
日輪は煌々と輝いているが心は絶望のどん底に叩かれているのだ。
入学式初日で華麗に冗談を滑らし挙げ句の果てに自己紹介で持ち前のハスキーボイスを裏返すハメになったのだ。
あのときのドライアイスを想わせる冷やかな目線と言えば・・・。
恐怖と畏怖に尽きる。
でも湊は違うよね?
朝、現在登校している最中でも君の事が頭上から剥離しない。今日もあの微笑みが私に降り注がないかが悩みの種だ。
「んっ・・・」
小さな小川に降り注ぐ陽射しが反射して急に目が眩む。
視界が純白の光に包まれてまるで心が洗われる様な。
でも心は穢れきり、澱み、陰鬱を秘めている。
全てを閉ざす漆黒の絵の具にいくら純白の白を垂らしたって白にはならないのだ。
独りぼっちの心の穴は誰が埋めてくれるのだろうか。
全てに嫌気が差し道端の小石を力任せに蹴り飛ばした。
「っーー!」
涙滴が薄桃に染まった頬に流れ堕ちた。
煌めいた涙は凸凹した砂利道に光を反射しぽちょりと音を立てて水溜まりに落下した。
波紋が拡がり、自らの醜く歪みきった顔面をさらに、より一層歪まさせた。
泣いてたら、×せない。心を強く、湊を護るために。
自分とは似ても似つかない可愛らしいレースの縁取りが施されたハンカチを目にそっと充てる。
涙を拭いた瞳は、冷酷すぎる残酷さを顕に日光を浴びて静かに煌めいていた。
静かな一人登校が終わりを告げようとしていた。
周囲の喧騒が耳に戻ってきた。朝から色めき立つアホはそこらに居るが朝から殺害計画を立てるアホはなかなか居ないだろうと愚考した。
目線を地面のコンクリートから引き剥がし眼前の校門に動かした。
白亜・・・とは言い難い白塗の巨壁が寒々しい木々の間から垣間見えた。
「あっ・・・!」
垣間見た木々の影に、長袖ジャージ姿の湊がいた。
頬は少し桃色に上気しており朝練が終わったことを示していた。二重瞼のぱっちりお目目。小さい顎に健康を示す薄い薄桃の唇。白いうなじは汗に濡れていた。
話したくて堪らないんだ。
胸の高鳴りを押さえ、上がりぎみの口角を強制的に下げ、平静を装った声で、話しかけた。
風景や喧騒が一瞬にして、遠退いた。
視界が湊と私だけの三人称視点に切り替わる。
「おはよう。何してんの?」
声が震えそうになりながらも。話せた。
「おはよう、××ちゃん。えっとね・・・友達を待ってるの。あ、それと未琴見た?」
自分の名前を聞いた瞬間、耳障りなノイズが耳を撫でた。そこだけ、カットされたような、拒絶感。
「未琴?あーごめんなさい。見なかった」
未琴は憎たらしい。湊の妹だ。そんなに可愛くもないが(可愛げもない)ブスでもない。声は耳障りな金属音に似たロリ声。はっきり、ウザイ。
「ごめ。じゃあね」
あぁ。あんまり話せなかったな。
心を混沌・嫉妬・肉欲・貪欲・情欲・承認欲・ありとあらゆる欲望に掻き乱されて。苦しい。でも、気持ちい。
やっぱり。未琴は×しなきゃ。